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第三章 崎山進の捜索(一)

進は龍神の剣の世界で、行方不明になった宗明の捜索を続けることにした。パーティの仲間とも合流し、修行の約束も取りつけた。さて、その頃 現実の世界では…



 この世界は本当は目に見えるままの物質が存在する世界ではなく、何者かに用意された世界だという。だから、どこかにバグが生じるのだそうだ。空を飛ぶ鳥が急に前へ進まなくなったり、人や動物が急に停止して、また動き出す。そういった現象はこの世界がゲームのような世界であることを示す証左なのだそうだ。古来より世界中で人が神隠しにあう事件があるが、そういった現象もどこかにバグが生じて、別の世界へ行ってしまった可能性はないのだろうか。

 実際、僕は手の中に握った覚えがないキーホルダーが握られていたことがあるし、ボランティアで災害地域を歩いていたら霧の中から昭和初期のような街並みが出現して、そこを進むとまた霧が出てきて、霧が晴れると町が元に戻っていたことがある。振り向いてもう一度後ろに戻って調べ直したが、昭和初期の街はすでになかった。

 うちにすすむの母親の陽子ようこさんから電話が来たのは四月のある晴れた日だった。

 進とは僕の従弟の名前だ。今は高校三年生だ。

 進が急にいなくなったらしい。うちに来ていないかという確認の電話だった。

 その後、陽子さんは警察に電話をして、事情を話したらしい。

 そういえば以前も進の街で誰かが行方不明になった事件があったらしい。

 おかしなことが二度もあるなんて不思議な街だなと思う。何か変だ。そして進のことが心配だった。でも同時に大したことないだろうと、どこかたかをくくっていた。誘拐なんてそうそうあるものじゃないし、だいたい進が急に家出するはずもない。そのうち帰って来るんじゃないだろうか。

 今日は大学の授業が早く終わったので帰りに進の家へ寄ってみることにした。進の家は僕の通う大学から近い場所にある。

 インターフォンのベルを押すと、すぐに陽子叔母さんが出た。

 僕が名乗ると、

 「あら。正君まさくん

 陽子さんはいつもとそんなに変わらない調子でそう言った。陽子さんはどこかのん気なところがある。進もそうなので、これは遺伝だろうか。なら、この傾向は僕にもあるのかもしれない。

今、インターフォンで「正君」と呼ばれたが、それは僕の名前が島田正弘しまだまさひろというからだ。さっきも言ったが、この家の近くの大学に通う経済学部の三年生だ。一、二年生の頃に単位をたくさん取ってしまったので三年になった今はわりと暇だった。就活をして忙しい人もいたが、自分はそれをやっていない。大学院に行くつもりでいるから。

 玄関に通されて、僕が

 「叔母さん、進は大丈夫かなー」

 と訊ねると、

 「まあ、たぶんそのうち帰ってくるとは思うんだけど…ほんと心配よー」

とあまり心配じゃなそうに言った。進が姿を消したことに気がついたのは朝だったらしい。いつまでも起きてこないので、起こしに行ったら部屋にいなかったそうだ。

制服がなかったので、てっきり学校に行ったのかと思ったが、そうではなかった。二日たっても戻らないので、どこか友達のうちにでも無断で泊まりに行ったのだろうと思っていたらしかった。だが、電話もないし、一向に帰ってくる気配もない。三日目に警察へ連絡した。

 警察も、まだ事件と決まったわけではないし、そのうちひょっこり帰ってくるケースがほとんどなので心配ないなどと言っていたらしい。事件として捜索をするにはもう少し日数が経たないとだめだし、そうでないのなら誘拐した犯人からの電話でもないと事件にするのは無理だそうだ。

 ちなみに、進は親に無断で何かするということはあまりないと思う。

 それに過去にこの近くであった失踪事件のことも気になっていた。陽子さんにそのことを聞いてみたが、それとは関係ないと思っているようだった。まあそうかもしれない。失踪事件などそうそうあるものではないだろう。

 進の部屋はテレビが点けっぱなしの状態で、ゲーム画面のままだったそうだ。

 すでに進がいなくなってから一週間が経過していた。

 「叔母さん…ちょっと進の部屋見てもいい?」

 「いいよ。じゃあプリン用意しとくね」

 「ありがとうございまーす。じゃ、お邪魔しまーす」

 靴を脱いで、木の階段を上がり、進の部屋に入る。畳五畳半ぐらいの狭い部屋だが、真ん中にテレビとゲームが置かれてあり、他に何も置かれていないせいか広く感じられた。あいつはこんな部屋で青春を謳歌してるのだろうか。ずいぶんの殺風景な部屋だ。映画俳優やアイドルのポスターやらアニメキャラやらプラモ、フィギュアの類も特になく、スポーツ系の雑誌やボール類もなく、楽器もないし、本も少なめだ。あいつは毎日この退屈な部屋で何をやっているのだろう。日々ゲーム?しかしそのわりにソフトが充実していない。というか、全く見当たらない。床に「龍神の剣」と書かれたケースとゲーム機の本体が置いてあるだけだ。このゲーム機も一昔前のもので、今更これを熱心にやる者もあまりいないだろう。

