兵器
「これがあの噂のドラゴン……」
キュックを前にしたスウェイは見上げながらぽつりとこぼした。
依頼日の夜。
城内の外れにある兵舎を訪ねると、すでに準備を整えていたスウェイが出迎えてくれた。
「触ってもいい?」
「ああ。多少雑に扱っても傷ひとつつかないんだ」
「すごい……」
そっとキュックの鱗に触れて、ゆっくりと撫でるスウェイ。
銀の鱗は、月夜の淡い光すら反射しているようで体が輝いて見える。
「今日はよろしく」
スウェイがキュックに言ったが、反応はない。
前金のお金は今日の昼間に届いた。
以前俺を呼びにきた軍人が持ってきてくれたのだ。
「曹長ぉー、こんな時間にお出かけか?」
声をするほうに目をやると、兵士らしき男が三人いた。
三人とも酒を飲んでいるらしく、呂律が怪しい。
「ああ、うん……」
スウェイはぎこちない笑みを浮かべて応じた。
近くにドラゴンもいるが、視界に入らないのか、それともそうだと認識できないほど酔っているのか。
「軍のお偉いさんは何考えてんだかな。ナメクジ野郎が昇格だなんてよぅ」
別の一人が言うと、他の二人は嘲笑を浮かべた。
「昇格?」
「うん。今回の作戦で、曹長に」
なるほど。
スウェイは知り合いらしいあいつらと以前同じ階級だったんだろう。
男たちは何かぼそぼそとしゃべり、笑い声を上げている。
視線がこっちに向くので、おそらくスウェイのことを笑っているんだろう。
立場が低い者を見つけると群がって言いたい放題言う……俺がよく知っているろくでもない人種だ。
「行こう」
俺はスウェイを促し、キュックに乗ってフラビス城塞を目指す。
元々は隣国との境にある拠点だったが、その国も今は亡く、代わりに魔王軍が占拠しているという状況だった。
「戦果っていうのは、どれくらいのものなんだ? 前金ももらったし、そろそろ教えてくれたっていいだろ。同い年のよしみで」
「じゃあ、少しだけなら」
そう前置きしてスウェイは続けた。
「対魔王軍の兵器の開発に成功したんだ。それを使えば城塞を落とすことができる」
「その兵器ってやつはどこに?」
スウェイは懐のあたりを指差した。
何かを忍ばせているっていうのは今日姿を見たときからわかっていたが、それがそうらしい。
しかし、ずいぶんと小さいな。
城門や城壁を派手に破壊するような、大型の攻城兵器ってわけではなさそうだ。
背負っている鞄には食料を入れているとスウェイは言った。
「今日この日をずいぶんと待ちわびたんだ」
夜空を見上げながら、スウェイは唐突に言う。
「成功すれば、何かいい思いができるとか?」
失敗すれば死ぬ。
中佐は遠回しにそう言っていた。
もしくは、危険な任務に選ばれた段階で法外な報酬が出たのかもしれない。
「いい思いは、どうだろう。ただ、僕の気分がスっとする」
「まあ、魔王軍をやっつけるわけだからな」
その兵器とやらが、どれほどのものなのか。
いずれにせよ、スウェイにっとってかなり危険であることに変わりはない。
「スウェイのおかげでかなり儲かった。今度二番通りの食堂に来てくれよ。あそこ値段の割に美味いんだ。飯も酒も奢るぞ」
「いいね。それ」
「だから、帰ってこいよ」
「ありがとう。ジェイ。君みたいな人が、僕のそばにいてくれたら…………もっと出会うの早かったら、友達になれたかな」
……恥ずかしいことを言うやつだな。
生死をかけた戦地に向かうわけだから、感傷的になるのかもしれない。
「どうかな」
「なんだよ、それ」
「でも……あの食堂が美味いと思えるなら、呑み仲間にはなれると思う」
「口に合うといいけど」
「合うよ、きっと」
月光のおかげで遠目からでも城塞がはっきりと見えた。
山の中腹あたりにあり、背後は絶壁で守られている。
麓のあたりには、山を縁取るように大きな川が流れている。
地図では、あの川が国境になっていた。
川を渡ったあとは山登り。犠牲を出すわけだ。
この城塞を落とさない限り、常に魔王軍があそこから襲来して国を脅かすことになる。
連合軍、とくにグランイルド王国からすれば、喉元に突きつけられた刃のような拠点だった。
ばさり、ばさり、と翼を動かしていたキュックが、音が出ないようゆっくりと羽ばたく。
城壁の上にはいくつもかがり火が焚かれていた。
正面から堂々といけばすぐに見つかるだろう。
高度を上げて迂回し、背後の絶壁のほうから城塞へ近づくことにした。
「スウェイ、迎えは?」
「来てくれるの?」
「報酬次第で何でも運ぶ運び屋だからな」
「気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ」
崖の上に着地すると、俺は城塞に目を凝らす。
こんなところから敵が降りてくるとは思っていないのか、城塞正面はかなり警戒度が高いのに対し、背部はぽつぽつと明かりが見える程度。敵の見張りはほとんどいないようだった。
「こっちからで正解だったな」
あとはここから見つからないようにキュックで静かに降下して、スウェイを降ろす。それでおしまいだ。
「ありがとう、ジェイ」
「あとちょっとだ。まだ終わってない」
「ここまで来れたらもう大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないだろ、まだ」
「これで、あいつらに復讐するときがきたんだ――!」
キュックから降りていたスウェイは、うっとりするような口調で懐から取り出した瓶を眺めている。
その中には液体が入っていた。
あれが、兵器、なのか?
「その位置だと見つかる。キュックの背中に戻れスウェイ!」
「すべて持ち出したんだ。これがあれば僕は――」
スウェイは瓶を開けて中身を飲む。
踊るような軽い足取りで、そのまま崖の下へ落ちていった。
「スウェイ――――ッ!」
崖を覗くと、スウェイの体が光っていた。
人間の体格ではあり得ないほど体が膨張し、骨が筋肉が皮が光りの中で再構成されていった。
『その兵器ってやつはどこに?』
そう訊いたときのあれは、懐を指差したんじゃなくて――。
兵器って、おい、まさか――。
ドゴォン、と激しい音を立てて、ソレは城塞の背部に降り立った。
闇を吸い上げたかのような真っ黒の肌に、血走った赤い目。
「グルォォォォォォォォオオオオオオ――――ッ!」
巨大な魔物オーガが咆哮を上げた。




