総力戦
俺はキュックに乗って崖から飛び出した。
「スウェイ――――!」
腰に佩いた剣が心もとなく感じるのははじめてだ。
スウェイの足下には、敵を待っている魔王軍の兵士が多数いた。
城塞前の川を連合軍が渡りはじめると、雄叫びを上げた魔王軍が開いた城門から打って出た。
「キュォオッ! オォォォッ!」
珍しくキュックが興奮している。
ブフォ、ブホ、と口の中で炎を燻らせていた。
こんなふうになるのは、トカゲから進化したとき以来だ。
「撃つんだな、キュック!?」
その気持ちだけが伝わってくる。
俺は魔力をキュックに注ぐと、すぐに反応があった。
キュックは首を反らすように顔を空に向けた。
魔力を纏った黒い炎が口の中に溜まっていく。
「キュォォォォアァァァァァァ―――――――――ッ!」
黒い閃光が夜に煌めくと、キュックは黒銀の炎をスウェイに向かって吐き出した。
放射状に伸びるキュックの攻撃がスウェイに直撃する。
スウェイの顔面で爆炎が上がり、濛々とした煙りが立ち込めた。
下では、俺たちの存在に気づいた魔王軍兵士が、矢や魔法を放っている。
だが、キュックは鮮やかに回避し、スウェイの周辺を旋回する。
キュックの飛行速度が徐々に落ちている。
あのブレス攻撃は、相当消耗するようだった。
何か重苦しい声らしき音がすると、煙りの中から巨大な手が伸びてきた。
「簡単にはやられてくれないらしいな」
【ジェイ……】
今度は、はっきり聞こえた。
「スウェイ! 今すぐやめろ!」
【……アトもどり、デキなイ】
地獄から響くような濁った声だ。
きちんと俺のことを理解して、会話もできる。
スウェイとしての意識はあるようだった。
もう一方の手が、俺たちを握り潰そうと迫ってくる。
「チッ――」
抜いた剣で間合いに入った指に斬撃を食らわせる。
手を引っ込めたが、スウェイは動じない。
【ニンゲンに、滅び、ホロばなければ。フクシュう、ヲ】
こいつがどうなってこんなことをしたのかはわからない。
相当な恨みがあるんだろう。
【ボくをナグって、バカ、ニ、して。コロす】
「全員を殺す必要はあるのか? 他人を巻き込んで。おまえはそれで満足なのか?」
【ユル、許サない】
許さない――。
俺もそう思った時期はあった。
かなり長い時間あった。
【ナニもデキないボグを、ヨワイ、ガラ、ナグッテ、ユル、許さない】
俺がはじめて召喚した召喚獣は、ただのトカゲで、召喚士としては欠陥しかなかった。
罵られ、嘲られ、蔑まれた。
スウェイは、剣の道を見つけられなかった俺だ。
地上では、魔王軍と連合軍の壮絶な戦いが繰り広げられている。
オーガを俺一人でひきつけているおかげで、戦況は五分といったところだった。
スウェイは森の木々をまとめて引き抜くと、俺に向かって投擲した。
【トメるな。破滅。ミンナハメツ】
「……おまえだけがバカにされて殴られたと思うなよ。自分だけ特別な悲劇のヒーローか」
仲良くなれそうだと思った俺たちは、どこかでお互いを似ていると感じたんだと思う。
キュックの首筋を軽く叩くと瞳がこちらを向く。
俺が会話を続けた時間で、準備を十分整えたようだ。
「破滅? 滅ぼす? 殺す? 自棄を起こして八つ当たりしているだけだろ」
【……】
「甘えんな」
あの巨体でも、きちんと刃は通る。
俺の全力の斬撃を体の中心に向けて放てば、あるいは――。
「おまえがムカついたやつらをあとで殴りにいけるように、どうにかしてやるからな」
望みがあるとすればアレだが、今どこにあるのかわからない。
