内契約 (ここまでが3章です)
食堂で美味くもない酒を飲みながら、向かいに座ったフェリクに謝った。
「悪かったな。細かく事情を説明しないまま戦場に呼び出して」
「準備しておけって聞いたから、何かやるんだろうなとは思ったわよ? さすがに戦場に呼び出されるとは思わなかったけれど」
そう言ってフェリクは苦笑した。
「驚いたわ。『お頭からお呼びがかかったぜぇぇえ!』って、ビンが言って、手下たち全員と手を繋いで待っていたら、次の瞬間戦場なのよ?」
ビンの召喚は、間接的にビンと繋がっているとその効果範囲だと以前わかった。
「アイシェ考案の蜂蜜ジュースがある。これが美味いんだ」
そのジュースを注文すると、すぐにアイシェが運んできてくれた。
フェリクはそれをちびりと飲んで、目を丸くしている。
「甘いけどすっきりしてて飲みやすい」
「だろ?」
何も教えていないフェリクに俺は依頼の話をした。
「軍から依頼があったんだ」
依頼は高額な報酬であの戦場までとある兵士を移送すること。気が合うそいつがあの大オーガとなったこと……。
あいつが許せないと思っていたやつらがいたこと。
「……んで、今日は、個人的な仕返しをしてきたってわけだ」
楽しくとも何ともない話だ。
フェリクの反応がないので手元の杯から視線を上げると、うるるるるるると瞳から大粒の涙を流していた。
「どうして、そんなことに……っ」
「さあな」
「ビンが契約できたのだから、そのときに、契約してあげればよかったのに……」
もちろん試したが、瀕死の状態で契約はできなかった。
「せっかく、ジェイが仲良くなれそうな人だったのに……悲しいわ……」
フェリクは口をへの字にしてぽろぽろ、とまだ涙をこぼしている。
「持っててほしいって言われたから一応持っているが、墓に供えたほうがいいだろうな」
あのブレスレット。
兵士共同の墓地があり、そこにスウェイは眠っている。
「きっと、友達のあなたに持っていてほしいのよ」
「友達……というか、そうなれそうだった、というか」
「じゃあもう友達じゃないっ! 大きくくくれば友達よ! 何をモジモジしているのよ。戦いではあんなに頼りになるのに」
友達なんてキュック以外にいたことがないので、フェリクが言う定義にピンとこなかった。
ハンカチで涙を拭いたフェリクは、鼻を一度くすんと鳴らした。
「呼んであげられないのかしら」
「呼ぶ?」
「ええ……だって、あなた、召喚士でしょう?」
召喚には、内契約と外契約がある。前者はキュック。後者はビン。
内契約は、術者の実力に応じた何か……契約を承諾した召喚獣が姿を現すとされている。
元々性格が合う召喚獣だから契約を承諾してくれるのでは? ……っていうのは、何かの論文にあった。
それが、謎の多い内契約の仮説のひとつだ。
可愛いトカゲちゃんが、今やバハムート(らしい)なのだから、召喚しっぱなしにしてみるものだ。キュックは冒険者としての俺の戦いを見て育ったんじゃないかと俺は思っている。
だが、フェリクが言っていた言葉通りのことができるなら、死者を召喚獣として呼び出すことになる。
上手くいくとは到底思えない。
「やってみないとわからないわよっ!」
ジュースからいつの間にか酒を手にしていたフェリクが、怪しい呂律で力説してきた。
ビンのときもそうだった。
やるだけやってみるか。
飲み足りないフェリクのために酒瓶を数本買ってやり、キュックを呼んで別荘まで飛んだ。
「きっと来てくれるわ。ジェイの友達なんだもの……」
「きゅぉ!」
半分寝ているようなフェリクの言葉のあと、キュックが同意するような声を上げた。
「まず、召喚獣が来るかどうかなんだよな」
内契約は、何度か試したことがあるが、結果はこの通り。
といっても、最後に試したのが数年前なので、もしかすると、もしかするかもしれない。
もう夜と言っても差し支えのない時間となっていた。
座るキュックに背をもたせてフェリクが座る。
一体と一人が見守る中、俺は召喚魔法を使った。
足下に白い魔法陣が広がる。
「応じる者あれば応えよ。汝の命運は我が手に在り――」
内契約で何者かと契約しようとするのは、もうずいぶん久しぶりだ。
足下の魔法陣がゆっくりと光った。
「汝、導き手となり我が下へ集え――」
詠唱が終わると、魔力が消費されていく確かな感覚があった。
目の前に大きな魔法陣が展開される。
キュックを召喚したときと同じ魔法陣だ。
そこから魔力の風が天に吹きあがり、風が光を帯びる。
「召喚に成功したのね!」
「きゅきゅきゅー!」
ぼんやりと周囲を照らす魔力の風が止むと、そこには筋骨隆々としたオーガがいた。
「るぉぉおおおおおおおッ!」
夜空に声を響かせるオーガは、フラビス城塞で見たそれとはずいぶんと小さくなっていた。
それでも背丈は大人二人分くらいはあるし、俺の胴体より太ももは太い。
「……」
見上げると目が合った。
この目……。
「お、思っていたのと違うわっ!?」
「きゅぉぉぉぉ!?」
目を丸くしてフェリクたちが驚いている。
「いや、召喚獣なら、こっちのほうか」
「るぉ……」
「まあ、座れよ」
俺が言うと、そいつは大人しく指示に従った。
「これからも、よろしくな」
鈍色の、曇り空のような肌を叩く。
硬い皮膚に体温は感じられない。
あぐらをかいているその姿は、肌の色と相まって巨大な岩のようだった。
「貸しはゆっくり返してもらうことにする。……おまえ用ってわけじゃないけど、酒があるんだ。人間サイズで小さいかもしれないが」
人の姿では役に立たないとでもあいつは思ったんだろうか。
それとも、ただ偶然オーガが召喚されたのか。
どちらにせよ、目はスウェイとよく似ていた。
俺は自分の酒を準備すると、新しい仲間のために杯に酒を注いだ。
「飲めないなんて言わないよな?」




