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第四章 黄鬼と茶鬼(ニ)

正弘たちがキャラクターを動かして村人から話を聞くと、この村では何度も魔物の襲撃を受けているという。襲撃前にそこにいた村の娘を何とか助けようとする正弘とさっちんだが…

 「あれ?あなたは急に裏声で独り言を言いますのね」

 これから起きることを知らない村娘の声がテレビのスピーカーから素朴に響く。水沢さんの嗚咽した。

 僕はその質問をスルーして

 「昔ここであったことはやはり何も覚えてないのですか」

 「昔のここで?」

 やはり分からないらしい。

 「ええと、とにかくここはまずいんですよ。これから魔物達がたくさんやって来ます。あなた、こんなところでウロウロしていたら狙われますよ」

 「でも、私はここから動くことができないんです。どこかに行けと言われても…」

 「ですよね…とにかく、敵が来たら僕が守ります。できるだけ安全な場所にいてください。もう時間があまりありません」

 真剣に言っていることが伝わったのだろう、村の娘の声が少し低くなる。

 「魔物が来るのですか…それは大変。ですが安全な場所と言われましても…」

 「その辺でいいです、とにかく少しでもできるだけ避けられそうな場所を探して逃げてください」

 それで安全が確保できるとは思えない、でももうそう言うしかない。

 水沢さんの体が横でビクッと震えたのが視界に入った。

 「あ!そうだ。正弘さん、「飛速」を使ってこの人をここから移動させちゃえばいいんじゃ…」

 「ああ、それで他の村へ行けば…じゃあやってみるか…」

 僕はテレビの中の女性へ向かって言った。

 「ここは危険ですので、あなたを避難させたい。あの…「飛速」って呪文知ってます?今からそれで空中を飛んで移動し、あなたを安全な場所に連れて行きます。僕の手をしっかり握ってください」

 「……わかりました」

 テレビ画面の村の女性が勇者「すすむ」の右横に並ぶのが見えた。

 「じゃあ、いいですか。唱えますよ」

 「はい、大丈夫です」

  僕は画面のカーソルを動かして「呪文」を選択し、画面に表示されたいくつかの呪文の中から「飛速」を選択する。そして移動先は「試練の谷」を選択した。

 「ヒュウウウウ!」

 と呪文の効果音が鳴る。

 画面から女性の声がした。

 「あ、体が浮きました……あ!……どうして!」

 画面は二頭身の勇者と村娘が並んでいる絵のままだが、何か異変が起きているらしい。

 「どうしましたか!」

 「きゃ!」

 そして「どすん!」「ガチャガチャ」という物音。そして画面がぐらっと揺れた。あとは静かになった。テレビ画面は勇者と村の娘が並んでいて、さっきと何も変わらず、何の異変も起きていないように見える。

 僕はまた声を掛ける。

 「大丈夫ですか」

 「…だ、大丈夫」

 「何があったか説明できますか。こちらからは見えないんで」

 「え…見えない?」

 「そこにいる勇者は私なんですが、私の操り人形みたいなものなんです。人形を操っている私は別の世界へいるんです。だから何が起きているのかこっちは分かりません。説明してもらえますか」

