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浮気者は要らない

作者: 岡島 光穂



 伯爵夫人であるリディアは悩んでいた。


 リディアは元々公爵家の一人娘。家を継ぐ為に遠縁である伯爵家次男のデュークを婿に迎えた。しかし、まだ親が元気で隠居予定もない為、婚姻と共に公爵家で管理していた伯爵位を受け継ぎ、デュークが公爵家を継ぐ為、領地経営の経験を積ませる予定だった。


 しかし、婚姻後すぐは少し頑張ってはいたものの、近衛騎士との兼業がきつかったのか、元々事務作業が苦手だったのか、息子が生まれた頃から徐々に伯爵としての仕事から距離を置くようになった。


 そして息子が3歳になる頃には、近衛の仕事が忙しいから、と隊舎に部屋を準備し、ここ2年は屋敷へ戻る事が稀になっていた。


「デュークは……どういうつもりなのかしら?」


 伯爵としての仕事をしていない事が両親にバレるのも時間の問題……というか、既にバレてこちらの出方を窺われている気もするが……今の所は執事達には口止めの上自分が采配している事を、表立って咎められてはいない。


 元々別の婚約者がいたのだが、不慮の事故で亡くなってしまった為、伯爵家次男で婚約者がおらず、近衛への所属が決まっていたデュークに白羽の矢が立った。

 公爵家を継ぐ勉強の時間もあまりとれないままの婚姻となったことも考慮して、とりあえず比較的領地の狭い伯爵としての仕事から……と話はまとまっていた筈なのに、とリディアは嘆息する。

 

 この先どうしたいのか話し合いをしたくとも中々時間も作ってくれないし、こちらが話を切り出すとイライラとした雰囲気を隠そうともせず、会話が成り立たない。果ては必要最低限しか屋敷に戻らなくなってしまった。……領地経営に関わりたくないのであれば、ハッキリ言ってくれればこちらにも動き様があるのに。


 父親として息子のマーカムとの時間も作って欲しいのに、どうしたら良いものか…。


 マーカムの授業終了を待ちつつ、お茶を飲みながら考えに耽っていると、屋敷のエントランスの辺りから騒がしさが伝わってきた。

 控えていた侍女に目配せをし、席を立つと、リディアは騒ぎの中心へと向かった。




 


「一体何を騒いでいるの?」


「奥様……申し訳ございません。こちらの方が無理を申されまして…」


 騒ぎの中心はエントランスで、執事と女性が押し問答をしていた。

 リディアが声をかけると、少し焦り気味で振り向いた執事が向き直り、頭を下げる。


「あなたがリディアさん? 貴女にお話があるの」


「………どちら様でしょう? 何故わたくしの名を?」


 執事が引いたのを好機ととらえたのか、執事を押しのけるように前に出た女性は、高慢に顎を上げ、リディアの名を呼んだ。

 ふと湧いた嫌悪感を押さえつけ、リディアは女性の正面に立つ。


「私は、セリーヌ。デュークと付き合っているの」


 女性…セリーヌの発した言葉に、リディアは心の中で嘆息する。


「そう……。こんな話をエントランスでする訳にはいかないわ。中にお通しして」


「しかし奥様…」


「いいのよ。排除するのは簡単だけれど、ここで騒がれて授業中のマーカムに聞こえては堪らないわ。きちんと詳しく、お話を聞かないといけないようだしね。あと……彼女をここまで通してしまった門番に関しても、宜しくね」


「……畏まりました」


 努めて冷静に、リディアは執事に指示を出す。

 薄く難色を示したものの、執事は侍女へサロン準備の指示を出し等を進めていく。





 少しの後、リディアとセリーヌはサロンで向き合い座っていた。


「へぇ…流石伯爵家。少しセンスが古い気がするけれど、物は良いわね」


「それで? セリーヌさんは何のご用でこちらへ?」


 お茶を飲みながら無作法に周りに目線を配り、勝手な評価を述べるセリーヌに、リディアは問う。


「ああ、そうね。遠回しなのは苦手だから単刀直入に言うわ。デュークと離婚して、この家から出て行って」


「……はい?」


 一瞬、セリーヌの言っている事がリディアには理解が出来なかった。


「デュークはね、貴女の顔をもう見たく無いようなの。だってここには全然帰って来ていないでしょう? それに、私にも彼との赤ちゃんが出来たし、貴女とは離婚して、私とこの家で一緒に暮らそうって言うのよ」


