恋路
ウェインの心のこもらない手紙を持って、俺はニナが待つ屋敷へと飛んだ。
バルコニーに着地すると、コンコン、とカーテンがかかっていた窓を叩く。
すぐにカーテンからニナが顔を覗かせ、窓を開けてくれた。
「まあ。運び屋さん」
「行ってきましたよ、ニナ様」
「え、もう――?」
驚いて目を瞬きさせるニナに、俺はサインを見せた。
「これが、ウェインの受け取りのサインです」
「ありがとうございます。こんなに速いだなんて。……それで、ウェイン様は、なんと……?」
来た。やっぱそうなるよな。
長話させる気満々のニナは、ささ、こちらへ、と自室へ俺を招き入れる。
メイドを呼んでお茶を準備させようとしたので、俺は待ったをかけた。
「まず、順序通りに一部始終を話します」
「お願いいたします」
心苦しいが、見たまま、起きたまま、話したことそのままを、俺はニナに伝えた。
「…………」
明らかにニナがヘコんでいる。
瞳にたくさんの涙を浮かべている。
あのふざけた手紙を見て、そっとテーブルに置いた。
「そのような、ことを、ウェイン様が……」
「ただの運び屋が口を出すのはどうかと思いますが、事実だけを報告させていただきました」
ウェインの目的は、ニナの家柄であり個人を好いているわけではないということが、はっきりと伝わったようだ。
握った手を震わせて、ニナがしくしくと泣きはじめてしまった。
「あー、あー、ええっと……」
やっぱ言うべきじゃなかったか。けど、自分に対して気持ちがないことを知れば、ニナはいずれ傷つくだろうし……。
「ええっと、今は仲間たちと遊ぶのが楽しいから恋愛とかそういうのはしばらくいいかなー、みたいな感じかもしれないです……ニナ様のことが嫌いってわけでは――」
って、なんで俺があいつのフォローしてんだ。
ハンカチで目元を押さえるニナの背をゆっくりとさすって落ち着かせる。
ノックされ、ニナが入室許可を出すと老執事がやってきた。
「ニナ様。……少し話が聞こえてしまいました」
「じい。やはりあの方は、じいの言う通りでしたわ。わたくし、じいが遠ざけるために嘘をついているのだとばかり……」
そう言われると、ゆるくうなずいた老執事は、ニナの気持ちを察してか慈悲深そうな目をしていた。
「ご理解いただけたようで何よりでございます」
俺はなけなしの語彙力を投入しニナを励ます。
「ニナ様は、魅力的な淑女ですから、またいずれどこかで良い男性とめぐり合うと思いますよ」
「そ、そうかしら……?」
「そうです。純粋で、品がよく、花のように可憐ですから」
「……」
ぽやぁ~、とした表情で俺をまっすぐ見つめてくるニナ。
それから、報酬の支払いを老執事にしてもらった。
三万のはずが、イロをつけてもらい一〇万になった。
「こんなに?」
「ウェイン様に見切りをつけ忘れてもらう機会をいただきましたので」
お嬢様の将来を思えばこれくらい安いものだと言った。
玄関までニナと老執事が見送りに来てくれたので、俺は一礼して去ろうとする。
そのとき、声をかけられた。
「ジェイ様……今度は、いつ来ていただけますの?」
「仕事があればいつでも参ります」
「どこへ行けば会えるのかしら」
「二番通りの食堂によくいるので、何かご入用の際は、そこまでお願いします。不在の場合は、アイシェという娘がいるので彼女に何か伝言をお願いします」
「わ、わかりましたわっ!」
ぱあっと明るい顔をしたニナと後ろに控える老執事に会釈をして、俺は門から屋敷をあとにした。
召喚したキュックに、俺は話しかける。
「あれでよかったのか、悪かったのか、よくわからないな」
肩をすくめると、話が見えないキュックは「きゅう?」と困ったように首をかしげた。




