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第一章 神社の出会い(ニ)

 参拝客は誰もいないと思っていたのに、ベンチに座っている人影が一つ、視界に入った。

 ――あれ――

 その青年は眼鏡をかけて下を向いて本を読んでいる。オレと同じ高校の制服を着ていた。

 オレが近づいていくと、その人物は顔を上げた。

 「あ、やっぱり。桑田くわた君だよね」

 「崎山さきやま君か?」

 彼の名前は桑田。下の名前は忘れたが、確か、秀一だったと思う。同じクラスメイトだ。同じクラスになるのは初めてだった。

 「あれ、まだ家帰らないの?」

 「うん。ここでしばらく時間をつぶしている」

 「通学はチャリだっけ?」

 「ああ、外に止めてある」

 オレは文庫に視線を落とした。表紙のカバーがない。古本だろうか。

 「何読んでるの?」

 「太平洋諸島戦記だ」

 そう言って、桑田は眼鏡の真ん中を人差し指で押し上げた。

 「ああ、第二次世界大戦の話か。じゃ、兵器とか好き?」

 「いや、違うって。ファンタジー小説だよ」

 「え。マジか。そんな題名のファンタジー小説あるんだ」

 「あるよ、去年ベストセラーになったやつだよ」

 「いやー、でも太平洋諸島戦記なんて題名だったら普通そっち連想しない?」

 「まあそうかもしんねーよな」

 桑田はそう言って、笑った。

 話はとんとんと進んだ。オレもファンタジー系の話は嫌いじゃない。そして桑田は自分で料理を作ることがあるらしい。十分もすると俺たちはすぐに仲良くなった。わりと気が合うかもしれない。名前もすでにお互い呼び捨てだ。

 会話が一区切りすると、オレは聞いてみた。

 「ここ好きなんだ?」

 「ああ、この場所はよく風が吹いていて気持ちいいからな。けど…」

 「ん?」

 「いや、それもあるんだが、本当はちょっと違う」

 「違う?」

 「ああ、ちょっと気になるんだよ……」

 「何が?」

 すると桑田は黙ってしまった。

 しばらく沈黙が支配する。

 「あ、いいよ…別に言いたくなきゃ言わないでもさ」

 焦って気を遣うオレ。クラス替えして、いきなり気まずくなることは避けたかった。

 すると桑田は意を決したように言った。

 「崎山さ、家はこの辺りなの?」

 「ああ、近いよ。ここから二百メートルくらい」

 「そうなのか…じゃあ、あの事件のこと知ってるな」

 オレの体を緊張が走った。直感ですぐにわかった。宗兄ちゃんのことだ。

 「事件?」

 オレは気づかないふりをして聞いてみた。その方が桑田が話しやすいかもしれないと思ったからだ。

 「昔、部屋の中で大学生が行方不明になった事件がこの辺りであったのな」

 桑田がそう言ってから初めて気づいたふりをする。

 「ああ、それか。知ってるよ。オレの家のすぐ近くだ」

 「そうなんだ。君はあの事件のことどう思う?」

 いきなり質問してきた。

 オレは正直に答えることにした。

 「うーん、最初は家出だと思っていたけど、今は誘拐かもしれないって思ってるよ」

 「なるほど…」

 「何か気になるのか?」

 オレがそう訊くと、桑田はおもむろに言った。

 「俺は一年前にこの神社に来たときに、変な鳥を見たことがあるんだ」

 「変な鳥?」

 「ああ、何というか、カラスぐらいの大きい鳥だ。首がなくてな。翼に黒い骨格みたいなのがある」

 「え…」

 そういえばどこかで聞いたことがある…。

 「体に顔があった。ぱっと見、こうもりみたいなやつだったよ」

 思い出した。宗兄ちゃんのおばさんが言っていた。宗兄ちゃんの部屋で黒いこうもりみたいな鳥を見たって。

 「その鳥が、俺の方を見て笑ってたんだ」

 「そうなんだ…実はオレも似たような話を聞いたことがある」

 オレは桑田におばさんから聞いたことを話してやった。

 桑田は真剣に聞いていた。

 「そうか…」

 「ああ、変なこうもりみたいなやつだって」

 「俺が見たのと同じやつだろう…」

 桑田はそう言った。

 「ここで見たんだな。他にも目撃者がいるかもな」

 すると、桑田は首を振った。

 「いや。「かも」じゃない」

 「え、いるのか」

 「ああ、いる。ネットで調べてないのか?」

 と桑田は不思議そうに言った。

 「ネット?」

 「一部の間では話題だぞ。ここはスポット扱いだ」

 桑田の話では、この神社はそのこうもりのような変な鳥が出るということで、いっとき有名になったらしい。そういえば、昔、真夜中に若い人が何人か集まっていたことがあった。あの人たちは怪奇スポットでも巡りに来ていたつもりだったのかもしれない。

