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第四章 黄鬼と茶鬼(六)

夜巣の中まで黄鬼を追って来た進。そして黄鬼の正体が割れる。それは金助が化けたものだった。地面に倒れた進を前に、金助は魔物に村を襲わせた理由とこの世界の仕組みを語る…


 痛みが徐々に落ち着いてきた。オレは前にブチャノバから聞いた話を思い出しながら質問をした。

「魔物は…魔物は…生まれ変わらないのか」

 金助はここまで逃げきれたので気が緩んでいるのかもしれない。以前会ったときよりも饒舌であった。

 「そうだ。生まれ変われたのは以前の話だ。今はこの世界自体が消えようとしている。だから昔のルール自体ぼやけてきてあてはまらなくなってきているのさ。死んだらもう魂のままよ。そういうわけで、この世界の人口を減らすことができるようになったのさ…」

 「人口管理か…」

 「昔は魔物の間で、俺の役目を知っている者も大勢いたんだがな。みんな何度も生まれ変わっているから、すでに覚えている者もいないのだろう。奴らは争い事が好きだからな。第一、俺は魔物ではないし、人でもない」

 ところどころ分からない…いったい何を言っているんだ、こいつは。

 「もはや新しい世界を創るのに邪魔なのだよ、魔物どもは」

 「新しい世界?ここは…何なんだ…ゲームの世界だよな」

 「そうではない。この世界は「龍神の剣」というテレビゲームの世界から分離して創った世界だ。同じではない。また、お前が元いた世界とも関係はあるがそことも違う。ここは死んだ者の魂を集めた幻界げんかいよ。いわば、あの世とこの世のはざまだ」

 言っていることがよく分からない…どうも「現界」とは違うらしい。

 「……では、ここが死後の世界だと?だが、魔物達はオレのいた世界にはいないぞ」

 「あいつらは元々悔いを残して死んだ人間や動物達だ。若くして死んだり、事故で死んだりといった魂が多いのだ。まあつまり、あの世に行くにはまだ未練があるような魂達なのさ。だから連中はこの幻界にとどまり、活動するために魔物になったり、村の住人になったりするのだ。この世界では人間でいた頃と似た生活ができるからだ。特に、村人を選べば死んでも何度も同じ人間として生まれることができるしな」

 「…オレは死んだらどうなる?」

 「今は魔物だから当然魔物だ。好きな魔物を選べ」

 「何……何だと。元に戻してくれ。オレは人間に戻りたい」

 「………いいぞ。だが…」

 「…何だ」

 「俺の家来になれ。そうすれば人に戻してやろう。例の薬を使ってな」

 こいつ…ふざけやがって…。

 妙な怒りが込み上げてきた。そして言ってしまった

 「嫌だ、そんなのはごめんだ」

 「ほう。いいのか。それで」

 「何が神だ。お前のやってることは悪魔だ。そんな仕事の手伝いはやだ」

 金助は無表情にオレを見つめた。それから鼻を鳴らした。

 「人口管理の重要性がわからんか。じゃあまあせいぜい吠えてろよ。お前は反抗的だ。それにいろいろ喋り過ぎたようだ。お前はずっとここでいいだろ」

 「え…。何をする気だ?」

 「こうするのさ…」

 そう言って金助はオレの方に左手を開いて、オレの胸の上にかざした、そして意地悪そうにニヤリと笑った。

 オレの心に緊張が走り、何だか妙に不安になった。そしてずしりずしりと徐々に気持ちが沈んでくる。

 同時にオレの体が下がり始めた。

 …オレを夜巣の底へ沈める気だ!

 体が夜巣の下へ下へと落ちて行くのが分かる。金助との高さが開いていくからだ。

 「あ、やめろ、やめてくれ…」

 だが、オレの叫ぶも気分の前にかき消された。

もうだめだ、どうしたのだろう、異様に疲れた気がする…気分も重たくなり、抵抗する気が失せた。

 オレの体は闇の底へと落ちて行った。速度が増した気がした…金助はすでに見えなかった。

 どこまで続くんだろう…だが、闇ばかりでどのくらい落ちたのかが分からない。

 そして……。

 どすん!――また、したたかに体を地面に打った。二度あることは三度ある…本当に今日は厄日だ。いてえ……腰をやられた。

 何だかここは上よりも寒い。オレがたっぷり五分はうめいていると、遠くから何かがゆっくり近づいて来る気配がした。足音がせず、すうっと着物を引きずるような音がする。

 顔を横に向けると、そこには闇の中、暗い色の着物に身を包んだ人間がいた。手足がどこにあるのかも分からない。分かるのは大きな着物に身を包んでいることと、頭のある場所だけだ。

