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第四章 黄鬼と茶鬼(一)

ニノサト村への侵攻を開始した魔族軍。先鋒はさゆりんと牛頭の進である。そして村の近くに到着。一方、正弘とさっちんは二次元キャラクターを動かしてニノサト村の村長や村人達から過去に何度も襲撃があったということを聞かされる



「ニノサト村だぞ。松明はここに置け、それ以外の火は消せ」

 後ろから黄鬼と赤鬼がやって来て、そう触れ回った。赤鬼は縄で太鼓を体の前で結んでいる。

 魔物達が持っている松明を地面に突き刺してその場に置き、すぐに消せる行灯や提灯、ろうそくの火などは吹き消し始める。

 オレは近くまで来た黄鬼に訊いてみた。

 「おい。松明はこのままか」

 「ああ。退却のときに使うまではな」

 確か村に火をつけると言っていたので、そのときに使用するのだろう。

 「スズブー。先鋒を任せたぞ」

 「ああ」

 あとは正弘の顔をした勇者「すすむ」と剣を交えて倒せばいいだけだ。名前こそすすむだが、顔も本体もすでに違うので、魔族には以前のオレと同一キャラだとは分かるまい。

 黄鬼が後ろを振り返って大きな声で命令を下した。

 「では、火を消した者、この牛頭とやまんばの後に続いてニノサトを襲撃せよ!」

 「おう」

 「おう」

 みんながオレ達の後ろに集まり、心得たかのように何となく並び始める。

 村人との戦いが迫っていた。


 

 僕が「勇者すすむ」を通して村人達と話した後、ニノサト村の住人達はそれぞれの持ち場へと戻って行った。村長も屋敷へ帰った。それがこのゲームの制作者が決めた村人の配置なのだろう。そこに行かずにはいられない状態になり、体が勝手に動いて行くのだそうだ。

 僕は勇者すすむを動かして、北西の方角にある家へと向かう。最初の魔物達はその辺りからやって来るらしいのだ。

ニノサト村の人間にはコントローラーを持つ僕と水沢さんは見えなかった。じゃあ、魔物にも見えないだろう、と僕は踏んだ。つまり、進とパーティ・メンバーにだけ見えるようなのだ

北西にある家の周りまで行くと、あてどなく一人の村娘がぐるぐると歩き回っているのが見えた。

「ああ。どうしましょう。大切な髪飾りを落としてしまったわ!あの人からもらった大切な髪飾りを!」

 途中立ち止まってはわざとらしくそんなことを言っている。

 「ああ、この人か…」

 僕はしみじみと同情の独り言をつぶやく。

 すると隣の水沢さんが叫び出した。

 「この人が何度も死ぬことを繰り返しているという…マジかわいそう!かわいそ過ぎ!」

 見ると、白いハンカチを両手で握って目を潤ませている。

 「ああ…そうだね」

 何だか嫌な予感がしたので、牽制しておくことにした。

 「ま、けどさ、あくまでこれはゲームの世界の人の話で、この登場人物たちには本当に意識があるのか――」

 「――何言ってるんですか!あるに決まっってるでしょ!何を今さら!」

 「あ。やっぱりそう思う?」

 「それはそうですよ!進も向こうでちゃんとで生きていて喜怒哀楽を出してるわけだし、この人だってきっと普通に意識があって感情だってありますよ!」

 「ですよねーですよねー…」

 まあそうだろうな…。

 「正弘さん…」

 何か嫌な予感がした。

 「ん…何…」

 僕は正面を見たまま答える。

 「この人を助けられませんか!」

 来たー…絶対言うと思った、それ!

 しばらく無言の僕。

 今すぐに助けられるわけないだろ。村人たちは今まで何度も同じ目にあっているんだぞ。ゲームの筋書き通り動くように設定されてるんだよ…。

 「まあまた戻ってくるからさ。この村には…」

 さっきそう村長達と約束をした。そのときにきっと救済措置を考えようと思う。今は目の前のこと、つまり進の牛頭とバトルしてうまく倒されるというミッションを達成しなくてはならぬ!

 「ダメですよ!この人また魔物に殺されなきゃならないんですよ!」

 「う…」

 「目の前で危機が起きるのが分かっているというのに、何もしないなんて。いったい正弘さんは何を考え――」

 「――わかったよ!わかった!何とかしよう」

 「ありがとうございます!」

 その後、長い沈黙。

 そして水沢さんが口を開く。

 「どうするんですか。具体的には」

 「いや…まず進と戦って…彼女をかばいながらね、戦って…そして…」

 「そして、どうするんです」

 「進に託す…彼女を、身柄を」

 「……進に?」

 「僕は今回はいずれ進に倒される。計画ではそうだから。だが進は違う。ぼくを倒した後も向こうの世界にいる。進ならこのコを守ってくれるさ!」 

 何の返答もないのが、かえって不気味だった。強調することにした。

 「進はすでに魔族と友達だ。何とかしてくれるさ!」

 「そうでしょうか」

 という疑問形が来た。

 「そうだって…そうだよ!」

 僕は自分に言い聞かせるように言った。

 何の返事もない。

 突然別の高い声が響いた。

 「どうかされたのですか」

 村の娘だろう。僕たちの会話を聞きつけて近づいてきたようだ。

 水沢さんが大きな声で

 「こんばんは。娘さん!髪飾りを探しているんですか」

 と当たり前のことを訊く。話のとっかかりを得ようと必死だ。

 「はい。そうなんですが…」

 「どうかしたんですか」

 「もうここは何度も探したので他の所を探したいんですが、移動できないんですよね…何か…」

 「ああ…!」

 水沢さんがそう言って、ハンカチで目頭を押さえた。

 何と…筋書き通りの設定でつくられているキャラというのは不自由なものだ。

 「そうでしょうね…」

 と設定に思いを馳せてつぶやく僕。

 「正弘さん、「そうでしょうね」じゃないでしょう!ダメですよ!そういう言い方は」

 「あ、はい。すいません…」

 何かもううざいわ…。それにすぐに解決できる感じはしない。問題は一個ずつ解決した方がいいと思うんだが…まずは進との戦いを無事に終える必要があるのに。

 「でもあたし、別に髪飾りもう探したくないんですよね。何か根性というか、踏ん切りが悪い気がしていまだに見つけようとしてしまうんですよ。実はどうでもいいんですよ。デザインも気に入ったものではないし」

 「ああ…!」

 なぜかまた水沢さんが感極まって絶句する。

 「水沢さん大丈夫か?」

 「私は大丈夫です、それよりこの人を、この人を…」

 と言って、さめざめと泣いた。

 何かこの村の娘の言うことと水沢さんの涙の間に間抜けな隙間風が吹いている感じがすごくするんだが、水沢さんはそういう間というものを感じ取れないのだろうか…。

「ああ。もうわかったよ。何とかしますよ、何とか」

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