試したいこと
スウェイを送る作戦日までまだ数日あるので、俺はビンたちの様子を見るべくフェリクと別荘を訪れていた。
「はぁ~~。綺麗になってるー!」
フェリクが別荘を見て声を上げた。
寂れていた別荘は、元の姿を取り戻したかのように、清潔感が溢れている。
「あ、お頭!」
俺たちを見つけたビンが小走りで駆けてきた。
ビンはトカゲキュックと同じで、召喚し続けても魔力消費は微々たるものだった。
「上手くやっているみたいだな」
「そいつぁ、もう、お頭のご用命とあらば、何でもやりますぜ」
へへへ、とビンは笑う。
それから、ビンは手下とやっていることを教えてくれた。
フェリクが許可を出したので、広大な敷地の一部を畑にしようとしているという。
切り出された大木が何本もあり、それが立っていたであろう場所では、ビンの手下が開墾作業をしていた。
「お頭が麦や野菜の種を買ってくれたでしょう? あれを全部植えて、自給自足できるようにしようかと」
「そんなことができるのか。盗賊団のくせに」
「ま、元々そっちのほうが本職のやつらが多いんでさぁ」
そうだろうなと思ったが、本当にそうだった。
「そんで余った作物は、離れた場所にある貴族の別荘まで行って売るつもりです。ほどよい労働と十分な飯と睡眠……あいつら、イキイキしてるんですぜ」
思った以上にビンに感謝されていた。
別荘の中も綺麗になっていて、フェリクは大満足といった様子だった。
「この見栄えなら、お客様を招待しても恥ずかしくないわ」
「だろう?」
と、ビンは得意げだった。
「視察も終わったし、さっそくやるか」
「それもそうね」
「お頭、何の話です」
「フェリクが新魔法を試したいって言うから、迷惑にならなさそうなここまで来たんだよ」
どちらかというと、視察はついでだった。
単独で冒険を繰り返すうちに、フェリクは成長をした。……らしい。
「フレイムショット」
フェリクは得意魔法でもある初級魔法を放つ。
ゴォォウ!
火炎の弾が飛んでいった。
「弾速が速くなった。弾自体も、大きくなったな」
「わ、わかるぅー?」
フェリクは嬉しそうにこっちを向く。
「特訓したのよ。かわされないようにするために弾速は必要だし、一人だとフォローしてくれる人がいないから、仕留め切るっていうのも大切なのよね。だから、私なりに研究して威力を上げたの」
早口で説明すると、ドヤ顔を見せた。
「単独で戦うコツをよく理解しているな」
俺も戦闘のあるクエストをするときは、それを念頭に置いている。
直撃させること、直撃させたら倒しきること。
単独での冒険の場合、フォローしてくれる者は誰もいない。
文字通り攻撃こそ最大の防御だった。
「フェリクの嬢ちゃんは努力家なんだな」
「ふっふっふ……まあね」
フェリクの鼻がどんどん伸びているのがわかる。
「あそこまでの魔法だと、オレ様も斬ることは難しいな」
「ビンでもそんな芸当ができるの?」
「ああ。斬るっつーか、剣圧で吹き飛ばすっていうのが正確かもしれねぇが。ね、お頭」
ビンが同意を求めてくるので、うなずいておいた。
「そうだな。魔法的な効力を何か発動させて相殺するわけでもないし、完全に物理的に消すには、剣速とそれに伴う剣圧が必要になる」
ビンが斬ってみたいと言うので、フェリクにフレイムショットを撃ってもらった。
「フレイムショット!」
「こんんんんんんの一撃でぇぇぇ消し飛べッ! オォォォォオオオラアアアアアア!」
ビンが剣撃を火炎弾に放つ。
スカ。
ドォォォン、と魔法が直撃。
大炎上した。
「あぎゃぁあああああああああ!? 死ぬ、死ぬ、あつ、あついいいいいい――あ、あ、……あ………………」
じたばたしていたビンが動かなくなった。まだ轟々と燃え盛る炎が体中を覆っていた。
「ね、ねえ!? もしかして、本当に死んじゃったんじゃ……!?」
あわわわわ、とフェリクが慌てている。
「まだ大丈夫だと思う、あいつもそれを知ってて試したいって言った可能性がある」
俺は黒焦げになったビンに魔力を送る。
すると、状態がどんどん元に戻っていった。
……ビンは便利だな。
「っはぁぁぁ……!? さっき魔法で燃やされたような……?」
悪夢から目覚めたように、ビンは汗だくだった。
キュックが俺の言うことを理解してくれるのと同じで、ビンとは離れていても簡単な意思疎通ができることがわかっている。
召喚しっぱなしでも俺への影響は極小。
召喚獣本来の力としては大したことはないが、これはこれでかなり使い勝手がいい。
「それじゃ、新魔法をやってみせてくれ」
「ええ」
ふう、とフェリクが静かに息を吐き出す。
足下に赤い魔法陣が展開されると、魔力の波動を感じた。
「いくわ! レッドサークル!」
ん。中級の火炎魔法か。
フェリクが指定したであろう地面が赤く染まり、火柱がそこから噴き上げた。
「これは、たしか広範囲に攻撃できる魔法だったな」
だが、まだまだ範囲は狭く、今のところ人間なら一人か二人がせいぜいの有効範囲だった。
「うぐぐ……。そ、そうよ。まだまだだけれど、成功したのだから褒めて!」
むう、と機嫌を悪くするフェリク。
「フェリクの嬢ちゃん、どんどん成長していってるな。オレ様ぁ、びっくりだぜ」
「……」
ビンがいい笑顔で要求通り褒めたのに、まるで無反応だった。
「完成度はまだまだだが、実戦で使える魔法に数えてもいいだろう」
「うんうん、それで?」
まだフェリクは褒め言葉を欲しがっているようだった。
「……あまり調子に乗るな」
人差し指でおでこを小突いた。
「あいた」
「見てみろ。気を抜いているから変なところに火が燃え移っている」
フェリクが発動させたレッドサークルの炎が枯草に燃え移っていた。
「えっ――? うきゃぁぁぁあ!?」
子猿のような悲鳴を上げたフェリクがおろおろしている。
「こりゃマズい! 一帯が大火事になっちまう!」
ビンも慌てて火を消そうと井戸のほうへ走っていった。
「どどどどどど、ど、どうしましょうっ!? わ、私もお水を汲みにっ!」
ビンが手下を連れて水の入った桶を持って戻ってきているところだった。
俺は剣を抜き、散歩するような足取りであっという間に燃え広がった炎へ近寄っていく。
腰を落とし横に全力で剣を払う――。
静寂ののち、風が逆巻き暴風となり炎を一瞬で吹き飛ばした。
「うぉぉぉぉぉおおお!? お頭が、火をををを!? なんちゅー荒業!?」
目玉がこぼれんばかりにビンは驚き、フェリクはぺたりと座り込んだ。
「あんなに燃え広がった火を、剣の、しかもたった一撃でかき消した……。そ、そんなこともできるの……?」
「瞬時に爆風に近い圧力の剣を放てるのであれば、できるぞ」
「いやいや、それが誰もできないのよ……」
「理屈がそうだったとしても、できるやつなんていねえぜ、お頭……」
「魔力消費のないディスペルみたいなものよね、もう……」
「ああ。本当は魔法を使っているって言われても、オレ様ぁ信じるぜ……」
二人は畏怖と呆れが混ざったような目で俺を見ていた。




