第一章 神社の出会い(四)
近所の宗兄が行方不明になって、数年が過ぎた。オレは何か手掛かりがないかと、久しぶりに宗兄の部屋に入る
オレはお菓子が運ばれてくるまでの間、宗兄ちゃんの部屋を物色することにした。何か手がかりがあるかもしれない。あの事件以来、何度も部屋には行っているが、最近は入っていなかった。
軽い足取りで木の階段を上り、扉を開けると、白いカーペットが敷かれた見覚えのある懐かしい部屋が現われた。
部屋の右の奥にベッドがあり、真ん中に木製のちゃぶ台、扉から見てすぐ左にはこげ茶の勉強机と本棚が置かれていた。昔より小さいような気がしたが、それは自分が以前より大きくなったからだろうか。
左奥に木目の浮いた木の台があり、その上に大きい画面のテレビが置かれていた。そのテレビから伸びた二本のコードが接続されたままの「ゲームステーション」がテレビの横に置かれていた。昔兄ちゃんとよく一緒に遊んだし、兄ちゃんがいなくなったあともこの部屋でよく遊んだゲーム機だ。当時は人気で、誰もが持っていたゲーム機だが、今では古い機種になっており、中古屋でソフトを手に入れるのも一苦労になっている。
オレはそのテレビ台の横の棚に視線を移した。そこにはこのゲームステーションのゲームソフトのケースがずらりとひしめいていた。オレは近くに寄って、眺める。ゲームの思い出がよみがえってきた。丸っこい飛行機を操って進むシューティングゲーム「はちぶん」、敵の陣地に船に乗って単独で潜入し、撃破していく「進撃ゴンドラ」、学園一の将棋名人を目指すストーリーが展開される「将輝学園」……懐かしいゲームだ。一通り見たあと、ゲーム機に視線を戻す。ゲーム機の前に正方形の半透明の青いカードが差し込まれたままであることに気づいた。これはメモリーカードで、ゲームのセーブデータを保存するアイテムだ。昔オレが遊んでそのままになっているのだろう。
――また何かやってみたいな…――
オレは本体の右下のあるボタンを押す。ガチャッと音がして、本体のふたが開いた。中は空だった。
おっとっと。我にかえる。ここには調べに来たのだ。オレはすぐ横の壁の窓に視線を移した。
大きい窓だ。龍がどのくらいの大きさかわからないが、人が宗兄ちゃんを抱えて出るには十分な大きさではある。
次にテレビや棚、壁をよく見た。何かひっかいた傷でもないだろうか…特に見当たらない。まあ、あれば警察が調べているだろう。
再びゲームソフトのタイトルが並んでいる棚を見た。どうしてもここに目がいってしまうのだ。ゲーム好きの性だ。困ったものだ。何か面白そうなゲームはないだろうか……。
大きな白い字で「龍神の剣」と印刷されている題名が視界に入った。
――え。龍神?――
聞いたことないゲームだった。こんなゲームあったか?そういえば見たことあるような気もするし、ないような気も…・
オレは人差し指を使ってケースを取り出してみる。
闇の中、目の赤い龍と蛇が向き合っている絵があり、その下では古代人が着ていそうなシンプルな麻のような服を着て、頬に傷のあるワイルドな男が、装飾の入った剣を持っている。縄文土器にあるような幾何学模様のデザインだった。古代和風テイストのゲームのようだ。
興味を惹かれてケースを開け、中の縦に長い説明書を取り出して読んでみた。
……どうやらロールプレイングゲームのようであった。龍を祀る一族と蛇を祀る一族が争う世界で、主人公は龍神一族出身の村人である。蛇神一族との戦いを勝利に導くために必要な「竜神の剣」を手に入れるために旅に出るというストーリーだった…。
「進ちゃーん、おやつできたよー」
階下でおばさんの呼ぶ声がしたので、オレは説明書を持ったまま部屋を出て階段を下りる。
一階のテーブルには緑茶と円柱形のようかんが白い皿の上にのっていた。
「…それ。宗明の部屋にあったゲームの?」
「うん。説明書。ちょっとゲーム機借りていい?」
「あら。持って行かずにうちでやりなさいよ。いつでも来ていいから」
確かに普通に遊ぶのならそれでいいかもしれない。だがちょっと調べてみたいのだ。
「いや、自分の部屋で集中してやってみたいゲームなんだ。頼むよ」
「うん、いいけど…」
やはりおばさんはさみしいのかもしれない。
「ありがとう」
「でも、何か不思議ね」
「何が?」
「それ、宗明が最後にやっていたゲームなのよ」
「え…これが?」
そういえば昔見たことがあったかもしれない。このゲームのディスクを本体から取り出して、他のゲームをセットしたことがあるといった程度の記憶だが。
「警察がそのゲームのことも少し調べていたけどね」
「そうなんだ…」
そして、オレは昔おばさんから聞いた話を思い出した。
「そういえば宗兄ちゃんがいなくなったとき、テレビは点けっぱなしだったんでしょ」
「うん。そのゲームの画面が映った状態だったんだよ」
「じゃあ、これやってる途中でいなくなったってこと?」
