許された暴力
がらんとした会議所で、参謀長はこちらを振り返る。
「他に、何かあるかな?」
「ええ。とある兵士の所属を調べてほしいのですが」
「それくらいお安い御用だ」
そう言って俺は所属と使っていた兵舎を調べてもらうことにした。
しばらくしたあと、参謀長の部下がいつもの食堂へやってきてメモを渡してくれた。
所属はこの王都を警備する近衛兵団だった。
どうやら、あいつは俺が思っているよりも優秀だったらしい。
使っていた部屋は相部屋で、他に三人がそこを自室としている。
兵舎の部屋の前で待っていると、任務が終わったのか、だらだら歩きながら三人がやってきた。
こいつらは、出発のとき絡んできたやつらだ。
「なんだ、あんた? 何か用か?」
「あ――、あんたトカゲの召喚士か?」
「あの、Fランク召喚士サマの? おい、トカゲ召喚してみせてくれよぉ」
俺の素性がわかるや否や、三人ともニヤニヤとにやついて犬歯を覗かせた。
こっちが下だとわかると態度を一変させるような輩か。
「おい、どけよ。オレたちゃ疲れてんだ」
「そのケツに槍でもう一個穴を作ってやろうか? あァン?」
俺もこの手の野郎はよく相手にしていた。冒険者ギルド近辺限定だ。
けど、あいつは常に同じ空気を吸わなくちゃいけなかったんだな。
「あんたら、スウェイと同室か?」
確認をすると、俺からその名前が出るのが意外だったのか、三人は顔を見合わせて笑った。
「そんなやつぁ知らねえな!」
「オレたち以外にもいるにはいたが……名前あったっけ? ケケ」
「便所ゴミムシ野郎なら知ってるぜ?」
最後の一人の言葉が爆笑を誘ったのか、二人が腹を抱えて笑いはじめた。
……よかった。何の罪悪感もなく暴力が振るえる輩だ。
やっぱり許せないとスウェイは言っていた。
俺がこんなことするのはお門違いかもしれない。
俺はあいつに自分を重ねてしまっているだけなのかもしれない。
でも。
「死んじまったんだろ、あいつー。おかげで広々と部屋が使えて――」
まだニヤつく顔面に、俺は渾身の力で拳を叩きこんだ。
「びぎょ」
そいつはカエルのような鳴き声を上げて三回転しながら吹き飛んで廊下を転がった。
「な、なッ――何しやがるテメェ!」
「自分のことなら慣れているが……やっぱり自分とかかわりのある誰かが侮辱されるのは、我慢できないらしい」
「何言ってやがんだ、こいつ……!」
殴りかかってきた一人の腹を殴り、くの字に体が折れたところに、側頭部へ蹴りを放つ。
古臭い壁に激突し突き破った。
上半身が壁の中に入ったまま、ぴくりとも動かない。
唖然としている一人は、俺が一歩近づくと尻もちをついた。
「近衛兵だろ。暴漢を見つけたらどうするんだ?」
「え。え。え? Fランクじゃ……。トカゲの野郎……ここ、こんな、こんな、こんなに、つ、強、ちゅよいの……?」
背中を見せて、ずりずり、と這うように逃げていく。
漏らして股をびちゃびちゃにする男は、化け物を見るような目をして涙を浮かべていた。
俺はその両足を掴んだ。
「おまえよりは『ちゅよい』と思う」
「いやだぁあああ!? あああああ!? 何を、何するんだぁぁぁぁぁああ!?」
ぐっと力を入れて、閉まっていた窓へ向けて思いきり放り投げる。
ガラス窓を突き破り、そいつは外で血まみれになっていた。
最初に殴り飛ばしたやつも、壁の中にいるやつも、外に放り投げたやつも、ぴくりとも動かない。
「立てなくなるまで殴るつもりだったのに」
もう立てないのかよ。
警備を預かる近衛兵がこの程度なんて、王都の警備が心配だ。
騒ぎを聞きつけた他の兵士がやってくると、俺はあの老将官ハロエム准将から許可を得ていると説明するとすぐに去っていった。
あいつらの部屋に入ってみると、両脇に二段ベッドがあり小さな机と椅子が四つあった。
ひとつには、低能な落書きがびっしり書いてある。
会話をしたのはほんの数回で、知り合ってから短いがわかったことがある。
許せないと言っていたが、優しいやつだ。
生きていても、きっとあんなやつらを殴ったりなんてしなかっただろう。
ここに連れてきても、ヘラヘラ笑っているだけなのが目に浮かぶ。
最後に、俺は机をぽんぽんと叩き、兵舎を出ていった。




