従軍のルール
ニコルの依頼料は、たった三〇〇リン少々。
けど俺は、どうやってそれを捻出したのかが、お金の価値を決めるんだと思っている。
あの依頼料は、大人の一〇〇万リン以上の重みがあった。
そんな大仕事、断れるはずもない。
俺は軍に詳しい知り合い何人かに訊き、ロウルという兵士の所在を探した。
いずれも、時期からすると魔王討伐軍だろうとのことだった。
魔王軍が魔界から人間の世界に侵攻してきたのが三年ほど前。
小国のいくつかが滅ぼされ、俺たちが今暮らしている国、グランイルド王国も領地をいくつか失っている。
前線の戦いは相当激しいと聞く。
探しているうちに、所属だけを突き止めることができた。
俺はロウルが所属する部隊がいるであろう場所へ移動することにした。
「無事だといいけどな」
飛行中、キュックにひとり言をつぶやいた。
後方支援であってくれと願ったけど、所属は思いっきり最前線の部隊だった。
討伐軍を見つける度にロウルの部隊の居場所を尋ね、再びキュックで移動する。
それを二度繰り返すと、ようやくロウルが所属する部隊を発見した。
高度を落としていき、目立たない場所へ着地し、部隊の野営地へ向かった。
「すみません。ロウルさんって方、ここにいますか?」
歩哨に立っている兵士に尋ねると、驚いたような顔をされた。
「な、何考えてんだ、あんた。ここは最前線だぞ! すぐにここから離れるんだ!」
もう一人の歩哨が、俺の顔を指差した。
「あ、あんたトカゲの召喚士! 何してんだよ、こんなところで。あんたの腕じゃ秒殺だぜ? 命が惜しいならとっとと帰んな」
蔑むような笑みを浮かべて、しっしと手を払う兵士。
俺もずいぶん有名人らしい。
「届け物があるだけです。終わればすぐに帰りますから」
「あの、僕に何か用ですか?」
話し声が聞こえたのか、まだ一〇代半ばの少年が一人やってきた。
「ロウルさん? 妹の名前はニコル?」
「はい、間違いなく僕かと」
よかった~~~~~。
生きてたぁ~~~~。
俺は懐から預かった手紙をロウルに渡した。
「妹さんからです」
「え。ニコルから!? わざわざこんな危ない前線まで手紙を届けに?」
って驚かれるけど、キュックに乗っていればあっという間に着く。
キュックのスタミナを考える必要はあるが、戦う必要もなければ、食料や水の準備も要らない。
「そういう仕事なので」
「ロウル、なんて書いてあるんだ?」
「いいなぁ。俺も誰かからこうやって手紙届かねぇかなぁ~」
二人にからかわれて照れくさそうにしているロウルだったが、やがて目元を赤くして鼻をすすった。
「ニコル……今六つの妹が、帰ってきてほしいと」
声を震わせてそう言うと、からかっていた兵士二人が押し黙った。
ちらりと覗いた手紙には、拙い文字で「さみしい」「かえってきてほしい」と書いてあるのが見える。
これを伝えたいがための手紙と依頼料だと思うと、俺も胸が痛んだ。
従軍中に抜けることはできない。
脱走すれば相応の罰がくだる。
それは誰もが知っているルールだ。
「まあ、しばらくは無理だな」
「戻れるとすりゃ、死んだときくれぇだろ」
俺はその会話は聞こえないフリをして手続き上サインが必要だと伝え、ペンとインクをロウルに渡した。
そのときだった。
ドガァン、と轟音が響き渡り、地震のように地面が揺れ、熱風が肌を包んだ。
そばで何かが爆発、もしくは炸裂したようだ。
「敵襲――――!」
ピィィィィ――、と笛が慣らされ野営地は緊張に包まれた。
魔族、魔族だ、魔族が来た、という話し声が聞こえる。
俺もようやく魔族を視認した。
藍色の肌に血のように紅い目をしていた。
その魔族の男は、武装した大型のゴブリンを数十率いていた。
魔族は人間の世界にはない魔法を放つと、また爆炎と悲鳴が上がる。
「踏み躙れ!」
ゴブリン……クエストとすればリーダー格のゴブリンたちに指示を出すと、雄叫びを上げて野営地に突進してくる。
「「「「ギャヒィィィ!」」」」
奇襲に近い状況に、こちらはパニック状態だった。
「は、運び屋さん、逃げてください。ぼ、僕は元気にしていた、とニコルに伝えてやってください! 絶対に帰るから、と!」
ロウルは、震える手で剣を抜いて立ち向かおうとしていた。
「こんなのやってられっか! 逃げるぞ!」
歩哨の俺を小馬鹿にしたやつが、逃げ出そうとすると立ち塞がったゴブリンに叩き斬られていた。
そうか……死なないと帰れない、か。
あいつは帰れるんだな。
こちら側は立ち向かう者より逃げ惑う者のほうが圧倒的に多い。
だが逃げても背中を斬られ、槍で突かれ、ほとんど誰も生き残れない雰囲気がある。
「カッカッカッカ! 下等生物を狩るのは、非常に楽しい。ほれ逃げろ、逃げろ! ワタシを楽しませろ!」
とりあえず、後ろで魔法を撃っているだけの胸糞悪いあいつからだ――。
「ダメだ、もう……」
ロウルがその場に座り込んだ。
「ちょっと待ってろ」
「運び屋さん、何を……?」
「召喚」
俺はキュックを呼び出し背中に乗った。
ドラゴンだ、と驚くロウルに取り合っている暇はない。
やはりキュックは目立つようで、敵味方全員の視線を集める結果となった。
「きゅぉぉ……!」
ばさばさ、とやるが、消耗し過ぎたらしい。今日はもう飛べなさそうだ。
「走れるか、キュック」
「きゅ」
それなら大丈夫らしい。
何を言っているかわからないが、そうだというのがわかる。
「行くぞ」
「きゅ!」
剣を抜くと、キュックが魔族目がけて疾走をはじめた。
「ギャグガ!」「ギャグニ!」
立ち塞がった大型のゴブリンたちをキュックは蹴散らしていく。
首や尻尾で弾き飛ばし、それでも残る敵は爪で切り裂く。
キュックの攻撃から逃れた者は、俺が残らず斬り伏せていった。
「バハムートの子とニンゲン――!?」
魔族が怪訝そうに眉をひそめた。
表情が読み取れるほど接近すると、キュックが急停止した。
「調子に乗るな下等生物ッ! 今はワタシが狩りをしているのだぞぉぉォォォオオッ!」
「あんまり人間を舐めないほうがいい。……忠告したぞ、魔族」
停止の弾みで俺はキュックの背中から射出されるような形で前方に飛んだ。
「小癪小癪小癪! 魔族がなぜ魔族たりえるのか――貴様に教えてやろうッ!」
俺へ向けて魔族が弾幕のように紫の魔法弾を放ち続けた。確かに、人間にはない魔法と魔力だ。
「カーッハッハッハ! 下等生物ごときに近寄れまいぃぃぃぃぃい!」
俺に触れそうな弾幕は全部斬った。
黒煙が濛々と上がる中、そこから抜け出した。
魔族からすれば、煙の中から突然現れたように見えただろう。
この間抜けた顔を見ればそうだとすぐにわかる。
「忠告しただろ」
「近寄れ、まい?」
「人間を舐めたことがおまえの死因だ」
すれ違う刹那、一閃。
確かな手応えとともに、着地する。同時に魔族の首が落ちた。




