ちゃんと洗っているか?
俺への配達依頼が日に二件、三件と徐々に増えていった。
依頼の大小問わず、俺に出来る範囲でこなしていくと、依頼人は例外なくその配達速度に驚いていた。
俺からすると、キュックを使役して飛んで行って帰ってくるだけの、ちょっとした空中ドライブみたいなものなので、こんなことでお金をもらっていいのか、とも思う。
逆に、「こんなに安くて大丈夫なのか?」って心配されるくらいだから、俺が想定している相場はサービス内容を考えればかなり割安のようだ。
今日もまた一件配達を済ませて食堂に戻ってくる。
「ジェイさん、また一件きたよー?」
受付役をしてくれているアイシェが、依頼用紙をひらひらとさせた。
「了解。いつもありがとうな」
「ううん」
首を振ったアイシェは、こう言った。
「ジェイさんの人柄と能力が、みんなについにバレはじめたのが嬉しくて」
無邪気な笑顔で真っ直ぐに言われると、なんだか照れくさい。
アイシェ目当てでここに通う若い冒険者が多いのも納得だった。
アイシェから受け取った依頼用紙を見てみると、依頼人はニナからだった。
「ニナ、また来たのか」
俺は呆れたように言う。
あのお嬢様は暇さえあればここへ馬車を無駄に走らせやってくる。旧知のお姉さまことフェリクもここでよく食事をしているのを知ったのもあるだろう。
「今回はちゃんと依頼しに来たみたいだから追い払わなかったよ」
……いつも追い払ってたのか。
アイシェ、貴族のお嬢様が相手でもフランクに接してるんだな。
依頼用紙に目を通してみると、たしかに、依頼ではあった。
『お姉さまとわたくしが出会ったイーロンド家の別荘が、盗賊のねぐらにされているようですの。立ち退きの警告書をご用意いたします。それを届けてくださらないでしょうか』
別荘に盗賊か。
なくはない話だ。
貴族御用達の別荘は、たいてい使用人が何人かいて状態維持に努めているが、フェリクのイーロンド家は領地のない没落貴族。給料が支払われない以上、使用人たちは辞めていく。
結果、居心地のいい空き家が放置されることになる。
「発想がお嬢様というか、なんというか……」
警告書を渡して、「そうとは知らず失礼しました。出ていきます」と盗賊が思うはずがない。
そんな倫理観がきちんとしているやつは、盗賊なんてしないんだよなぁ。
頭をかいて困っていると、フェリクが食堂にやってきた。
「こんにちは。また依頼?」
「よう。フェリクの家って別荘があったのか?」
「大した別荘ではないけれど、一応貴族だったし一軒だけだけれど、あるわよ」
そこで俺はニナからの依頼書をフェリクに読んでもらった。
「ニナからすると、思い出の場所に盗賊が土足で踏み込んできたってところなんだろう」
「そう知らされると気分はよくないわね。私もついて行っていい?」
イーロンド家の別荘だ。関係者がいたほうがいいだろう。
俺はふたつ返事をして、フェリクとともに警告書を用意しているというニナのテオラル家へ向かった。
俺が来ることはすでにメイドや警備兵に伝えていたのか、顔を見せるとすぐにニナに会わせてくれた。
「じいが警告書を書きましたわ。これを持っていけば、盗賊たちはあの別荘から立ち去ってくれること間違いないですわ」
ニコニコのニナには言いにくかった。
そんな紙切れ一枚でどうにかなる善人なら、盗賊なんてしてないんだよ。
「ちなみに、別荘ってどこ?」
「王都から北西にあるフェルヒール地方の森にあるわ」
あぁ、避暑地とかで貴族がよく行くって聞く、あの。
ニナの口ぶりからして、テオラル家の別荘もそのあたりにあるんだろう。
「わたくしとお姉さまが過ごしたあの別荘を好き勝手荒らされるのは我慢なりませんの」
「わかったよ。……まあ、善処する」
警告書を受け取り、俺とフェリクは屋敷をあとにした。
