守将キーウィル
ヘロヘロになったキュックがゆっくりと地上へ降りていく。
俺は首筋をとんとんと叩いてやった。
「助かった。ありがとな、キュック」
「きゅ」
地面に降り立つと、召喚状態を解除しキュックを戻した。
フェリクたちがこっちへ駆け寄ってきた。
「あの巨人はやったの!?」
「意識を失っているだけだと思う」
スウェイを倒されたことが衝撃だったのか、味方だと思っている連合軍も味方の魔王軍もどちらも戦いの手を止めていた。
おかげでかなり静かだった。
「久しぶりに暴れるってのは気分がいい」
賞金首だったビンはどこか楽しそうだった。
「このあとはどうするんですかい、お頭」
「あのデカブツは、元々人間なんだ。元に戻してやりたい。……その薬があの城内にあるはずなんだ」
オーガになったスウェイが渡していた鞄。
食料が入っていると言っていたが、もし元に戻る薬があるとすれば、あの中だろう。
確証はないが、スウェイはすべて持ち出した、と言っていた。
あの中佐は、捨て駒としてスウェイを戦場で暴れさせたあと、どうするつもりだったのか。
トラブルが起こり、もしスウェイが人間の街で暴れたら……?
何も考えていないはずがない。
不測の事態に備えて、緊急手段の薬があるはず――。
「まだ時間はそれほど経っていない。城内にあるはずの鞄を探してくれ」
「任せてくだせぇ――!」
幸いにも魔王軍の大半が出払っている。
連合軍と交戦中だから簡単に引き返すことはできないだろう。
ビンは手下たちを引き連れ、城内に向かった。
「フェリク、来てくれ。ここに留まるほうが危ない」
「ありがとう。けど心配は無用よ」
フェリクは赤髪をなびかせながら早歩きでビンたちを追いかけた。
ちょっと前まで、戦闘になるとテンパっていたのに。
「成長するもんだなぁ」
俺はのん気につぶやいてフェリクたちのあとを追った。
◆Side Another◆
「ギガンテスがやられた――――!?」
フラビス城塞を預かる魔族の男、城主のキーウィルは窓の外を見て愕然としていた。
オーガ化したあの巨体の魔物を、キーウィルはギガンテスと呼んでいた。
「あ、ありえんッ! 巨神兵ギガンテスがッ!?」
おかげで作戦が無茶苦茶だ。
ギガンテスを擁したフラビス城塞の守兵で連合軍どもを蹴散らすはずが――。
その鍵であるギガンテスは、現在城壁にもたれかかったまま完全に動きを止めている。
「誰がどうやってギガンテスを……!」
歯ぎしりをしながら壁を思いきり叩いた。
そして冷静になった。
守兵はギガンテス頼みで攻撃に出ている。それなしで連合軍と正面からぶつかるとなると、地の利はあれど不利……。押し戻されるのは時間の問題。
最重要拠点のひとつとして預かっているここが、落とされてしまう。
「陛下のご気分を害してしまうッ! 魔族四七侯が一人、このキーウィルがだ!」
城内が騒がしい。
扉が雑に開けられると、そこには部下の魔族がいた。
「キーウィル様! 小隊ほどの敵の侵入を許しました!」
「数十のニンゲン相手に情けない! その程度どうにかせよ!」
「しかしそれが! 一人! とくに剣を持っている男が滅法強く……! 剣が見えません!」
「そなたの目が悪いだけであろう」
なんだ、剣を持っているのに、見えないとは。
ナゾナゾか。
持っているとわかっている時点で、見えているではないか。
「魔法の類い……! あれはまさしく! ニンゲン共が開発した新魔法の何か!」
「バカたれ。魔族の恥さらしめ。我ら魔族に理解できぬ魔法はない。何が新魔法だ」
キーウィルはひとつ決心をした。
ギガンテスの男は上手く薬を持ち出したようだった。
やつが渡した鞄の中には、あの薬が十本に解除の薬、それら製法を記した資料が入っていた。
これがあれば、フラビス城塞陥落の失点などどうとでも挽回できる。
「フラビスを諦める。脱出の準備をせよ。このキーウィルが生きていることこそ肝要であると心得よ」
「は」
そう言ったまま、部下が硬直した。
「何をしている。とっととゆかぬか」
不審に思い目を凝らすと、部下は口から血を垂らし、胸から刃を生やしていた。
どん、と物音がして部下が前に倒れる。
「話からすると、おまえがここのトップだな」
ニンゲンの男が一人、血濡れた剣を持って佇んでいた。
ヒョン、と血ぶりをすると、キーウィルお気に入りのアンティークの家具に血が飛び散った。
「下郎めが……! 蒐集した絵画に机に椅子に血を……ッ! 蛮族、ここをどこだと心得るかッ!!」
「知るか。その薬、渡してもらう」
「ニンゲン風情の言うことなど聞くと思うか!」
「思わない。ただの確認だ。戦うつもりのないやつを斬るのは気が引けるからな」
ふつふつと怒りがこみあげてきた。
思い通りにいかないギガンテス。あっさり目の前で死んだ部下。
このままでは落ちるであろうフラビス城塞。
そして何より、落ち着き払ったこのニンゲンの堂々とした態度に腹が立った。
「こんんんんんんんのキィィィィィウィルをををををををを愚弄するなァァァァァァァアッ!」
激高したキーウィルが叫んだ。
「四七侯が一人。魔炎のキーウィルを前に愚かなニンゲンよなァッ! これを食らってまだ同じ態度が取れるか!? 吹き飛べ――ファイアストーム!」
城塞ごと吹き飛ばすつもりだった。
「誰が誰を斬るだとォォォォ!?」
キーウィルは真紅の剛炎を出入口を塞いでいたニンゲンに向けて放った。
「俺が、おまえをだよ――」
言葉が聞こえた瞬間、キーウィルの視界は天井を映し、直後見えないはずの自分の背中がなぜか見えた。
「きら? きら、きらきら斬られた?」
混乱する中、激痛が走ったと同時に、首のない自分の体が血を吹きゆっくりと倒れていくのが見えた。
そのあとは、何も感じず目の前が真っ暗になった。




