ペットが進化した
王都の冒険者ギルド。
俺がクエストの報告をしていると、後ろから声が聞こえてきた。
「トカゲの召喚士~」
「トカゲしか使えないくせに召喚士名乗ってんじゃねーよ」
「底辺の召喚士様が受けられるクエストはFしかございませ~~~ん!」
ギャハハ、と冒険者三人組の耳障りな笑い声が響いた。
最近何度か見かけるやつらだった。
「めちゃくちゃ癒されるから、一度飼ってみるといい」
俺の発言は予期しないものだったのか、三人組が微妙な表情をしている。
色んなやつが同じことでバカにしてくるので、さすがに言い返し方だって思いつく。
それくらい俺にとってはいつものことだった。
腹は立つが、この手の輩はすぐに死ぬか辞めるかしていなくなる。相手にするだけ無駄だろう。
三人組を避けるようにして俺はギルドをあとにした。
「きゅ」
俺の肩に乗っている手の平サイズのトカゲが小さく鳴いた。
俺が召喚している召喚獣で名前はキュック。
長所はつぶらな瞳で癒してくれるところ。エサを食べている姿が可愛いところ。
短所は、それ以外の全部だ。
召喚獣といえば、戦いのサポートをしてくれる相棒というのが一般的だが、このトカゲちゃんは、可愛いだけで戦いの役に立ちはしない。
でもそれで十分だった。
常に一人で冒険をしている俺にとって、キュックは癒しであり友達だった。
ただ、召喚士としては何もできないのと同じなのでFランク呼ばわり。
本当は、登録した職業にランクなんてないが、冒険者の最低ランクがFなのでそれにちなんでいるんだろう。
俺は行きつけの食堂で食事を済ませ、キュックに餌をあげる。
そのあと、メンテナンスに出していた愛剣を受け取りに行くと、日没まで時間があったので試し切りのため城外の森へ向かった。
冒険者になって召喚獣に戦わせて楽できると思ったが……キュックがこれなので、生きていくには俺自身強くなる必要があった。
さっそく森の中でスライムを発見すると、俺は剣を抜き放ち体ごと体内にある弱点の核を両断する。
オォォゥゥ……、と呻き声を上げてスライムはドロドロに溶けた。
よし。剣の調整も上々だな。
あと二、三体くらい試して引き上げよう。
そんなとき、付近から悲鳴が聞こえた。
「あぁぁぁあ――――!?」
「なんだよ、こいつ――このっ、クソッ」
「も、もう一体でてきたぞ!?」
パニックに陥っているような混乱と騒ぎ声を頼りに、俺はそちらへ駆けていくと、槍や剣を振っている男が二人いた。
さっき俺をギルドでバカにしたやつらだった。
もう一人の仲間は、変異体とされる巨大なスライム……ギガスライムに取り込まれている。息苦しそうにもがいており、仲間が助けようと剣を叩きつけているが、ギガスライムは意に介した様子がない。
スライムっていうのは、そう簡単には斬れないからな。
見て見ぬふりを決め込むほど、俺はあいつらに怒っていない。
腹の立つ言動はあったが、目の前で死にそうだったり大怪我をしそうな場面は見過ごなかった。
「おい、大丈夫か?」
「トカゲの召喚士……!?」
二人が俺に気づいたが、もがき苦しむ仲間ともう一体出現したギガスライムに気を取られていた。
「邪魔だから下がってろ」
「Fランク召喚士のあんたじゃ無理だ! 足手まといだ! トカゲに何ができるってんだ!」
「助けを呼んできてくれ! でないと仲間がっ!」
取り込まれた一人が白目をむいて意識を失くしたようだった。
「そうだな。早くしないとな――」
抜刀すると、足下で空を一度斬る。二体か。ちょうどいい。
「な、何やってんだよ!? さ、さっきはバカにして悪かった! だから――」
「スライムが剣でどうにかなるわけねえだろうが!?」
「……いや。案外そうでもない」
俺は一歩踏み出し、体重を乗せた全力の剣撃をギガスライムに叩き込む。
普通ならここで体に押し戻される……が、俺は違った。
十分な剣速と剣圧があれば、一撃で核まで届く――。
刃がクルミのような灰色の核に食い込み、剣を振り抜くとそれが砕け散った。
「オロロロロロロォォォォウウウ――!?」
断末魔のような呻き声をあげると、ギガスライムの一体はドロドロに溶けた。
「え――、き、斬った?」
「このデカブツは! ギガスライムだぜ!? 物理無効の代表的な魔物だぞ!?」
べしゃり、と中にいた仲間が放り出されると、地面にむかってゲホゲホ、と咳き込んだ。
残りの二人は、仲間が無事だったことよりも、俺を見て目を白黒させている。
「Fランク……なんだろ?」
「そりゃ、誰かが勝手に言い出したことだ」
冒険者としてのランクは全然違う。
「召喚士なのに、剣士……?」
「召喚獣がこれだからな」
まだ俺の肩にしがみついていたキュックの頭を指で撫でる。
「そんなことよりも仲間を連れてとっとと逃げろ。おまえたちじゃ相手にならない」
俺はもう一体のギガスライムに相対した。
「すまない……バカにして」
話す時間がもったいないので俺は小さく肩をすくめた。
残りのギガスライムを攻撃しようとしたとき、「ハァーッ」とキュックが何かを吐き出そうとした。
ブフォッ。
一瞬、口から黒銀色をした炎が見えた。
キュック?
今までこんなことは一度としてなかった。
不思議に思った俺は、キュックを地面に下ろして試しに魔力を注いだ。
すると、キュックの体が淡く光った。
体がどんどん大きくなり、四本足で地べたを這っていたのが、二本の後ろ足で立っている。
体格は立ち上がった熊に近い。
蜂蜜色をした目に銀の鱗をまとっている。背中に隠しきれない折りたたまれた翼が見える。
これは、子供の竜と呼んでも差し支えのない姿だった。
「ど、ドラゴン!?」
「な、なんでこんなところに!?」
男たちは腰を抜かし、ずりずり、とその場から這うようにして逃げていった。
キュックらしき子竜は、口からゴフォ、ブフォォォ、と試運転のように黒い炎がちらつかせていた。
「キュァァァァァァァァァァ――――ッ!!」
雄叫びを上げると、カッと口元から黒い閃光が瞬く。
放たれた黒い炎は、ギガスライムを瞬時にして蒸発させた。
なんだ、これ。
ただのトカゲだと思っていたが、もしかすると、違うのか?
俺を癒してくれるだけの存在で、それだけでいいと思っていた。
可愛いだけの相棒だと思っていたら――。
「キュック、おまえなのか?」
「きゅ……」
目が優しくなった。俺がよく知っているキュックの目だ。
今まで何度も魔力を注いできたが、こんなふうになることはなかった。
引っ込める意味も召喚し直す意味もないから、ペット代わりに出し続けていたせいだろうか。
俺が剣を覚えたように、キュックはキュックなりに、召喚中に色々な経験を積んできたのかもしれない。
「きゅぅ」
俺の手が届くところに頭を持ってくるので、俺はよしよし、と頭頂部を撫でてやった。
嬉しそうにキュックは目を細めた。
ペットでしかなかった癒し系トカゲが、可愛がって育てた結果、竜へと進化した。