「点々と別荘が建てられている静かな森で、幼い頃にニナと出会ってよく遊んだわ」
それからは、晩餐会で顔を合わせる度に近況を報告し合って仲を深めていったという。
「警告書程度で立ち退くような悪党ならいいのだけれど」
苦笑するフェリクに、俺も同意するように小さく肩をすくめた。
人けのない場所を見つけ、キュックを召喚して移動をはじめる。
フェルヒール地方は、山や川、森が多く、一般的な平民が快適に暮らせる地方ではない。
木こりや狩猟で生計を立てている者はいるだろうが、そう多くはない。平地もすくなく、畑も広げられない。貧しい町や村ばかりという印象だった。
「だから、貴族がときどきやってきてくれるのは、大歓迎だったみたいよ」
旅気分の金持ちでも食料は必要になる。多少高くても買ってくれただろう。
フェリクが指を差した先に、森が見える。ところどころ、木々がなく開かれた場所があった。遠目からでも屋敷のような家が建っているのがわかる。
あれが別荘の一軒だろう。
そこからは、フェリクの案内に従いキュックに飛んでもらい、上空からイーロンド家の別荘を発見した。
キュックにゆっくりと高度を下げてもらい、家の前に着地した。
「お疲れさん」
「きゅぉー」
食堂であらかじめ買っておいた干し肉をキュックに食べさせて、頭を撫でた。
別荘には人が暮らしている気配があった。所々カーテンが閉められており、正面玄関の脇にゴミ捨て用の穴が掘られている。
手入れのされていない芝に枯れ果てた花畑。荒んだ外観に、なるほど、盗賊が好みそうな陰質な雰囲気があった。
俺は扉を強めにノックする。
「こんにちはー? この別荘の所有者ですが――誰かいますか?」
反応がない。ふと見上げると、さっき閉まっていたカーテンが開いており、またすぐに閉められた。
扉の向こうで人が動く気配がある。
「誰だ?」
濁ったダミ声が聞こえてくると、扉が開いた。
三〇絡みの体格のいい男だった。手入れのされていないひげは、口元を覆っており、思い描いていた典型的な盗賊の容姿をしていた。
反りの深い特徴的な剣を腰に佩いている。
「なんだ、てめえ。ここは、オレ様んちだが」
「ここは、イーロンドという貴族の別荘で……」
「知らねえな!」
予想通り、話を聞いてくれるような人間ではないか。
「他貴族の方からですが、ここを占拠している何者かがいると聞いたようで、立ち退きの警告書を渡すように申し使ってます」
「なぁーにが警告書だ。オレんちだっつってんだろうが。耳ついてんのか、てめえは」
「ッ……」
フェリクが怒るのがわかった。
俺は目で一度制して、仕事上の手続きをすることにした。
「受け取ったというサインをまずいただきたいのですが」
「オレのハナクソでもくれてやろうか? ダーハッハッハッハ!」
「ッッッ……!」
今にも魔法を放ちそうなフェリクの腕を掴んで、俺はまた諫める。
奥から、話し声を聞きつけた男たち……いずれも盗賊だろう……が顔を覗かせた。
「兄貴、さっきから何してるんですかい」
「客? うひょ、オンナがいるじゃねえか」
「こいつらは、どうやらオレ様たちにここから出ていってほしいらしい」
兄貴と呼ばれた盗賊は、俺の手からひったくるように警告書を奪うとビリビリに破いた。
「……サインを、いただけますか」
「とっとと帰れ。痛い目みたくねえならな?」
話が通じない。
「帰れ、帰れ!」
「ああ、いやいや、待てよ。オンナだけ置いて帰れ」
「いいな、それ、ギャハッハッハ!」
「っつーわけだ、運び屋さん。とっとと失せな」
男が威嚇するように顔を近づけ獰猛な笑みを覗かせた。
運び屋は一旦終了だ。
強制退去してもらおう。
俺は殺気を込めて男を見つめ返した。
「その汚い首は、ちゃんと洗っているか?」
「あ? 何言ってやがる」
「サインはもういいと言ったんだ。おまえたちの首で十分代わりになるだろうからな」