「…………」


 続くセリーヌの言葉に、リディアは言葉を発する事が出来ない。


「伯爵はデュークなのだし、愛されてもいない女が主人面でここに居座って、当主が戻れないなんておかしいじゃない? だから、早く離婚してここから出て行って。ああ、子供も連れて行ってね。貴女の子供なんて育てたく無いし。跡継ぎなら私が産むから安心して」


「………そう。それが、彼の望みなのですね?」


 リディアがやっと絞り出した言葉は、簡単な確認だった。


「そうよ、勿論じゃない。だからわざわざ私が言いに来てあげたの。愛されている私を見れば分かり易いでしょう?」


「そうですか……わかりました」


 初めて会った愛人に好き放題言われ、リディアの頭は段々と冷静さを取り戻してきた。

 本当にデューク本人の言い分かどうかは今はどうでもいい。上手く愛人の手綱を握れなかったのは間違いないのだから。

 それに今、これ以上この女の話を聞いたところで、怒りや不快感ばかりが増すばかりで、きっと何の得にもならない。

 ならば、マーカムの授業が終わる前にこの女を追い出す事の方が大事と決め、リディアは微笑み、了承を返す。


「そう、良かった! さっさと出て行ってよね。私も早くここに住みたいから」


「ええ。出来るだけ早めに手配致しますわ」


 満面の笑みで言うセリーヌにリディアは笑顔で返す。


 手配はなるべく早めに行おう。だって、リディアとデュークがどうなるにせよ、多分、この家は閉じる事になるのだから。

 

 ───そんな思いを心に抱いて。









「リディア! 出てこい!!」


「早く出てきなさいよ!」


 公爵家の固く閉ざされた門にしがみ付き、醜く叫ぶ二人の男女。

 

 セリーヌがリディアを訪れ、好き放題言ってから、約2ヶ月。

 伯爵家から公爵家へと息子と共に戻ったリディアの元に、デュークとセリーヌが現れた。


「何事です? 公爵家の前で見苦しい…」


 いつまでも騒がれては迷惑、とリディアが姿を見せ、門から少し離れた場所で立ち止まる。


「リディア!!」


「この嘘つき女!!」


 リディアの顔を見ると同時に、二人は更に門を叩き、憤怒の表情で怒鳴りまくる。


「平民の方達が、わたくしにそんな口をきいて良いとでも?」


 耳を押さえ、不快な表情を隠さず二人を見据えるリディアの冷たい目に、デューク達は一瞬息を呑む。


「なっ…お前のせいだろうが!!」


「おかしいでしょう?! 何でデュークが伯爵じゃなくなるのよ!!」


 すぐに我に返り、二人はリディアに怒鳴る。


「自業自得ですわね」


「はあ?!」


「どういう事?!」


 白けた目で二人を見たまま、リディアは続ける。


「元々あの伯爵位はわたくしの婚姻に合わせてお父様から譲られたものですよ? わたくしの離婚と共に息子のマーカムが伯爵となり、お父様が後見となりました。そして、貴方の貴族籍は剥奪されました」


「はぁ?! そんな事知らない!!」


 リディアの話す内容に、デュークはかぶりを振る。


「貴方が屋敷に戻って来ませんでしたから、近衛の宿舎にお送りした手紙でお知らせしましたよ? 『離婚の話し合いに来るように』と。それなのに貴方は来ず、連絡すら無かった。来ない場合はこちらの条件を承諾したものと見做す、とも記載しました。近衛隊の隊長様にもその日を休みにしてもらう様、ご連絡しましたし……それに、万一の時に備えて隊長様にも同じ内容の手紙を貴方に渡して頂くよう手配もしていましたが、それも読まなかったようですね」


「そっ…そんなっ、あの手紙が…?! それに、休暇や隊長の言葉はそういう意味だったと…?!」


 隊長から『きちんと屋敷に戻れよ』、の言葉と共に渡された手紙と、休暇の話。手紙が屋敷からと認めた時に、隊長まで巻き込んで何か言うつもりかとうんざりした記憶がデュークにはあった。


