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恋は盲目


 老執事が手綱を握る馬車に揺られていると、大きな門を通過した。


「でかいな」


 俺が思わずひとり言をこぼすと老執事が答えた。


「テオラル伯爵家の王都のお屋敷でございますので」


 先ほど、この老執事が食堂へ現れ、依頼があるからと俺を馬車に乗せたのだ。


 王城の膝元に屋敷はあり、かなりの敷地面積を誇っている。

 他の貴族もこの近所に屋敷を構えているため、俺たち一般人は一等地のこの区画を貴族街と呼んでいた。


 あれから、ロウルとニコルの二人は、郊外の古い家で暮らしている。

 元々俺が使っていたもので、かなり古い空き家だったが、広くなったと二人は喜んでいた。

 周囲にロウルが従軍していたことを知る者は誰もいないので、顔を指されることもないだろう。


 馬車が整然とした前庭をゆっくり走る。

 屋敷の入口では、数人のメイドとイブニングドレスをまとった少女が一人見えた。

 まだ幼さを残す面立ちは、一〇代前半ってところだろう。


 止まった馬車から降りると老執事がすぐに紹介してくれた。


「ステルダム様、こちらが依頼者のニナ様でございます。――ニナ様、こちらが例の」


 紹介されたお嬢様は小さくドレスを広げて品よく挨拶をした。


「ジェイ様、ようこそお越しくださいました。急なお呼び立てにもかかわらず、ご足労いただきましたこと、感謝いたします」


 こういうとき、どう返礼したら無礼にならないんだろう。

 作法をまったく知らない俺は、愛想笑いをしながら頭を軽く下げた。


「こちらこそありがとうございます」


 挨拶もそこそこに、屋敷の中に通され、俺はニナの私室へ案内された。

 フェリクも、こんな感じの暮らしぶりだったんだろうか。

 不躾とは思いながらも、部屋の中を見回してなんとなく思った。


 ニナがお付きのメイドと老執事を下げさせると、室内は二人きりになった。


「ええっと、何か頼みたいことがあるとお伺いしましたが」

「はい、そうですわ。実はわたくし…………そのぅ、これを書きましたの」


 誰にも見つからないように隠していたのか、枕の下から封筒を取り出した。


「これを届けたらいいんですね?」

「はい。そうですわ」

「どちらへ?」

「…………あのぅ、これが何なのか、訊かないのですか?」


 おずおずと窺うように俺をちらりと見た。


「手紙ではないのですか?」

「そうなのですが」


 可愛らしい封筒に厚みはないし、魔力的な効果も感じられない。

 花の封蝋が施してある。

 年頃の女の子らしい心遣いだった。


「ジェイ様は、気にならないのでしょうか」

「いえ、気になりますが、届けることが仕事ですから」


 危険物となれば、俺だって考えるし詳しく中身とその用途を尋ねるだろう。

 けど、この封筒とニナの雰囲気からして、たぶんラブレター。


 嫌われないだろうか、好いてくれるだろうか。

 そんな気持ちが伝わってくる。


「あなたに頼んでよかったですわ」

「まだ届けてないですよ?」

「そうですが……ふふ。聞いていた通り、不思議な方ですのね」


 どうやらこのお嬢様、最初は指名クエストとしてこの依頼をしようとしていたらしいが、冒険者ギルドで相談をしていくうちに、先方が俺を推薦したそうだ。


『運び屋をしている、真面目で誠実な冒険者がいる』と。


 冒険者ギルドは、ずいぶんと俺を買ってくれているらしい。


「届け先は、キーキンの町外れで暮らしているウェイン様という、二〇歳の見目麗しい紳士ですわ」


 冒険者筋の噂で聞いたことがある。

 キーキンの町外れには、王位継承権を剥奪された別腹のワケアリ元王子がいると。年の頃もまさしくそうだ。


「かしこまりました。ウェイン様ですね」


 ニナは唇の前で人差し指を立てた。


「このことは、家の者には誰にも……。じい……あの老執事の者には、お手紙はお父様宛てと説明していますの」

「承知しました」


 手紙を隠していたのも腑に落ちた。

 王都に自宅を構えられるほどの貴族の娘であれば、将来有望な貴族家に嫁入りするのが既定路線。

 元王子といえど、今やただの平民。

 親密度はわからないが、家の者に関係が知られれば、やめるように諭されるのがオチだ。


「ご依頼料は……三〇万リンほどでいかがでしょう」

「ふごっ」


 げほげほ、と俺はむせた。


「だ、大丈夫ですか? お、お安かったでしょうか……? わ、わたくしがすぐに出せるお金はこれくらいしかなくて……」


 不安そうに顔をしかめていくニナに俺は手を振った。


「いやいやいや。逆です、逆。そんなに出してもらえるとは思わなかったので」