 「ええと……今、空中でぶつかって、その後すごい力で押し戻されました。そして地面に尻もちをついたところなんです」

 「私も…そこにいる勇者もですか?」

 「はい、あなたもです。倒れて今立ち上がったところです」

 どうやら呪文での移動はできなかったらしい。

 呪文の力よりこちらのプログラムの方が優先されるらしい。

 「水沢さんどうしよう。だめっぽいよ」

 「困りましたね…ああ、どうしよう」

 さすがの水沢さんもお手上げのようだ。

 だが、村の娘さんの言うことが何か引っ掛かる…

 「ん…待てよ。さっき空中でぶつかったって言いましたよね?何にぶつかったんですか」

 「それが…私にもよくわかりません。何もなかったんですよね……夜空だからちょっと暗くて分かりにくかったんですけど」

 「何もない…?」

 そして「あっ」という声がした。

 「どうしたんです?」

 「今、私たちがぶつかったあたりの空がどす黒くなっていっています!そこに何か黒い穴が広がってるみたい!」

 「空に穴?黒い?」

 何だそれは。聞いたcこともないぞ。

 「正弘さん。それってもしかして進が言っていた「夜巣」じゃないかしら?」

 「あの魔物達の休む場所?」

 「うん」

 「あ、黒いシミが広がっていましたが、それが今止まりました。やっぱり穴みたいですね」

 するとテレビのスピーカーから微かな喧騒が聞こえてきた。話したり歌ったり、何だか楽しそうな声がする…。

 「何か、声がしますね…穴から声が…」

 すると水沢さんが突拍子もない発言をした。

 「そうだ、この人を穴に避難させちゃいましょうよ」

 「穴に?それはやばいよ。だって、魔物がたくさんいるんだろ?」

 「大丈夫ですよ。だって喧嘩をしてはいけないという決まりがあるそうじゃないですか。争いごとは禁止されているとさゆりんさんが言っていましたよ」

 「いや…しかしな…」

 「危険なのは分かります。でもここで死ぬよりはいいかと思うんですよ。ほとぼりが冷めるまで穴に入っていてもらいましょうよ」

 「しかしどうやって入るんだ?」

 すると事情を察知したのか、テレビの中から声が。

 「大丈夫です、あの高さなら長いはしごで上がれますから。ちょっと待っていてください。あたし家の裏から梯子を持ってきます!」

 そんなところに襲撃が終わるまでいるなんて…大丈夫かな…。

 それから五分ほどして、ごん、ごんとはしごをどこかに立て掛けている音がする。

 「あ、今掛かりました。上がってみますね」

 「気を付けて」

 ギシ、ギシ…と音がする。古いはしごのようだ。

 しばらくして、

 「すごい…やっぱり穴だ。中が真っ暗です」

 「遠くに何か見えますか」

 「あ…魔物達が遠くに何匹か見えます。空中に浮いているみたい…踊ってますね。あと、食事をしてるみたい…グループを作って固まっていますね」

 水沢さんが口を開いた。

 「そこはたぶん「夜巣」というところです。魔物達が休憩する世界です。あなたは夜が明けるまでそこでおとなしく隠れていてください。でも魔物には見つからないようにして」

 「はい、しばらくは大丈夫そうです。魔物達は宴会に夢中でこちらに関心がないみたいですし」

 水沢さんが言った。

 「じゃあ早速、穴に入っちゃってください」

 「うーん……大丈夫かしら?ここ地面が見えないんですけど…」

 「大丈夫です。ないようでちゃんとあるんですよ」

 とまるで夜巣の経験があるかのように言う。

 僕は進の話を思い出して言った。

 「けどさ、夜巣の穴って一定時間経つと自動で閉まるんだろ。出るときはどうするの」

 「うん…」

 答えに窮したように黙り込む水沢さん。

 すると意外にも元気な声がテレビからして来た。

 「出る穴は何とか探してみます。私は大丈夫ですから」

 何とたくましい精神だ。いや、危険察知能力が低いだけなのかもしれないが。まあこういうときに楽天的なのはいいことだ。

 「その穴はしばらく経つと閉じてしまうかもしれません。ですが朝になると、あちこちでまた穴があちこちで開きます。あなたは魔物を隙をうかがって、穴から飛び出てください」

 と水沢さんがアドバイス。

 進やさゆりんの話では朝になると夜巣では入口があちこちに開き、それがしばらくそのままになるらしいので、確かに脱出できないこともないだろう。可能性に賭けてほしいものだ。

 「ありがとう。勇者さん。ここまでやってくれたんですもの。あとは何とかしますよ」

 そういうと画面の中の村娘の姿が突然消えてしまった。

 「あ。消えた…」

 「穴に入ったのかもしれませんね」

 と水沢さん。

 「入れました…ほんとに地面がありました!」

 と声だけがする。

 そして、

 「あ、穴が…閉まり始めています…」

 後は無事を祈るしかない。僕は言った。

 「頑張ってくださいね。くれぐれも目立たないようにして」

 水沢さんも

 「魔物は匂いに敏感です。風下に行くといいですよ、気を付けてね。慎重に行動すれば必ず戻って来れますよ」

 村娘の声がした。

 「ありがとう。また会いましょう」

 そして声が聞こえなくなった。

 「どうも穴が消えたみたいだね」

 「そうみたいですね。じゃ…あたしもそろそろ帰りますね。正弘さん今日はありがとうございました」

 「あ、その方がいいよ。もう外は暗いし、家の人も心配するからね。ゲームはこっちでやっておくから心配いらない」

 これでもうイレギュラーなことが起きないと思うと、僕はちょっと安心する。

 「また明日来ますけどね」

 そう言って水沢さんが立ち上がる。

 「あ、うん」

 明日、牛頭の進をうっかり倒しちゃったんだ~なんて言ったらどんな反応が返って来るんだろうかなどと妙な考えが浮かんだので慌てて打ち消す。

 「ん?どうしたんですか、頭を振っちゃって」

 「あ。いや…何でもないんだ。ちょっと疲れてしまってね」

 「休みながらやってくださいね。じゃああたしはこれで帰りまーす」

 「じゃあね」

 「ではー」

 そして、扉を開けると、トントン音を立てて階段を下りて行ってしまった。ちょっとうるさいなと思っていたが、帰ってしまうと寂しいものだ…。


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