第一章 神社の出会い(三)
翌朝、学校へ着くと、すでにさっちんと薫が来ていて、俺の机の近くでおしゃべりをしていた。この二人の女子とは幼いの頃から同じ学校だった。幸か不幸か、特にさっちんとは幼稚園から今の高校までずっとで、同じクラスになったことは今回を入れて三回だ。
さっちんがオレが机に座るのを見つけて、
「あ、進。昨日の「動物わくわく塾」見たー?」
と話しかけてきた。
「見てなーい。めんどくせー」
「何だよ~。見ろよ~」
と口をとがらせるさっちん。
「忙しかったんだよ。いろいろあってな」
「髪もぼさぼさだし、ちゃんと、とかしなさいよね。襟も曲がっててだらしない。それと、あんたちょっとだけ染めたら?似合うと思うよ」
「染めんわ。するわけないし」、
すると薫が
「昨日何してたの?」
と聞いてきたので、
「ああ、インターネットだ」
と誠実に答えた。
さっちんが「あ。知らないの?それを暇って言うんだよ」と言う。
ここでさっちんについてオレが解説しよう。
さっちん――水沢幸子は学校の成績は凡庸そのもので、性格は優しさのかけらもないが、男からは人気がある。だが、俺に対してはこのようにぞんざいな口調を出してくる二枚舌だ。みんなこいつの「いい子ぶりっこ」に騙されているわけだ。俺は幼稚園からさっちんと一緒だった。だからこいつの正体はすでに知っている。ほれてしまう被害者が出る前に、クラス中にこいつの正体を触れて回らねばならないだろうと思っているのだが面倒なのでいまだにそれはしていない。さて、興味がないのでさっちんの外見上の特徴をここで詳しく記すことは省く。中肉中背、髪の長さはミディアム。外見も凡庸そのもの。中身はぶりっこ。以上。
「ネットで何見てたの?」
さっちんが聞いてくる。わずらわしい。
「龍だよ……あ、そうだ。お前、龍神神社のうわさ知ってる?」
「ああ、心霊スポット扱いされてるやつ?」
心霊スポット…少し違う気がしたがまあいい。しかし知っているのが意外だった。
「なぜ知ってる?」
「うん?地元だから?」
戸惑ったようにさっちんが言う。ちなみにさっちんも薫も宗兄ちゃんが消えた事件のことは知っている。オレと宗兄ちゃんの家が近所で知り合いであることも。
「いや、地元だけど知らなかったんだけど!」
「あんたが普段からそういうのに関心ないだけでしょ」
とあきれたように言うさっちん。
「まあ…それはそうだけどさ」
そう言いながら、薫の方を見ると、薫は身を乗り出して聞いている。
オレはさっちんに聞く。
「お前、見たことある?」
「あるわけないでしょ」
とさっちんはにべもない。
すると薫が
「それなら、あたしの弟が見たことあるよ。神社の近くの家の屋根の上を胴体に顔のあるこうもりが飛んでたって。そのあとすごい勢いで急降下してきて髪をつかまれたって言ってた」
と意外なことを言い出した。ちなみに佐藤薫はクラスの秀才で、物静かなタイプだ。黒い縁の眼鏡をかけていて、髪を後ろに束ねていて浅黒い肌をしている。昔は軟式テニス部に所属していたが、今は帰宅部だ。
「マジ?」
「え?それ本当なの。すごくない?」
とオレの後からかぶせるように言うさっちん。何が「すごくない?」んだ。さっきと違うじゃねーか。まあいい。
そこへ桑田が教室へ入って来た。
「お、桑田」
オレと目が合う。
「崎山。おはよう」
「おっはー!」
そう叫んで、オレは桑田を手招きした。
「何?あんた桑田君と仲いいの?」
「ああ、古代からの親友だ」
さっちんの問いにテキトーに答えるオレ。
桑田は自分の席にカバンを置くとこちらへやって来た。
「そう。彼とは縄文からの付き合いなんですよ。よろしく。水沢さん」
