キュックの後輩
物は試しだと思ったがけど、本当に成功するとは……。
残念すぎる。
それなら美女とかにすれば。
と思ったが、精神的に屈服させられていないと外契約は不可能だという話だ。
俺があの頭領を懲らしめたため、契約を容易にしたということだろう。
剣や弓や槍などを使って、冒険者としてそれなりに生活できていたから、こんなふうに召喚獣を増やそうと思ったことはなかった。
召喚獣というか、召喚人というか。
トカゲしか召喚できない俺には召喚士としての腕はないと諦めていた。
「キュック、後輩ができたぞ」
「きゅおー」
なんとなく、嬉しそうなのが伝わる。
「フェリクは大丈夫なのか……?」
心配になって別荘を見ると、フェリクの声がした。
「吹き飛びなさい――――ッ!」
ドン、ドォォン、という炸裂音と同時に、濁った悲鳴が聞こえてきた。
よろしくやっているらしい。
召喚契約が結べたのなら、あいつは俺の言うことを聞いてくれるはずだ。
「召喚」
光に包まれた小汚い男が姿を現した。
……テンション上がらないな。がっかりするというか……。
「っは!? オレ様は一体何を……?」
頭領はきょろきょろ、と周囲を見回している。
バックヤードにいる間の記憶というのはなくなるらしい。
「頭領、名前を聞いていなかったな。俺はジェイ・ステルダムだ」
「オレ様ぁ、ヴィンセントという。ジェイのお頭」
お頭って……。盗賊気質は抜けないみたいだな。
「ヴィンセント……似合わないな。ビンと呼んでいいか」
「好きに呼んでくれい」
召喚契約のおかげか、さっきまでギャースカ文句を言いまくっていたビンは、俺の要望はほぼ受け入れてくれた。
「部下をまとめて集合させてくれ」
「了解したぜ」
そう言うと、別荘の中へ入るビン。
キュックを召喚したときよりもビンのほうが格段に魔力消費が少ない。
召喚魔法は、魔力を使い使役する存在を呼び出す魔法だ。
トカゲ時代のキュックは、召喚コストもほぼなく、魔力消費がないため常に召喚状態のままでいられた。そして今は、飛行に魔力を消費するようだった。
ビンもトカゲキュックと同じで、非常に少ない魔力消費で長時間活動させられるのでは――。
「おい、お嬢ちゃん、ちょっと待て! 待てったら!」
ビンの慌てたような声がすると、すぐにフェリクの声が聞こえた。
「あんたたちの言い分なんて聞くもんですかっ! 塵と化せぇぇぇぇぇぇえ――――!」
あ、まずい。
ドォォオン、とひと際大きな轟音がすると、窓から炎と煙が吹き出した。
「……」
ビンの反応が消えた。
そろそろ戦闘ジャンキーとなっているフェリクを止めないと。
あのままじゃ、別荘ごと燃やしてしまいそうだ。
「おい、フェリク。落ち着け」
廊下にいたフェリクを見つけると、俺は声をかけた。
フェリクは肩で息をしながら、闘志のようなものを全身から溢れさせている。
「ジェイ」
「もういい。もう大丈夫だ」
ぽんぽん、と肩を叩いて俺はフェリクを労った。
ぷすぷす、としっかりローストされたビンが廊下に転がっている。
白目を剥いていて、もうこれは完全に死んでるんじゃないか?
キュックがこんなふうになったことがないから経験はないが……。
召喚獣は魔力の再注入で回復が可能……という噂を聞いたことがある。
もちろん、可能な範囲も程度があるという。
ビンは大した魔力を必要としないだろう。手をかざして魔力を注いでみると、体がふわりと光り、元の姿に戻った。
「っは!? お頭? オレ様は、一体何を……」
「フェリクの魔法で燃やされただけだ。気にするな。部下をまとめて外に整列させてくれ」
「そ、そうだった。お頭の大事な指示を忘れるところだったぜ……!」
死の直前の記憶はなくなっているようだった。
「おい、てめぇら! 戦いはしまいだ! 外に出やがれ!」
ビンが声をかけると、ぞろぞろと集まり外へ出ていく。
「すごい従順じゃない。一体どうしたの? タチ悪そうな男なのに」
「いや、それが……試しに召喚魔法を使ってみたら、契約してしまった」
「え。趣味悪」
フェリクがドン引きしていた。
「俺だってこんなことになるんなら、もっと可愛い魔物とか強い魔物と契約したかったよ」
苦笑しながら俺は首をすくめた。
ビジュアルはあんなのだが、もしかすると、召喚獣としてのメリットがあるかもしれない。
「お頭、揃いやしたぜ!」
ビンが俺を呼んでいる。まず部下たちに事情を説明してやらないと。
俺が玄関から出ると、ビンの前に手下たちは綺麗に整列していた。
「おまえたちの頭領は、俺の召喚獣になった。……簡単に言うと主従契約を結んだんだ。気に入らないと思う者は立ち去ってくれ。追いかけて攻撃したり連れ戻したりするつもりもない」
衝撃的な発言が続いたせいか、手下の二〇人ほどは顔を見合わせている。
予想に反して全員がここに残った。
「オレぁ、兄貴の下を離れて生きていけると思わねえ……」
「ああ。オレもだぜ……」
ビンは案外人望があるようで、手下たちの拠り所になっているらしかった。
それならそれでいい。
俺は思っていることを伝えた。
「おまえたちに仕事をさせる。きちんとできれば、衣食住を約束する」
ビンを含めて、おぉ、と歓声にも似たどよめきが上がった。
「フェリク、何かこいつらにやってもらいたいことは」
「あるわ。別荘がめちゃくちゃだから、きちんと掃除をしてほしい」
「……というわけで、掃除を頼む」
俺はビンと部下たちに伝えた。
「やるぜ、野郎ども!」
「「「「うぉぉぉぉ!」」」」
反対も文句も出なかった。
こいつらが求めていたものは、安全に過ごせる家と食料だったんだろう。
怪我人には、持参していたポーションを飲ませ、安静にしてもらうことにした。
「フェリク。あいつらに家をあげたいんだが、どこかないか」
「それなら、別荘の本邸から離れた場所に使用人用の家が一軒あるわ。古い建物だけれど、二〇人程度なら問題なく暮らせると思う」
「そこを使わせてもいいか?」
「ええ。構わないわ」
言うと、フェリクが小さく笑った。
「あなたって、盗賊にも優しいのね」
「優しいつもりはない。ただ、好きで盗賊になる人間はいないだろう。安定した食料と住む場所を提供すれば、そんなこともしないで済むわけだし」
フェリクの了承も得たし、近所で暮らすことになるが、別荘自体から追い出したからニナにも報告できるだろう。




