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祝杯(ここまでが2章です)

2章完結!

ここまでで一区切りです。


 アルアの家にやってくると、俺は配達の報告と報酬の話をした。


「それで三〇〇万をもらったのかい?」

「もらいすぎのような気もするが」

「何を言う。ジェイ君の能力と結果に対する正当な対価だ。安いくらいだよ」


 三〇〇万が安いくらいって、最前線の感覚っていうのは日常のそれとは違うもののようだ。


「ネズミを俺のところへ遣わしたように、別の動物を使って参謀長のところまで書類を運ばせたらよかったんじゃないのか」

「ああ、あの魔法は距離が限られている。届け先も不透明だったし、ネズミには難しい」


 そういうことだったらしい。

 俺はアルアに一〇〇万リンほどを渡そうとした。元々アルアが依頼してくれたからだ。

 だが、それはあっさりと断られた。


「ある程度軍から報酬はもらっている。そんなものより、君がまたここへ来て話し相手になってくれるほうが、一〇〇万以上に価値があるよ」


 美人にそう言われれば、悪い気はしない。


「気が向いたら来るよ。あとは依頼をしてくれれば確実だ」

「おや。意外と商売上手なんだね」


 ふと、俺はキュックのことをアルアに尋ねてみた。


「召喚獣のトカゲが、バハムートらしき竜に変化? 進化? したんだが、召喚獣がそんなふうになることはあるのか?」


「可能性はゼロではないよ。召喚魔法というのは、いまだにわからないところが多い。彼らは契約後、どこかの亜空間で待機しているとされているが、それも仮説にすぎない。本当はどこかに存在している契約獣を自分の下へ呼び出しているだけの空間転移魔法なのかもしれないし」


 詳しそうなアルアでもわからないのなら、俺にわかるはずもないか。


「わかった。ありがとう。今度来たときにでも見てもらうよ」

「今日でもいいんだよ?」

「今日はやめとく」


 ちら、と窓に目をやると、しびれを切らしたフェリクが窓からじいーっとこっちを見つめている。


「可愛いお連れさんだ」

「あの子をこれ以上待たせると、何を言われるか」

「それじゃあ、仕方ない」


 残念そうにアルアは肩をすくめた。

 俺は簡単に別れの挨拶をしてフェリクとともに王都へと帰っていった。






 あっという間に所持金が増大した俺は、食堂で普段食べられないような厚切り肉をがっついていた。

 夕方とあって、一仕事終えた男たちが店に次々とやってきている。冒険者らしき人もちらほらといた。

 俺の向かいにはフェリクが座っており、お上品にナイフで肉を切り分けている。


「……分け前、本当にいいのか?」


 いくらか渡そうとしたら、それをフェリクは拒否したのだ。


「そんなことをしたら、イーロンド家の恥よ。ほとんどあなたが戦ったおかげじゃない」

「そもそも、フェリクがついて行くって言ったおかげなんだけどな」

「この食事の支払いを持ってくれるだけで十分よ」

「そう言うんなら……」


 フェリクがいなければ、ガーゴイルは倒せていないわけだし、もしフェリクがお金に困ったらいくらか渡してやろう。


「ジェイさん今日は景気がいいねー?」


 アイシェが頼んでいた葡萄酒を二杯運んできてくれた。


「まあな。仕事が上手くいったんだ」

「それはよかったね」


 アイシェとフェリクが、何やら目で会話をしている。

 フェリクは首を振って、アイシェは顎で何かを差していた。


 もじもじ、としながら、フェリクが小さく手を挙げた。


「あの、ジェイ」

「うん?」


 ちびりと俺は葡萄酒に口をつける。


「そのぅ……」


 何か言いたげなフェリクに、アイシェが酒を差し出した。

 覚悟を決めたような目をしたフェリクが、差し出された葡萄酒を一気に呷る。


「なんだよ、フェリク、いける口だったのか」


 軽く冗談を言うと、マジな目をしたフェリクが、空き杯をテーブルにドンとおいた。


「ジェイ」

「お、おう」

「私は……あなたに、感謝をしていて……」

「それは、まあ、知っているけど」


 今日だけで何回もお礼を言われたし。


「冒険者としても、魔法使いとしても、これから、精進していくわ」


 ……という所信表明をしたかったのか?