「うん。そうよ」
ということは、おそらくセーブしていない状態だったのではないか。
ささやくような小さな胸騒ぎがする。何かおかしい。
やはり家出ではない。家出するなら電源も消すだろうし…。
――さらわれたんじゃないか――桑田の言った言葉がよみがえった。
知らなかった――テレビが点いた状態でいなくなったとは聞いていたが、このゲームの画面だったとは。
このゲームは兄ちゃんがいなくなる直前にやっていたゲーム……心の奥で異様な不安と、脈打つ微かな好奇心…。
「そういえばおばさん、部屋でこうもりみたいな鳥を見たんでしょ」
「見たわよ。首がなかったと思う…すぐに窓から出て行っちゃったはっきりとは分からないけど」
「そうなんだ。他に何か覚えてる?」
するとおばさんはためらったような沈黙の後、言った。
「それが……実は体に顔みたいなのがあったと思うのよ、大きい口があったのは、はっきり覚えてる。すぐ出て行ったから、どんな顔か詳しくは分からないんだけど。羽がこうもりみたいで、色は黒かったのは確かね」
やっぱり顔があるのか。
「ほかに何か特徴はない?」
「え。うーん…」
「鳴き声は?」
「ちょっとだけ」
「どんな?」
「カラスみたいな感じかしら。カラスよりもっと太くて濁っていたような…」
「爪はあった?」
「あったと思う。大きいのが」
やはり桑田や薫の弟が見たのと同じだろう。
しかし、部屋にいたということはやはりその鳥が宗兄ちゃんをどこかへ連れ去ったわけではないということだ。
その後、オレは話を切り替えて、おばさんと今日学校であったことなどの世間話をしてお茶とようかんと食べ終わると、ゲーム機と「龍神の剣」を借りて自宅に帰った。
二階の殺風景な自室に入り、制服を脱いでTシャツに着替えると、ベッドの上に横になった。この部屋にあるものといえば、隅に置かれたテレビ、机と椅子、本棚、ベッドぐらいしかない。オレは早速「龍神の剣」の説明書を開いた。続きが妙に気になっていた。
蛇神族と龍神族はもともと一つの一族だったらしい。だが、ある日争いが起きて二つに分裂し、それぞれの傘下に村を従えるようになったという。つまり、世界は龍神氏の治める村々と蛇神氏の治める村々に別れたというわけだ。その後、戦争になった。龍神一族の村は蛇神一族の兵士に攻撃されるようになり、主人公は龍神族を勝たせるため、旅に出ることになったというわけだ。
このゲームに出てくる蛇神族の人間、動物は蛇神の下の眷族であり、すなわち敵である。それを倒すことで経験値がもらえ、主人公のレベルが上がる。それで力が上がったり、魔法が使えるようになったりするというわけだ。そしてこのゲームは戦闘中に敵に話しかけて味方にすることができた。オレは敵を味方につけることができるロールプレイングゲームはまだやったことがなかった。
「龍神か…」
そういえば、あの神社の名前も
――龍神神社だ――
説明書の絵を見ているうちに思い出したが、そう言えば、宗兄ちゃんが失踪する前に一度、あの神社に遊びに行ったことがある。あの日宗兄ちゃんは上機嫌で、ちょっとふざけていた気がする。たしか…神社に上がって参拝した思い出がある。
龍神神社はその名の通り、龍神を祀っている神社でもある。奥の本尊とは別だが、その右横にはいかめしい木彫りの龍神の像があり、左横には大蛇の木彫りがあった。龍も蛇も長い生き物なので、区別なく祭られているのかもしれない。小学生の頃は違和感なくそう思っていた。
それにしても宗兄ちゃんは失踪する前にこのゲームをどこまで進めたのだろうか。パラパラ説明書をめくっていると、最後のページがメモ欄になっており、何か手書きの言葉が書かれていた。
【例のほこら。試練の谷でうろこをとる】
【剣アイテム足りず。辰重に聞く】
【果ての洞窟 3階にある】
何のことかよくわからない。走り書きで、ハネが大きくて、のびのびした見覚えのある字だった。宗兄ちゃんのものだろう。剣とは…このタイトルの「龍神の剣」だろうか。ということは、ゲーム終盤ぐらいまで行っていた可能性が高い。「龍神の剣」は龍神一族側を勝たせる重要なアイテムらしいので、物語の後半にならないと手に入らないアイテムと思われるからだ。
龍や怪鳥を見たという目撃証言、龍神神社と言う名前とこのゲームの名前、そして部屋の中の怪鳥と窓が開いていたこと…どうも何か気になる。
このゲームの内容が関係しているのかもしれない。そう思えて仕方ないのである。
オレもこのゲームをやってみたくなった。何か宗兄ちゃんのことだってわかるかもしれない。
受験勉強は夏からでいい。今は思いっきり遊ぶことが重要だ。その時期までいい暇つぶしができそうだった。
事件解決の糸口と楽しみが見つかったことで、顔が自然とほころぶのを感じた。その日は説明書をすみずみまで読んだ。ゲームも始めたかったが、すでに遅い時間になっていたので明日にすることにした。