鉱山の町のヒューイ1
夕日が沈むころ、鉱山から汗だくで砂埃にまみれた男たちが何人も一日の仕事を終えて穴倉から外へ出てくる。
「ワン!」
そこを、一匹の白い大きな犬が尻尾を振りながら主人の下へ駆け寄っていった。
「おぉ、おまえか。お出迎えありがとうよ」
顔に皺を寄せて笑う主人は、わしわしと雑に犬を撫でまわした。
「ワン」
「腹減ったって? 俺もペコペコだ。さあ、帰ろうぜ」
その白い犬は、男たちにとっての数少ない癒しであった。
「賢い子だよな」
「この時間になると決まって待ってるんだもんな」
「ついこの前迷い込んできたばっかだってのに、もううちの町のアイドルみてえなもんだよな」
男たちが口々に犬を褒めた。
鉱山町を歩けば、子供たちが集まり、婦人は何かしらの食べ物を与えてくれた。
黒い真ん丸の目に、白い毛を持つこの賢い白犬は、愛嬌と利口さでみんなから愛されていた。
「飯欲しさに俺んとこに住みついてるだけだろうよ」
主人が冗談交じりに男たちに言った。
「ワン! ワォン!」
「なんだよ。違うって?」
「ワフ」
話が通じているかのようなやりとりに、作業員の男たちは微笑ましそうに目を細めた。
孤独な男が拾った孤独な白い犬は、この鉱山町の名物犬のようになっていた。
◆ジェイ◆
ロックが召喚獣として増えたことで、受けられる依頼の幅が広くなった。
これまで断っていた輸送系の依頼――お届け物や配達ってレベルではなく、重量が重い資材の運搬など――がロックのおかげで受けられるようになった。
「ジェイさん、依頼来てるよー」
食事がてらアイシェの酒場にやってくると、依頼があったらしく、手にした依頼票をひらひらと振って渡してくれた。
頼んだ料理を待つ間、依頼票を確認する。
依頼者は、ここから南東にある鉱山町の町長からだった。
「どんな依頼? 儲かりそう?」
料理を運んできたアイシェがにんまりと笑う。
親子で店を開いているだけあって、アイシェはそういうところがちゃっかりしているというか、抜け目がない。
「儲かるって感じではないけどな」
俺は苦笑いして料理に手をつける。
「依頼は、鉱山で採れた銀やその他鉱石の運搬作業みたいだ。一回きりってわけじゃなく、しばらく滞在しての仕事だ」
「えー。じゃあ王都は帰って来られないの?」
「引き受けると、そうなるな」
「ジェイさん、フェリクが寂しがるよ」
「どうしてそこでフェリクが出てくるんだ」
「ふふ。なんででしょー?」
アイシェが楽しそうに、くふふっと笑う。
年頃にありがちな色恋絡みだろう、というのは想像がつく。
アイシェはことあるごとにフェリクをけしかけているが、実際どうなんだろうな。
当のフェリクから好意は感じるが、そういう好きではない気がする。
そのフェリクは、店に見えないあたり、冒険をしているところだろう。
でなければ、仲がいいアイシェのいるこの店にいつもいるのがお決まりだった。
「ジェイさんって、マジメでそこそこ外見もよくて腕も立つのに、浮いた話が全然ないんだから」
「いいだろ、別に。放っておいてくれよ」
「あ――もしかして?」
アイシェの目が必要以上に輝いた。
なんか変な想像したな?