 ぞぞぞ……と皮膚が反応するのが分かった。

 これ、やばいぞ…。

 夜巣という場所は確かに暗いのだが、相手の姿は浮かび上がるように見えるという妙な世界である。そう言えば鳥目のバサーでも自由に飛び回っていた。なのにこの者ときたらまるで絵の具に溶け込んでいるかのように、よく見えないのだ。

 他の魔物とは何かが違う気がする…忌み嫌われる存在という気がする。この闇の者は体から冷たい負のオーラを漂わせているのだ。

 そう言えばさゆが言っていた…夜巣の底には沈んで戻ってこなかった奴がいるって。こいつはそれではないのか。

 そいつはじっと動かずにオレを観察しているようだった。

 重たい気分になって、話し掛けるのもためらわれた。話をすることでオレにあいつの重たい気が体に入って来る錯覚に襲われたからだ。

 だが、ずっとこのままでいるわけにもいくまい…。

 向こうは話しかける気はないようだし。他に気配も音もしない場所なので、オレが自分で動いて立てる物音が妙に気になる。

 オレは意を決した。

 「誰だ…」

 声がかすれているが仕方ない。

 だが、返事が返ってこない。それどころかその影はピクリとも動かない。少し目が慣れてきて、そいつがフードを被っていることは分かった。その奥の目からオレをじっと見ているのだろう。

 闇と沈黙が流れた。

 たっぷり三十秒はして、

 「どうしてここへ来た」

 という重く低い声が返って来た。男のようだ。しかも年を取っているようだ。

 「落とされたんだ……来たくて来たんじゃない」

 「ほう…誰に?」

 「金助という奴だ」

 「ああ。ああ。金助か……いたな。そのような奴が…」

 低い声がしみじみと闇の中に響いた。




 僕は勇者を進達に予定通り倒させた。今、テレビ画面の中央には GAME OVER の文字が出ている。

さて、一区切りついたな。今日は帰るか…。

 そう思ったのも束の間、気になって、もう一度セーブデータをダウンロードする。データは「試練の谷」でセーブした時のままだ。

 呪文「飛速」でもう一度ニノサト村へ飛んでみる。

 ニノサト村はまた元通りになっていた。魔物もおらず、村人も元のままだ。

 僕は画面を通して話しかけてみた。

 「魔物達はどうなりました。さっき襲撃があったでしょ?」

 と言ってみたが、

 「いったい何の話ですか」

 「襲撃?そんなのありませんよ」

 などという反応が返って来るばかりだった。

 村の端っこの民家に行ってみると、髪飾りを探しているはずの村娘がいなくなっていた。

 「あれ?」

 いったいどうなっているんだ…。

 その後、村中探してみたがどこにもいない。

 もしかして、まだあの夜巣にいるままではないのか…。

 だが、何で魔物がおらず、村人が普通に歩いているのだろう。まるでさっきの記憶が全部抜け落ちているかのようである。

 「変だな…」

 ふと思った。

 もしかして……村人は一度全員死んだのか…?

 さっき村人は死ぬとその直前の記憶を失って生き返ると言っていた。つまり、生き返れば襲撃のことを忘れた状態で生まれ変わるのではないか?そうなると、村娘はまだ死んでいない。おそらく夜巣で生きている…生き返っていないので、夜巣にいるまま。この村に戻っていない……そういうことではないか…。

 時間の流れ方がこの世界とは違うのだろう。すでに生き返った後の村に来ているのかもしれない。

 そして進達はどこへ行ったのだろう…。

 村の外を探してみるが、どこにもいなかった。たまに敵キャラと遭遇して戦闘になったが、僕の知らない魔物だった。

 僕はリセットを推して今度こそゲームを終了すると、帰り支度を始める。

 またここに明日来なければ…。

 明日になれば何か分かるだろう。進をこちらの世界に帰還させるにはまだ時間がかかりそうだ。




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