魔女からの依頼
今日も今日とて、依頼を待ちながら食堂でのんびりと飯を食べていたら、足をつんつん、と何かにつつかれた。
不思議に思ってテーブルの下を見ると、ネズミがいた。
「キチュ」
こいつから魔力を感じる。
ネズミは、筒状に細く丸められた紙のようなものを、俺の靴に差し込んだ。
それが終わると、ネズミから感じた魔力はなくなり、俺と目が合うと慌ててテーブルの下から逃げていった。
「……」
ネズミに入れられた紙を開いてみると、森奥深くの簡単な地図が書いてある。その下には、報酬一〇〇万リンの文字もあった。
こういうふうに依頼されることもあるんだな。
ふうん、と俺は半ば感心しながら、皿に残っていた食事を食べ終え、会計を済ませ店を出た。
高額を掲示してくるんだ。
よっぽどの物を運んでほしいんだろう。
断ることもできるが、まずは話を聞きに行こう。
俺はキュックに乗ってその場所を目指す。
地図の森は、南東の山裾に広がる森だった。
通称魔女の森。
人間とは思えないほど魔力魔法に通じている女がいて、そいつを魔女と誰かが呼ぶようになった。種族が魔族なのでは? とも噂されている。会ったことはないが、クエストの捕縛対象にならないので悪い存在ではないんだろう。
森は魔王軍の勢力範囲にかなり近いため普通なら危険を伴うが、キュックで移動するのであれば問題は起きないだろう。
上空にやってくると、煙突と屋根を見つけた。
「あそこだ、キュック」
「きゅぉー」
ばさばさ、とゆるく旋回しながらキュックは高度を落としていき、家の前に着地した。
キュックの首筋を撫でてお礼を言うと、俺は扉をノックした。
「運び屋のジェイ・ステルダムです。ネズミから手紙をもらってここまで来ました」
「どうぞ」
端的な言葉が聞こえて扉を開けて中に入ると、眼鏡をかけた長身の女性がいた。
着古したローブをまとい、豊かな黒髪はすこしボサボサだった。
「君があの運び屋か」
「どの運び屋かは知らないですが、たぶんそうかと」
「いい答えを返すね」
ぱちり、とウインクをされた。
見たところ、魔女と呼ばれる彼女から異種族らしき気配は感じない。
「敬語は使わなくていい。君に敬われるようなことはしていないからね。私はアルア。森の魔女だなんて呼ばれているらしいが、本当は森の美女にしてほしいと常々思っているんだが、ジェイ君がそう言って訂正しておいてくれないかい?」
「俺にそんな影響力はないよ。訊かれたらそう答えておく」
「ありがとう。十分だ」
今でも十分な美貌をしているが、髪と身なりをそれなりにすれば、男が放っておかない女性になるだろう。
「ちなみに、ローブの下は何も身につけていない。普段全裸なんだ。君が来たから無礼のないように、こうして着ても着なくてもいいような物を身にまとっている。私としては、何ら恥じるような体ではないと思うのだけど……脱いでも?」
「脱ぐな」
マイペースがすごい。
くつくつ、とアルアは控えめに笑う。
「気分を害したらすまない。何せ久しぶりに私の会話についてこれるスマートな男性が現れたので、嬉しくなってしまってね」
「気にしてない。本題に入ろう。運ぶものは?」
散らかっている室内を見回していると、アルアは雑多に物が置かれているテーブルの上を強引に払った。
ドサ、ガシャ、と物が落ちていく。
「ここどうぞ」と座るように勧められる。
いや、そこテーブルの上だが……いいのか?
「今、連合軍と魔王軍が戦争をしているのは知っているだろう?」
「もちろん」
王都ルベルクにいると前線の話をなかなか聞かないので、忘れそうになるが。
アルアは紙束をぱらぱら、とめくって何かを確認する。
「軍からの依頼でね、魔族の不明な魔法の解析を頼まれているんだ。前線の作戦部からこんな辺鄙なところまでわざわざ資料を運ぶなんて、ご苦労なことだよ」
紐で束ねられた分厚い紙束を俺に差し出してきた。
「これを、連合軍第四軍団付き作戦部まで運んでほしい。私が二か月ほどをかけて解析した魔法理論をまとめたものだ。ついでに言うと、亡くなった六人ほどの兵士がここまで届けてくれた資料を元にしている」
物質的な重みよりもアルアの説明が加わると、さらに重く感じる。
「受け取ってくれたということは、受諾してくれたって思っていいのかな」
「……ああ。やるよ」
アルアは大まかな届け先を地図で教えてくれた。
ちょうどロウルを迎えに行ったときに部隊のおおよその位置は確認している。
「ああ、肝心の依頼料は軍に請求してくれ。こちとら魔法にしか興味のない森暮らしの美女だ。大した蓄えもない」
「じゃ、一〇〇万っていうのは」
「それくらい請求してもバチは当たらないだろう、という額を私が考えた。一筆書くから、それを軍の参謀長に渡してくれ。従ってくれるはずだ」
そう言うと、アルアは床に落ちているペンとインクの入った壺を見つけ、手紙を書きはじめた。
アルアは、ちょっと不思議な人だが、すごいやつかもしれない。
軍からわざわざ依頼なんて普通こないだろうし、一筆書いた程度で偉い軍人が従うはずもない。
「書いたよ。これも一緒に」
四つ折りにした手紙を渡された。
前線となると危険はつきものだ。
空を飛んでいれば真っ先にマークされる。
キュックの速度なら振り切れると思うが、用心のため、一度王都で準備をしたほうがいいだろう。
魔王軍には、翼を持つ種族が与している。
翼人……一般的にはホークマンと呼ばれる種族だ。他にも翼を持つ悪魔、ガーゴイル。空を飛ぶ魔法を使う魔族もいるらしい。
連合軍は、対空用に魔法使いを配置しているせいで、最前線の火力が不足しているとも聞く。
軍の援護は期待しないほうがいいな。
それどころか、敵だと勘違いして誤射される可能性すらある。
ロウルを迎えに行ったときも細心の注意を払った。
そのせいでキュックはスタミナを切らしていた。
「渡したらサインをもらってくる」
アルアがにこりと微笑んだ。
「ん。好きにしたらいい。君が無事に帰ってきてくれることが何よりの印だ」
俺はアルアの家をあとにし、キュックに乗って王都へ戻った。
冒険者でもなかなかある話じゃない。
敵と遭遇しないように注意を払うが、キュックの体力切れはまずい。万が一に備えて食料を準備しておくことにした。
その道中、フェリクと鉢合わせした。
「あ、ジェイ。今日運び屋のお仕事は?」
「これからだよ。フェリクは?」
「今日はもうおしまい。あ、そうそう。これ見て!」
得意そうな顔をして取り出したのは冒険証だった。
よく見ると、ランクがDとなっている。
「おめでとう、Dランク」
「まだまだこれからよ」
と謙遜しつつも、表情がゆるんでいる。
ふと、フェリクを見て思い出したことがあった。
言うべきか迷ったが、もう二度とない機会かもしれないので、俺は言うことにした。
「イーロンド領の近辺に行くことになった。もし屋敷が壊されずに残っているとしたら……取ってきてほしいものはあるか?」
「私の、家の、近辺に?」
「ああ」
イーロンド家没落は、魔王軍侵攻によるものだった。
「ジェイは、どこへ行くの?」
「前線の作戦部に届け物がある」
真剣な眼差しでフェリクは俺を見つめた。
「私もついて行くわ」