 キーキンは、王都からもほどほどに近い町で、キュックに乗ればすぐに往復ができる。


「その一〇分の一で構いません」

「えっ。そんなにお安くてよろしいのですか?」



「はい。何通も出せたほうがよいでしょうから」



「あっ……」


 たしかに、という納得と、手紙の中身を見透かされたことに気づき、ニナ様は照れたようにはにかんだ。


「それも、そうですわね……うふふ」


 今まで誰にも頼めず、想いを募らせるばかりだったのだろう。

 俺が元王子まできちんと届けるので安心してくれ。


「すぐに受け取りのサインをもらってきますので、またのちほど」


 封筒を大切に懐にしまい、俺は部屋をあとにした。





 キーキンの町は、俺の記憶が正しければとくに何もない町で、歩けば半日ほどで王都があるため、商人も素通りしていくことが多い。

 上空から町を見ていると、外れに一軒建っているのがわかった。


 あそこだな。


 キュックに着陸してもらい、お礼を言って召喚魔法を解除した。


 質素な家の扉をノックすると、無精ひげを生やした金髪の男が顔を出した。


「あ? 誰?」

「ジェイ・ステルダムという者ですが」


 彼越しに、家の中が見えたが、柄のよくない少年たちが胡乱な目で俺を見ていた。


「ウェインさんという方はいらっしゃいますか」

「あぁ。オレオレ」


 へ?

 俺は思わず二度見してしまった。元王子なら、もうちょっとまともな身なりで暮らしをしているのかと思ったが……時間が経てば変わってしまうのか。

 柄の悪そうな輩とつるんで、日々遊んでいるようだ。


「テオラル家のニナ様から、お手紙をお届けするようにと」


 目を剥いたウェインが、俺が懐から出した封筒をひったくった。


「ニナから!?」


 ウェインが、丁寧に手紙を封じた封筒を力づくで破る。


 どの道捨ててしまうから、まあ、わからないでもないが……。

 ニナの純情を知っていると、丁寧に開けてほしかったな。


 中の数枚の手紙をウェインが読んでいく。

 その表情がどんどんゆるんでいった。ラブレターだから照れてニヤニヤしてしまう気持ちもわかるが……。


 そう思っていると、そういった類いのニヤつきではないことがわかった。


「ふっ、ふふっ、マジかよッ……! 宮殿を追い出される前にパーティで一回会って、三度手紙をやりとりしただけだぜ?」


 中身までは知らないが、愛を伝える文章だったのだろう。

 くつくつ、と堪えるようにウェインが笑っていると、弾けるように笑い出した。



「ハッハッハッハァ――! このまま上手いことあのガキに取り入れば、オレァ伯爵家の仲間入りだぜ!」



 現実っていうのは、こんなものなんだろうな。

 ニナが想い抱いていた理想のウェイン王子様は、本当はどこにもいなかったんだろう。

 どころか、家柄目当てでニナと関係を築こうとしている。


 王家に詳しくはないが、元々継承権は一〇位より下だったはず。継承権上位の兄や姉たちは全員健在。

 素行の悪さと継承権の低さも相まって、王家を追放されたという噂は、本当のようだ。


 今回のこの手紙は、ウェインからすれば逆玉の輿の機会が転がり込んできたも同然だろう。


「何の話だよ、ウェインー?」

「おい、おめえら、これちょっと見ろよ」


 踵を返しと、たむろしている数人の仲間にウェインは手紙を見せる。


「てか文字読めねえし」

「ウェインのことが好きっていうのはわかったぜ」

「え、書いたのって伯爵家のお嬢様?」

「ヤバ。こんなヤツにガチ恋? ウケるー!」

「傑作だぜ。働きもしねえし、宮殿からの仕送りだけで暮らしてるこんなのの何がいいんだよ」


「かぁー、見る目がねえな! てめえらとニナお嬢様は違うってことよ」


 ウェインは、ギャハハハ、と品のない笑い声をあげて上機嫌のようだった。


「じゃあ、じゃあ、ウェインが伯爵のなんかになったら、オレ騎士やるわ」

「いいぜ、いいぜー」

「あ、俺も俺も!」

「オレは庭師な! なんか楽そうだし」


 冗談とも本気とも思えない会話が飛び交っていた。


 せっかく咲いた花を笑いながら踏みつぶすような光景に胸が痛んだ。


 けど、俺は運び屋。預かった物を届けることだけが仕事。

 余計な口は出さない、挟まない――。


「サインをもらえますか。届けたことの証明になるので」


 山ほどあった言いたい言葉に蓋をするように、俺はようやくその一言を伝えた。


「んだよ、あんた。まだいたのかよ。――サイン? ああ、はいはい」


 あらかじめ持ってきていたインクとペンをウェインに渡すと、破り捨てた封筒の裏にさらさら、と名前を書いた。


 ニナになんと伝えよう。

 渡したときの様子は確実に訊かれるはず。


 正直に教えて、関係を断つことを勧めるか?