 不思議に首をかしげていると、見守っていたアイシェが横から口を出した。


「フェリク違うじゃん。言いたいことは、そんなことじゃないでしょっ」

「ち、違わないわ。か、勝手に私の言いたいことを邪推して、面白がらないで」

「え~~~? そんなこと言ってても知らないよ~~~? ジェイさんって、朴念仁だけど意外と――」


 頬を赤くしているフェリクが、何かを訴えるようにアイシェをペシペシと叩く。


「いましたわぁ~~~!」


 そんなとき、聞き覚えのある声がしてそちらに目をやると、テオラル家のニナがいた。

 王都随一のコスパ最強食堂に似合わない上品なワンピースを着ているせいで、かなり浮いている。

 スカートをつまんで持ち上げると、主人を見つけた子犬のように小走りでテーブルまで駆け寄ってきた。


「どうも」

「ご機嫌麗しゅう、ジェイ様。ここにいらっしゃるとお聞きしていたので」

「ご依頼ですか?」

「違いますわ」


 じゃあ、何をしに。


「会いに来ましたの!」


 ふぶっ、と俺は口にしていた葡萄酒を吹き出しそうになった。


「あ、会いに?」

「はいっ」


 めちゃくちゃいい笑顔だった。


「フェリク、ほら、ジェイさんがお嬢様釣ってきてるよ」


 釣るってなんだ、釣るって。


「べ、別に私はジェイが誰と懇意にしようが関係ないわよ」


 フン、と顔をそらしたフェリクを見て、ニナが声を上げた。


「フェリクお姉さま! お召し物が冒険者になっていたから、気づきませんでしたわ!」

「ニナ……久しぶり!」

「知り合いなのか?」


 なくはないのか。比較的最近までフェリクもお嬢様だったわけだし。


「晩餐会でも別荘でもフェリクお姉さまとは何度もお会いしていますの」

「へえ。仲いいんだな」

「まあね」

 と、まんざらでもなさそうなフェリク。


「お姉さまのイーロンド家のことを聞いて心配しておりましたけれど、ご無事で何よりですわ」

「ニナこそ、今は王都にいるの?」

「そうなんですの――」


 久しぶりに会った二人が近況の報告をしあっていると、アイシェがニマニマと笑っていた。


「これは、大変なことになりそうだよ」


 何のことか聞こうとしたら、アイシェは他の客に呼ばれ、別のテーブルへ向かった。


「ところで、お姉さまは、ジェイ様とどういったご関係なのでしょう?」

「わ、私? 私は、その……ジェイがやっている仕事の、お手伝い? みたいな。……ぱぱぱぱぱぱぱ、パートナーっていうか」


 声を裏返しながら言うと、フェリクの顔は真っ赤だった。


「ジェイ様、そうなんですの?」

「パートナーっていうか、何度か手伝ってもらっただけだ」

「……」


 すごくつまらなさそうな半目をしたフェリクは、俺を見つめてくる。


「なるほど……状況は把握いたしましたわ」


 ふむふむ、とうなずいたニナは、空いている椅子を俺の隣に運んできて座った。


「わたくしがここで食事をしても問題ないということですわ」

「ニナ。家の人が心配するから、あなたは帰りなさい。ここは、子供が来るような場所じゃないわ」

「お姉さまだって十分子供ですわ!」

「あなたより四つも年上だから大人よ」

「一七のどこが大人なんですの?」


 フェリクって一七歳だったのか。


「大人か子供かを分けるのは何かというと、落ち着きと品性ですのよ、お姉さま」

「う――うるさいうるさい、うるさぁぁぁい!」


 うわ、子供だ。めちゃくちゃ子供みたいな駄々のこね方してる。


「なんかヤな感じだから帰ってっ。今夜は、私とジェイの楽しい祝勝会なんだからぁぁぁぁあ!」


 酒が入っているせいか、もう駄々っ子にしか見えない。

 ニナも呆れたように瞬きを繰り返している。


「言っても聞かなそうですので、ジェイ様、わたくしはこれで失礼いたしますわ」

「ああ、なんかすみません」

「わたくしのことは、ニナとお呼びくださいませ。敬語でなくても結構ですのよ」

「じゃあ、今後は遠慮なく」


 そう言うとニナはにこりと笑みを浮かべた。


「ちょっと――何二人でこそこそ話をしてるのよ!」


 フェリクが人差し指を突きつけて詰問してくる。


「お姉さま、嫌われますわよ、そんな態度ですと」

「うっ……」


 おやすみなさいませ、とニナは丁寧に挨拶をして食堂を出ていった。


「何よ、もう……上手くいったお祝いの夕飯だったのに」

「ニナだって、邪魔したかったわけじゃないだろう」

「一三の小娘の肩を持つ気? ジェイは、ああいう子が好きなの?」

「ああいう子が好きってわけでもないし、肩を持つつもりもないよ」


 俺からすればフェリクも十分小娘だ。


「ならいいけどっ」


 ぐびぐび、とまた酒を呑んで杯を空にすると、アイシェに酒の追加注文をする。


「飲みすぎるなよ?」

「いいじゃない。今日くらい」


 無くなっていたかもしれないブローチを取り戻し、屋敷もじきに軍が奪い返すだろう。

 フェリクにとっては、これ以上の祝勝会はない。

 俺は苦笑して、アイシェに同じ酒を追加で頼んだ。


「俺も付き合うよ」


 片手で持つのが覚束なくなったのか、杯を両手で支えながら飲むフェリクは、上目遣いで小声で言った。


「…………ありがと」


 それからフェリクは、予想通り潰れた。

 呑み慣れてないんだろう。

 潰れるまでは、家族のことを思い出してちょっと泣いたり、思い出を聞かせてくれた。


 テーブルに突っ伏しているフェリクに上着をかける。


「こんな日があってもいい、か」


 俺は潰れて眠るフェリクを見ながら、また杯を持ち上げた。

 冒険者でクエストを繰り返すだけの毎日にはない充実感が、たしかにあった。



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