俺たちを叩き潰そうと、スウェイが腕を振り回す。
風圧でキュックがグラつき、体勢を崩した。
「きゅっ――」
スウェイはまだ手に持っていた大木の数々をナイフのような手軽さで投げつけてくる。
ご丁寧にわざわざ軌道を変えてきやがって。
「きゅぅぅ……!」
どうにかキュックが回避しようと飛ぶ。
間に合わないものは俺も剣で叩き落としていった。
スタミナが切れはじめたキュックは、接近どころか回避に精一杯だった。
「耐えてくれ、キュック。隙を作る」
『向こう』から合図があった。
この任務前、万が一に備えさせておいて正解だったな。
「召喚」
もう一体の、もう一人の召喚獣を俺は呼んだ。
地上に淡い光とともに、人間が姿を現した。
その数は一人ではなく二〇人ほどの一団だった。
「お頭――ピンチですかい?」
「わっ。一瞬で戦場のど真ん中じゃない!?」
俺が召喚したのは、ビンとその手下たちとフェリクだった。
「んじゃこれぇぇぇぇぇぇええ!?」
「おっきいいいいいいいいいいい!?」
巨大化した魔物を目の前にして、二人は目が飛び出すほど驚いていた。
「このデカブツの注意をそらしたい!」
俺が声を上げるとフェリクがこっちに気づいた。
「任せて!」
ビンは親指を立てて反応した。
「了解。存分にやらさせてもらいます! ――野郎ども、日頃世話になってるお頭に恩を返すときが来たぜ!」
おぉぉ、と手下たちの士気は高い。
ビンの召喚にちょっとしたルールを見つけたのは偶然だった。
一度町に呼び出したとき、たまたま手が触れていた手下もこちらへやってきたのだ。
わかったのは、ビンに間接的に触れているのであれば、契約をしていなくてもビンと同時に呼び出せるということだった。
それ以来、何かある度に意思表示をし、ビンと手下たちには準備をしてもらうようにしていた。
今回はフェリクも待機してもらっていた。
フェリクたちに気づいた魔王軍の兵士が迫ってきている。
「フェリクの嬢ちゃんを守れ。一番火力が出るのが嬢ちゃんだ!」
「わかってるじゃない――! いくわよ!」
得意魔法のフレイムショットがスウェイの胸に直撃した。
ダメージを与えた様子はないが、注意がそちらへ向いた。
「まだまだ! レッドサークル!」
先日試したいと言っていた新魔法だった。
スウェイの足下から炎の柱がドオンと吹きあがるとスウェイが嫌がるように一歩後ずさった。
スウェイが完全にフェリクへ注意を向けた。
「今だ。キュック、行こう」
「きゅう」
接近をしていくが、俺たちのことを忘れたかのように、スウェイは足下のフェリクたちへ向けて攻撃を開始する。
「キュッ――!」
撃てる準備が整ったらしい。
俺は残るの魔力をすべてキュックに注いだ。
「キュォォォォァァァァァァア――――ッ!」
吐き出した黒い炎がスウェイに直撃。
大きな体が煙りに包まれた。
俺たちは勢いそのままスウェイとの距離を詰めた。
煙の中に突っ込み、次に何か見えた瞬間には黒い壁……いや肌がそこにあった。
位置からして胸元だろう。
「ギュォッ」
キュックがスウェイに体当たりをして、剣の間合いと足場を作ってくれた。
「オォォォォォッ!」
俺は上段に構えた剣を渾身の力で振り下ろした。
斬撃を中心に衝撃波のような波紋がスウェイの体中に広がる。
【ウぎゃァアあああ――!?】
もう一撃――。
刃を返し、全身の力を使って斬り上げた。
【ナんで――――っ……】
巨大な刃傷を負ったスウェイが背中から倒れる。
傷口から血を流し、城壁にもたれている。
動く気配はしばらくなさそうだった。