 最近は隊舎に戻らずセリーヌの元に帰っていた為、隊舎の手紙も見ておらず、隊長から渡された手紙も内容を確認しないまま捨てた。休暇も、単なる臨時休暇として遊んで過ごした。


 伯爵の仕事をしない事を責められるのなんかまっぴらだと、適性のある奴がやれば良いじゃないかと、自分勝手な理由でデュークは逃げていた。


「屋敷は?! あれはどういう事?!」


 顔を青くし言葉を無くすデュークを横に、セリーヌがリディアを睨みつける。


「マーカムはまだ幼い。それに、公爵家の跡取りとしての教育を早めに始めるので、公爵家へ戻ってきたのですよ。お父様がわたくしの婚姻に合わせて整えてくれたあの屋敷は暫く使用の予定が無いので、今は閉鎖しました」


「私達が住むって言ったでしょう?!」


 鼻息荒くセリーヌはリディアに食って掛かる。


「貴族でも大商人でも無い方が、あの屋敷を維持出来る訳が無いでしょう? 普通の給金では一月も持ちませんよ?」


「うそ…」


 心底不思議そうに首を傾げるリディアに、セリーヌは言葉を無くす。


「ああでも、わたくしが知っている貴方の給金よりも今は少なくなっているのでしたか?」


「そうだ! 何故俺が近衛から外されなければならない?!」


 リディアの言葉に確認しなければならない事をデュークは思い出す。


「ですから、貴方は貴族籍が無いのですよ? 近衛は貴族又は騎士爵がなければ配属されません。通常の騎士としての職はあるのです。まだ良かったのでは?」


「良い訳ないだろう!! それに俺は小隊副隊長だぞ?! 突然の人事に周りも迷惑している筈だ!」


「いいえ、問題ありませんわ」


「何?!」


「両家での離婚の話し合いの後、近衛隊隊長様にも確認致しました。一応役職付でしたので、混乱があってはいけないと。もし、貴方が真に近衛隊に必要なのであれば、騎士爵を準備し残れる様にするつもりでした」


「……は…? なら…」


「隊長様が少し時間が欲しいとおっしゃったので、待ちましたわ。しかし、結果は……もうお判りですね? 貴方の勤務態度にだいぶ問題があったという事ですわ」


「な……」


「書類の杜撰なチェックに、不真面目な勤務態度。屋敷に戻らず愛人の家に泊まり込み、博打にも手を出し、借金をする事もあるそうですね。隊舎に泊まらなければいけない程の忙しさなど殆どなく、終了時間だけはきっちりと守ってらっしゃったとか。貴方に聞いていた話と全く違ってわたくし驚きましたわ」


「違っ…」


「それに貴方は下位貴族や平民を見下していましたものね。貴族から落ちてきた人に優しくする人は居ないでしょうし、通常の騎士としては居心地が悪いのかしら?」


「……っ!」


 嘲りを含んだリディアの笑みに、デュークは顔を赤くするも言葉が出ない。


「でもどうして?! デュークは元々貴族じゃない! どうして貴族籍が無くなるの?!」


「わたくしとの離婚に際し、両家での話し合いが必要ですから御実家にも連絡を取りましたの。貴方を呼び出した離婚の話し合いの場に、義父母も同席されていたのですよ? 貴方が来ない事で、わたくし達への謝罪と、貴方との縁を切る事を宣言なさいました。もう我が家とは関係の無い者です、と。そちらからの連絡もなされている筈なのですが……貴方は御実家も知らない様な、何処に居を構えていらっしゃるの?」


「そんな……父上……」


 まるで自分が裏切られた被害者の様に、デュークは泣き出しそうな顔で門の柵を掴んだまま崩れ落ちる。


「当然ですわね。主家の娘婿となった時は大出世でしたでしょうが、今やそれを裏切った者ですもの。爵位はご長男に譲り、領地で隠居するそうです。ちなみに、現当主のお義兄様もだいぶお怒りでしたわ」


