お金の重み
運び屋をはじめたやつが食堂にいるらしい――。
おそらくマークさんが口コミで広めているんだろうが、そう噂されるようになった。
食堂で飯を食っていると、それが俺のことだと知った常連客が冗談を飛ばす。
「ウチのうるせえカミさんを実家にしばらく送ってくれねえか?」
「高くつくぞ」
「違いねえ。いつの間にか樽みたいな体型になっちまいやがったからな。ありゃ誰も持ち運べねえか~」
ガハハ、とバカ笑いをする。
フェリクは、俺の手を借りず、一人で冒険をするようになっていた。
ときどき、この食堂で初心者らしい相談をしてくることもあった。
それが終わると、あんなことがあった、こんなことがあった、と楽しそうに話してくれる。
もし妹がいたら、こんな感じなんだろうか。
そうしているうちに、この食堂の常連となったフェリクは看板娘のアイシェと仲良くなっていた。
「ねえ、フェリク」
「何、アイシェ」
「フェリクは、ジェイさんとは――」
何かアイシェが耳打ちをした。
「んなっ、何を言っているのっ」
顔を赤くしたフェリクが、ばしばし、とアイシェの肩を叩くとくすぐったそうに笑った。
年頃女子の微笑ましいやりとりは、子猫がじゃれ合っているような可愛らしさがある。
俺が運び屋をはじめたと知って、半信半疑で依頼する人が何人かいたが、ほんのお使い程度の依頼をすぐに済ませると、その速度に目を丸くしていた。
運び屋をはじめたというよりは、そういう頼み事や困り事の相談が増えてきたので、やらざるを得なくなったというのが正しいだろう。
俺にとっては大した依頼とは思えなかったので、「報酬次第で何でも受ける」としている。
依頼人は、大抵、顔見知りかその知り合いのどちらかだったが、今日は違った――。
フェリクとアイシェのそばに、小さな女の子がいた。
何かを話すと、二人が俺を指差す。
すると、その女の子と目が合い、こちらへやってきた。
五、六歳ってところだろう。
「運び屋さんですか?」
「そういうことになってる。何か頼みごと?」
女の子は、緊張した面持ちでうなずいて、手紙を俺に渡した。
「お兄ちゃんに、これを届けてほしいです」
「了解。そのお兄ちゃんはどこに?」
「兵士さんだから、その人たちがいるところ、です」
あぁ……気軽に引き受けてしまったけど、ちゃんと渡せるだろうか。
訊くと、名前を教えてくれた。この子の名前はニコル。兄はロウルだそうだ。
「お金がもらえるから、お兄ちゃん、兵士になってどこかへ行っちゃったんです」
ニコルは事情を詳しく教えてくれた。
年の離れた兄のロウルは親代わりで、貧しいながらどうにか二人はその日暮らしができていたが、兵士募集の話を聞き、軍に参加したのだという。
それが半年前。
兵士を募集しているとすれば、魔王軍と戦う前線の兵士補充のためだろう。
集めた兵士には、まとまった額の支度金が渡されると聞く。
今ニコルは、近所の人たちの助けを借りて小さな家に一人で暮らしているそうだ。
事情を聞いてますます俺は不安になった。
ちゃんと渡せるか……? 探して見つかればいいが……悲しい結末になりはしないだろうか。
「優しいいいお兄ちゃんだな」
「はい」
ニコルがようやく笑顔になった。
生活費のために軍に参加した兄か……。
支度金は、家賃や生活費としてちびちび使っているという。
こんなに小さいのに、偉すぎる。
「俺は報酬次第で何でも運ぶ。逆に、報酬次第では断ることにしている」
「ちゃんと、持ってきました」
ごそごそ、と小さなポシェットを漁って、革袋をひとつ取り出した。
「お兄ちゃんが残したお金以外で、少しずつ貯めました。お兄ちゃんが帰ってきたときに、おいしいものをごちそうできるように!」
確認させてもらうと、すべて小銭で三〇〇リンと少しあった。
よっぽど心配だったのか、どんどんニコルの顔が不安そうに雲っていく。
「お金、足りませんか……?」
「いいのか、こんな大金もらっても?」
神妙な顔つきでニコルはうんうん、とうなずく。
「こんなに積まれたら断れないな」
俺が笑うと、ニコルも花が咲いたような笑みを浮かべた。




