噂の男
「君が噂の男かね?」
小太りの五〇代くらいの男が俺に尋ねた。
ここは王城内にある軍施設の会議所。
男は尊大な態度で椅子に座り、こちらを値踏みするような目で眺めている。
「何の噂かわかりませんので、お答えできかねます」
「口答えはいい。運び屋をやっているのは君だろう」
男は苛立ったように言った。
最初からそう訊いてくれれば、俺だってすぐにそうだと答えたのに。
「はい。そうです。ジェイ・ステルダムといいます」
「うむ。よろしい。私は王国軍中佐のマーブルだ」
「ご依頼でしょうか」
「でなければここへ君を呼び出したりなどしない」
なんというか、この人とは波長が合わないな、と俺はなんとなく思った。
ビンの召喚獣としての性能を確認するのが、最近俺がやっている仕事らしきものだった。
いくつか面白いことがわかり、今日も気になったことを試そうとしていたところ、この中佐に遣わされた軍人にここまで連れてこられたのだ。
「運んでほしいものがある」
だろうな。
うなずくと、中佐は壁に貼られた地図を棒で差しながら魔王軍との戦況を教えてくれた。
「対魔王軍は七か国からなる連合軍で構成されている。知っているかね? 我がグランイルド王国軍は東部を担当しており、振り分けとしては第四~第七軍団で――現在フラビス城塞を攻略中なのだが……犠牲を出すばかりで上手くいっていない」
説明が長くてあくびが出そうになった。
「何を運ぶのでしょう? 報酬次第で何でも運びますが、そもそも運べない物もありますので」
あまりに重すぎる物はキュックには無理だ。
運べるのは、背中に乗せられる物、もしくは爪に引っかけられる物、引っかけたあと飛行できる物。
大雑把に言うとこの三点。
「人間を……部下を一人、フラビス城塞まで頼みたい」
「部下を?」
そんなところへ一人だけ送ってどうする気なんだ。
攻略中っていうことは、その城塞は敵だらけってことだろ?
「おい」と中佐が声を上げると、軍服の男性が一人中に入ってきた。
俺と年が近そうな二〇代半ばくらいに見える。
「彼がその部下である、スウェイ曹長だ」
紹介された男性は小さく頭を下げた。
「スウェイです。軍でも話題の竜騎士様とご一緒できることを光栄に思います」
「いやいや、まだ運ぶとは……」
俺が続けようとすると、中佐が遮った。
「現在も、フラビス城塞攻略戦では多くの将兵が血を流している。曹長を城塞に送り届けることができさえすれば、戦況は一気にこちらへ傾く」
なんでそんな断言できるんだ。
スウェイ曹長は、最強の魔法使いか何かなのか?
ちらりと目をやってみるが、そういった雰囲気はない。
どこにでもいるような下士官の軍人といった様子だ。
「報酬は前払いで二〇〇万。完了報告で八〇〇万。どうだ、破格だろう?」
合わせて一〇〇〇万。
確かに破格。破格も破格。
俺はスウェイ曹長とキュックに乗って城塞まで飛んで、彼を降ろして去ればいい。
たったそれだけの簡単な仕事だ。
「完了報告というのは、どうすればよろしいですか?」
「戦果をもって完了報告とさせてもらう」
戦果、ねえ……。
中佐は、よっぽどスウェイ曹長の能力に信用を置いているらしい。
武芸の心得はありそうだが、そこまで強くはないだろう。
魔法の素養がもしあれば、すでに前線へ駆り出されているはず。
工作員……?
もしくは暗殺者か?
「スウェイ曹長が、もし期待されるような戦果を上げなかった場合は……」
手紙を最前線に届けたときのことが脳裏をよぎった。
中佐は簡単に首を振る。
「もしもの場合は、曹長は残念なことになるであろう。しかしこれも戦。致し方のないことだ」
それを語っていいのは前線の兵士と将校だろう。
ここでぬくぬく生活しているだけのあんたに何がわかる。
「だが、送り届けた君には、二〇〇万を前払いしている。損ではないだろう」
「……やっぱり合わないな、この人」
聞こえないようにぼそっと言って、俺は頭をかいた。
「必ずやこのスウェイが戦果を上げてみせます」
「うむ。その意気やよし。頼むぞ、曹長」
べしべし、と中佐はスウェイ曹長の腰のあたりを叩く。
引き受けるって正式に言っていないのに、もう俺が引き受けるものだと思っているな。
詳細はわからないが、スウェイ曹長を送り届けたら、苦戦している攻略戦が終わるというのなら――たったそれだけでいいのなら――。
「わかりました。引き受けます」
お金に目がくらんだわけじゃない。
ただ、俺ができることで傷つき倒れる兵士が少しでも減ったらいいと思っただけだ。
「前金は後日届けさせよう。当日の詳しいことは曹長と話し合いたまえ」
中佐は満足そうに会議所を出ていった。
残った俺たちは、改めて自己紹介をした。
そこで、俺とスウェイ曹長の年齢は同じだったことがわかった。
「竜騎士様も二五歳で僕と同い年なんて奇遇です」
「その竜騎士様というのはやめてください。ジェイでいいですよ」
「では、敬語もやめましょうか。僕もスウェイでいいよ」
ようやく俺たちは座り、作戦の概要をスウェイから聞いた。
「ジェイは、中佐から説明があったように、フラビス城塞まで僕を送り届けてほしい。日時は四日後の深夜」
「なあ、スウェイ。こんなことを言うのは間違っているかもしれないが……失敗したら」
「もう迷いはないよ」
そう言い切ったスウェイの目には確かな覚悟を感じた。
「わかった。話の間ずっと疑問だったんだが、どうやってその戦果ってやつを上げるんだ?」
「すまないが、機密事項だ。ジェイはただ僕を送って帰るだけでいい」
そういうものなのか。
あんなに中佐が自信満々なわけを知りたかったが、そう言われてしまえば仕方ない。
俺はただの運び屋。
仕事をするだけだ。