 被害者の様に打ちひしがれたデュークに、リディアはわざと『裏切り者』の言葉を入れる。皆を裏切ったのはお前だと。お前の行動が家族を裏切ったのだと。


「……こっ、これは、セリーヌが勝手に進めたんだ! 俺は離婚する気なんて無かった!!」


「デューク?!」


 リディアからの冷たい言葉に、デュークは青い顔を上げ、自分の意志では無かったと、自分も被害者だと訴える。

 デュークのまさかの裏切りに、セリーヌは驚愕の表情を浮かべる。


「離婚の書類に自らサインをしていながら、今更都合の良い事を…」


 リディアが溜息を吐くと、言葉を遮るようにデュークが自分の訴えを続ける。


「あれは……書類を持って来た文官に文句をつける訳にもいかなかったし……でも、俺が本当に愛しているのは君とマーカムだ!! 信じてくれ!!」


「ちょっと!!」


 柵の隙間から腕を伸ばし涙を流して訴えるデュークに、セリーヌが掴みかかる。


「何を言われても信じる訳が無いでしょう? 貴方の信用も信頼も地に落ちています」


 吐き捨てる様に言い、デュークを見下すリディアの目には何の温度も感じられない。


「俺の下らない嫉妬と劣等感が原因だ。もうそんな事は思わない、一生懸命家族を守るから! これからの俺を見てくれ! もう一度チャンスをくれ!!」


「デューク?! 何を言っているの?! 私と子供はどうする気?!」


「離せっ! お前の相手は俺だけじゃないだろう? そのお腹の子も俺の子かどうか怪しいもんだ」


「なっ…! 失礼な事言わないで!!」


「俺は知っているんだ。お前が元男爵令嬢という身分を売りに、娼婦紛いの事をしていたと! 俺の爵位が一番高かったから、俺を選んだって事をな!!」


「はっ、そう。あんたが少ししか金を寄こさないからじゃない! だから自分で稼いでたのよ! 伯爵の身分を鼻にかけて……貴族じゃないあんたなんか、ただの役立たずよ!」


「何だと?!」


「何よ!!」


「あの、公爵家の前でこれ以上の痴話喧嘩は止めて下さいます? 恥の上塗りをして楽しいですか? それにもう当家とは何の関わりもないお二人ですので、別の場所で好きなだけ罵り合って下さいな」


「リディア!」


「それにほら、お迎えが来ましたわ」


「え?」


 リディアの指し示す通り振り向けば、貴族街担当の衛兵が三名、二人の後ろに現れていた。

 その中で一番地位の高そうな者がリディアに対し、口を開く。


「門の前で騒ぎを起こしている者がいると、通報を受けて参りました」


「ありがとう。こちらの二人ですわ、連れて行って下さる?」


「畏まりました。……確保を」


「はっ!」


「リディア!! 俺はっ!」


「やだっ! 離してよ!!」


「わたくしの名を呼ぶのはもう許しませんわ。お会いする事ももうないでしょう。自分の身の丈に合った生活をなさいませ。……御機嫌よう」


「リディアっ!!!」



 バタン



 ───縋るデュークの声を遮る様に、公爵家の扉は閉じられた。






デュークとセリーヌは、離婚してもリディア達が公爵家に戻るだけで、自分達は伯爵夫婦として残れると思っていたお馬鹿さんでした。


デュークは衛兵に連行された事で、騎士としての資質を疑われる事に。同僚からひそひそ噂されたり嗤われたり…に耐えられず大喧嘩をして、騎士としての職も失う事になりました。

その後セリーヌのヒモ状態で、飲んでは喧嘩してを繰り返すデュークは捨てられ、その後は不明。セリーヌはうまく子連れ再婚を果たしましたが、姑からの厳しい嫁いびりにあっている様です。


リディアはマーカムが成人するまで自分が繋ぎになる事を決意。

父母の元、夫人の仕事の他、公爵家の仕事も精力的に覚えていっています。


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― 新着の感想 ―
[一言] デュークがおバカ過ぎて面白かったです(笑)
[良い点] 久しぶりの投稿、楽しんで読みました。 今回は中々難解ではありますが、とても面白いものでした。 これからも作品楽しみにしております!
[一言] この手の相続関係を理解できていないという前提が無いとお話が成り立ちませんから仕方ないですけど。 このようなお馬鹿の貴族の存在が不思議で仕方ありません^^; 余程本人が愚か者だったのか、…
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