 ――暇だろうな、きっと――そう思った。そりゃ旅に出たいと思ってもおかしくはない。ただ、誰にも言わずにいきなりふらっと出かけるような行動力はやや異常かもしれないが。

 僕は床にあぐらをかいて座り、「龍神の剣」のケースを手に取った。ケースの絵の色が少し薄くなっている。箱の中を開けて説明書を取り出す。

 説明書も古びていて、うっすら黄ばんでいた。真ん中に邪馬台国の時代にいそうな人の絵が描かれている。剣を持っていた。もっともそれは僕の間違った想像で、どこか別の国の戦士なのかもしれないが。

 進は最近までこのゲームをやっていたのだろう。他に辺りを見回して物色してみたが、物自体が少ない部屋なので、特にこれといって手掛かりになりそうなものはなさそうだった。

 棚の上に小さいメモ帳があった。

 これはあいつのか…。

 何か手掛かりになる情報はないかと手にとって中をめくる。

 ざっと見て…どうもゲームの内容が書いてあるらしかった。物語を進めていくうえで、話を整理するために記録していたのだろう。熱心な奴だ…。

 最後のページには「ついに龍神のうろこをゲット!龍の鼻先までのぼってみた」などと書かれていた。

 ………はっきり言って、とても家出なんかするとは思えない。ゲームを楽しんでいたみたいじゃないか。家出の理由が分からない。やはりただ旅か何かに出ていて、そのうちひょっこり帰ってくるのだろうか。それとも、もしかして何か事件にでも巻き込まれたのか……後者の可能性の方が高いように思えた。

 何だかそんな気がしてきた……だいたいテレビも点けっぱなしで遠くになぞ行かないだろう。

 もう一度前の方をめくってみる。今度はじっくり目を通す。

 

 

 【ゲームが楽しいので、毎日が充実してる。今日は黒蛇のボスを倒した】

 【意外な展開が判明!何と、主人公が敵側の人間だった】

 【赤大蛇を倒す。いよいよ主人公の秘密へ近づいた!】

 

 

 と、やや興奮気味に乱れた字で文章が書かれていた。

 ――あいつ、ずいぶん楽しんでいるな――

 さらにパラパラと前のページをめくると、

 【ゲーム終了。どこかへ引き込まれるような感じになり、よろめく。そして眠くなった。一瞬体が伸びるような、飛んでいくような気がしてびびる】

 ――何だ、これ――

 よろめく?ゲームのやりすぎで、疲れたのか。

 数ページ後にまた同じような文があった。

 「ゲーム終了。意識が遠くへいく感じがして急に眠くなる。これは宗兄も経験したのだろうか。不思議な感じ」

 ――「むねにい」と読むのか?誰だろう。待てよ…――

 僕は説明書を持って、階下へ降りて、陽子叔母さんに聞いてみることにした。

 「叔母さん、「むねにい」って人知らない?進のメモ帳に書いてあるんだけど」

 叔母さんはお盆の上にお茶とプリンをのせている最中だった。

 「ああ…お隣りの宗明君のこと?」

 「あ、あの行方不明になったっていう…」

 今までに何度か聞いたことがある。何年も前にこの辺りで騒ぎになっていた、あの事件の行方不明者。そういえば自分の部屋にいたときに、何者かにさらわれたのではないかという話を聞いた。不思議と今回の進の事件と似ていないか…。

 「叔母さん、進の部屋にこんなゲームがあったんだけど」

 と僕は説明書を陽子さんに見せる。

 「あ、それ。進がいなくなる前にやっていたゲーム。お隣りの宗明君のところから借りてきたらしいの」

 「へええ。そうなんだ…あ、ありがとう。そのお盆は自分で持って行くよ」

 僕はお盆を持って慎重に階段を上がった。

 何だか胸のあたりがざわざわしている…これは偶然なのか…。

 宗明さんと同じような今回の行方不明事件。二人ともいなくなる動機も特に見当たらない。部屋から急にいなくなったようにも見える。誘拐なら身代金とかを要求する電話があってもおかしくはないが二つのケースとも、それはない。進は行方不明の宗明さんから借りてきたゲームをやっていた。そしてこの変なメモ……

 もしや、進はこのゲームの世界へでも行ってしまった……?いや、でもそんなことがあるのか…?

 だが、家出する理由もないし、誘拐されたわけでもなさそうだ。そして何も言わずに旅行に行った可能性は低い。そんなことするような奴じゃない。

 もし進を知らない人が聞いたら、ゲーム世界へ行くなんて、旅行より可能性が低いと思うだろう。だが、僕には誘拐や突然の旅行よりも、このゲーム世界へ飛ばされたと考えた方がまだあり得そうなことに思えた。

 進は引き込まれるような感覚に違和感を感じたからメモしているのだ。それだけ不安だったのかもしれない。そして今のところ他に進の手掛かりはない。


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