「あ、言っておくけど、男が好きってわけでもないぞ」
釘を刺すと、図星だったのか「なぁーんだ」とつまらなそうに唇を尖らせた。まったく、何を期待してたんだか。
アイシェは店の常連客とこんなふうに気安くしゃべる。もちろん俺だけではない。
他の客にアイシェが呼ばれると、愛想よく返事をしてくるんと踵を返す。
去り際に「ゆっくりしてってね」という一言と愛らしいウインクも忘れない。
こういうところが、この店を人気にしているんだろうな。
結論から言うと、この依頼を受けることにした。召喚獣がキュックだけなら断ったが、幸い俺にはロックがいる。
ロックがメインでの仕事は初でもあるし、どういう働きをしてくれるのか俺もきちんと見たいっていうのが正直なところだった。
フェリクには……言わなくてもいいか。あいつもあいつで忙しいだろうし。
俺は食事の代金をチップとともに置いて店を出た。
俺の噂……竜使いの運び屋が王都にいるという噂は、遠く離れたこの町まで届いていたらしい。
鉱山町にやってきた俺は、依頼主である町長の家へやってきていた。
「王都からここまでわざわざすまないな」
町長と言っても、年の頃は四〇代半ば。
浅黒い肌をしていて、胸も腕も肩も筋肉でパンパン。
町長というよりは、現場の作業長といった風情だった。
「王都からここまでは、使役しているドラゴンに乗れば半日ほどですから」
そこまで手間ではないと言いたかったのだが、町長は驚いたように目を丸くした。
「さすがは竜騎士殿……そんなに早く……」
「いやいや、そんな大したもんじゃありませんから」
町長はマードンと名乗った。この町は、鉱山麓の町で、町民の大半が鉱夫とその家族だという。
この鉱山で主に採掘される銀は、高級な加工品の素材になる。丈夫で品がある銀製品は、国内外で金持ちから需要が高いのだ。
「採掘される銀は一か所にまとめていて、一定数になると港町に運ぶんだが……この町がそうだと知られはじめちまったせいで、銀を狙う盗賊が多くて困っているんだ」
「ご依頼は、安全に運搬することでしたね」
「ああ。安全に運搬してくれるなら願ったり叶ったりだ。ただでさえ、荷運び人や護衛を雇わざるを得なくて大変なんだからな」
マードンさんは、嘆くように首を振っている。
銀で町全体が儲かっているが、その分支出も多いんだろう。
今も護衛を何人か雇って、採掘した銀を狙う盗賊から守ってもらっているらしい。
「そういうのは冒険者に依頼してるんだ。ほら、あれ」
マードンさんが窓から見える集積場を指さした。
ちらっと目をやると、暇そうに集積場をウロウロしている人影があった。
「マードンさん。冒険者でも、人によればネコババしかねませんから気をつけたほうがいいですよ」
「わかってる。今回来てくれたお嬢ちゃんは、ちゃんとしてそうだから大丈夫だろう」
「女性冒険者でしたか」
どんな人なのか、と俺はちゃんと窓の外に目を凝らす。
よーく見ると、長い赤髪を手持無沙汰にイジっている、俺がよく知る女の子がいた。
誰かと思ったらフェリクだ。
まあ、たしかに、ネコババするようなやつじゃないな。
「彼女ですか」
「知ってるのかい?」
「はい。知り合いです。あの子なら問題ないでしょう」
「そうか。凄腕のあんたが保証してくれるなら間違いないんだろうな」
どういうふうに俺のことが伝わっているのかわからないが、持ち上げられすぎじゃないか?
それだけ、ドラゴンを使役するっていうのは珍しいことでもあるが。
報酬は、本来荷運び人に支払う分がもらえるらしい。
軍だのなんだのともらった報酬からすると安いかもしれないが、先方の懐事情を考えれば結構出してくれたほうだろう。
改めてその話になると、俺は断るつもりはなかったのでふたつ返事でうなずいた。
「港までの運搬は、数日置きだ。ちょうど明日がそうだから頼む」
「わかりました」
握手を交わして契約成立。
マードンさん宅をあとにすると、暇そうにうろうろしているフェリクに声をかけた。
「よお、フェリク」
「え? ジェイ――!」
主人を見つけた子犬のように、フェリクが駆け寄ってくる。
「どうしてここに?」
「依頼があったんだ。銀を安全に目的地まで運んでくれって」
「そうだったの。私もクエストで、その銀を運ぶまで盗賊から守ってほしいって」
「奇遇だな」
たまたま俺とフェリクの依頼先が同じだったようだ。
訊いていくと、滞在する期間もほとんど一緒だった。
日中の警備担当がフェリクで、夜はまた別の者が担当しているそうだ。
俺は警備クエスト中のフェリクに、この町のことを色々と訊いた。
寝泊りできる宿も酒場もひとつで、とくに酒場は毎晩大盛り上がりを見せるらしい。
しばらくフェリクとは毎日顔を合わせることになりそうだ。