 悪い虫に刺されたと思って、このことは忘れてもらうか――。


 恋文だから知られたくないというのと、じい……老執事に小言を言われることが予想されたから隠していたんだろう。

 老執事はウェインがこうなっていることを知っているだろうから。


「おーい、ウェイン、返事書こうぜー? 返事」

「いいね、それ。――ああ、届け人のあんた、ちょっと待っててくれ。返事出すからよ」


「依頼には、料金が」

「んなの、あいつが出すだろ。あっちからもらってくれ。カネモチなんだからさ」


 そりゃ、あの子はきっと出すだろう。何万でも、何十万でも。

 純粋に思いを寄せている「ウェイン」から、せっかく届いた手紙だから。


「こんなのどう? オレなら濡れちまうぜ」

「元王子だけあって、おまえ上手いな」

「やべぇぇぇ。オレ女騙す才能あっかもなぁぁぁああ?」


 ケタケタと笑いながら、ウェインはチリ紙のようなものを折りたたんだ。


「うい。これ。よろー」


 俺に押しつけるように渡したウェインは、仲間の輪に戻ろうとする。

 そこで俺は肩を掴んだ。


「あの、これは自分で渡してください」

「はぁ? どうせニナんところ戻るんだろ。ついでじゃねえか」


「『ついで』というのは、運ぶ側が言うものであって運んでもらう側が便利に使う言葉じゃない」


 ウェインが俺の胸倉を掴んで凄んでくる。


「おまえ――ナメてんじゃねえぞッ! 王家の人間だぞこっちは!」

「元、だろ。人間性が終わっているから追放されて元王子になるんだ」


「んだと……ッ!」


「ニナの純粋な気持ちは、おまえらの退屈な毎日を楽しませるためのものじゃない。年端もいかない少女を騙して寄生しようだなんて、王家の血を引く者がすることではないだろ」


「オレとニナの話だ。てめえは関係ねえだろ」


 ウェインが殴りかかってきた。

 ろくに戦ったことのない攻撃だ。思いきり脇腹に鞘を叩きこんでもいいが、それは大人げない。


 俺は、すっとガードの体勢を取る。

『たまたま』肘がウェインに向けられてしまっても仕方ないことだろう。


 偶然にもウェインの拳が俺の肘を殴った。


「あがっ、あっ……!?」

「大丈夫か?」

「何やってんだ、テメ、おい――――!」


 はたから見れば俺は防御しただけだが、血の気の多いお仲間たちが殺気立った。


 ぐにゃっとなった拳を見つめたまま、ウェインが膝から崩れる。


 二人目が蹴りを放ってきたので、俺は膝で防御する。

 敵のスネが俺の膝に直撃した。


「あぁあっ、あ、おうふっ……」

「悪い。おまえたちと違って、荒事になれてなくて。変なところに当たってしまったな」


 スネを押さえて悶絶していると、三人目もウェイン同様の肘防御で顔を歪めた。

 四人目は蹴りだったので膝防御。こいつもスネを押さえて床をのたうちまわった。


「よ、四人を、あっという間に……!? あんた、何モンだよ……!?」

「ただの運び屋だ」

「にしても、強すぎじゃ――」

「俺はただ防御してただけで、こいつらが勝手に自滅しただけだ」


 ため息をついて、俺は一応確認してみた。


「んで、残ったおまえはどうする? かかってくるか?」


 尋ねると、半泣きで首を振った。


 日々暇潰しをしているだけの半端なゴロツキ相手に、俺は何やってるんだか……。


 ウェインの手紙が落ちていたので拾うと、中が見えた。

 そこには『オレも愛してるぜ。チュッチュッ、チュー。オレが好きなら二〇万貸してくれー』という文章が書いてあった。


 思わずため息が出た。

 大人げなく蹴散らした罪悪感が、一瞬でなくなった。


 ニナには、一部始終を正直に伝えて目を覚ましてもらおう。


 うぅぅ、と呻いて床をのたうち回っている少年たちは、一撃で戦意喪失したらしく、立ち上がろうともしない。


 こっちをまだ見つめる男に、家を出る間際に言った。


「こんなこと、自慢にならないから誰にも言うなよ。恥ずかしいから」



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