声が聞こえていたのだろう、そう言ってオレに合わせる桑田。こいつもテキトーだ。
オレはさっそく薫とさっちんに向かって言う。桑田はいい奴なので早くクラスに溶け込ませてやりたいという思いもあった。
「桑田もそのこうもりみたいな鳥を見たんだそうだ」
「桑田君、本当なの?」
と前のめりになる薫。
「あ、あれか。見たよ。何?もしかして佐藤さんも見たの?」
「いや、あたしは見てないんだけど、弟がね」
「ほう。詳しく聞かせてほしいね」
それから二人はしばらく神社のことで夢中になって話していた。
どうやら薫の弟と桑田が見たのは同じ怪鳥のようだ。薫の弟は鳴き声も聞いていたそうでカラスみたいな声で「ガァーガァー」と鳴くらしい。薫の弟は大きくて長い爪の生えた足で髪をつかまれて必死に抵抗したんだそうだ。怪鳥の力は強く、弟の話では自分の体が少し宙に浮いたらしい。
何だかやばそうなやつだ。
そこへ教室の前の扉を開けて担任の幸島先生が出席簿を抱えて入ってきた。
「はい、座ってー」
みんなが席に着いていく。さっちんも桑田も薫も席に帰って行った。
放課後は桑田と一緒に帰った。オレも帰宅部だが、桑田も同じだ。
今日あったクラスの出来事や授業のことを少し話した後、自然、関心は「神社の怪」に向いた。桑田が口を開く。
「ところで薫さんの話、どう思う?」
「薫の弟の話か……まあ信じないわけじゃないけど、まるで怪物だよな。体が浮いたって…まあ子供の体は軽いからな、けどそれにしてもな」
「ああ、すごい力だよ。この世の物じゃない」
桑田の言い方が少し引っかかったので、聞いてみる。
「うん。いったい何だろうな?」
「たぶんだけど、この世界とは別の場所から来てるんだろう」
「別の場所?」
「ああ、何というかな、異次元というかな」
おいおい、何を言っているんだ。それはファンタジーの話か?
「おそらく宗明さんという人もそこに行ったと思う」
「まさか!」
「だって考えてもみろよ。胴体に顔があって、笑うんだぞ。そして、人の体をつかんで宙に浮かせるぐらいの力を持っているわけだ…つまり…」
「つまり?」
オレは桑田を見た。
「宗明さんはさらわれたと考えられないか?」
「その黒い鳥みたいな動物にか?」
「いや、そうは言ってない。もっと力の強い動物かもしれない。たとえば龍…」
「龍?」
「事件当時、窓は開いていたんだろ?」
「ああ、らしいな」
「そこから出て行って、宗明さんはどこかにさらわれたんじゃないか」
「いや、それは…」
「ああ、普通ならありえないよな、けどこうも目撃例があると、結びつけて考えてもいいんじゃな いか」
「じゃあ、何で、さらわれたんだ?」
「うーん、わからんな。食べるためかもしれないし」
「おいおい、…」
そういうことなら宗兄ちゃんはもうこの世にはいないことになる。そんなことは信じたくなかった。オレは今でも宗明兄ちゃんがひょっこり帰って来る可能性があるとどこか信じていた。ただ、桑田の言うことに同意はしなかったが、本当は、それはありえると思っていた。だいたい、失踪した理由が不明である。何か書き置きでも残してから行くんじゃないかと思う。特に不満も悩みもなかったようだ。だから不可解なのである。家出とは考えられないし、誘拐事件だったら何かしら手がかりが出てもおかしくない。
その後、桑田とコンビニに寄って、ジュースを飲んで別れた後、オレは早足で自宅の方へ向かった。怪鳥のことを詳しく聞くためと、桑田の話を聞いて、ちょっと調べたいことができたからだ。宗兄の家に着くと、おばさんが出てきた。
「今日は兄ちゃんの部屋見てもいい?」
「いいけど。どうしたの?」
「うん。久しぶりだからさ」
「今からお菓子用意するわね」