 「そうなんだ」

 「君はあの事件、ほんとに誘拐だと思うのか」

 「いや、わからないな。けど不思議なんだよ。昔よく遊んでもらったお兄ちゃんだからさ、急にいなくなるなんて。オレにも何も言っていなかったからさ」

 「そうだよな。不思議だよな。俺もそう思う」

 「桑田はどう思うんだ?」

 「はっきり言っていいのか?」

 桑田がオレを見る。真剣な目だった。

 オレは少し気圧される。ごくっと唾を呑み込んで、答える。

 「ああ、言ってくれ」

 「その人は怪物にさらわれたんだよ」

 「え…」

 「そのこうもりは普通の動物じゃないよ。幻獣とかユーマと言われる類だろう。この神社では他にも別の生き物が目撃されているんだ……」

 「別の生き物…?」



オレは桑田と別れ、家に帰ってから一階のパソコンで神社のことを調べてみた。今は夜の九時を回ったところだ。カレーは母さんが中辛で作ってくれたのを食べた。おかわりも二度した。

 桑田の話では神社の周辺は変わった生き物の目撃例が多く、桑田自身も過去に見たことがあるため、たまに神社やその周辺に来て、さがしているのだそうだ。

 桑田も宗兄ちゃんの事件の内容を自分の足で調べているようだった。

 しかし、オレは神社の周辺に住んでいながら、この辺が怪奇スポットと言われているのを知らなかった。あくまでマニアの間で有名なレベルなのだろう。

 そういえば、千葉市内に住む従兄の正兄まさにいが言っていた。市内に住んでいながら近所の商店街がある通りがナンパ通りと呼ばれていたのを高校生になるまで知らなかった、と。そういえば ナンパしている人を何人か見たことがあるが、そんなふうに呼ばれるほどそこが有名とは思わなかったそうなのである。地元の人は案外知らないものなのである。そこでナンパしている人も外部から来ている人がほとんどとのことだった。

 正兄とは島田正弘しまだまさひろと言って、オレの従兄である。違う町に住んでいるが、小学生のころまではたまに遊んだものだ。正兄の大学はうちの近所なので、二か月に一度くらい帰りにふらっと寄ることがある。そして母やオレと茶を飲みながら世間話をして帰って行くのである。

 ――あった――




 ネットの掲示板では

 【龍神神社たつがみじんじゃで見たことある?】

 というスレが立っていた。


 かっきー【ある。変な毛の動物。全身毛でおおわれて、転がるように歩いていた】

 バア【何それ】

 かっきー【一度だけ見た。目とか鼻とかあるのかな、あれ】

 Gさん【あります。羽に筋のあるこうもりみたいな奴でしょ?】

 山【それ聞いたことある】

 Gさん【神社の木にとまってた】

 龍神神社とはうちの近所の神社の名前である。こうもりみたいな…宗兄のおばさんと桑田の言っていたのはこれだろう。

 さらに続きを読むと……

 ドン【あの神社で龍見た】

 あ【それ、中に安置されてる木彫りのやつじゃ…】

 ドン【それじゃない。空飛んでた】

 まっち【君のほかに目撃者は?】

 ドン【私一人だけで見た】

 たわー【おれも龍見た】

 あ【マジ?】

 まっち【おいおい。龍、けっこういるな…】




 龍だと?そんな大きい生き物を見たのなら、近所で有名になっていてもおかしくない気がするが聞いたことない。

 他にも牙の生えた猿やオオカミみたいな犬を見たという話が載っていた。

 おいおいマジか。何とも信じがたい。嘘だろう。

 オレは二時間ほどパソコンを調べると、電源を切った。

 ――明日宗兄ちゃんのおばさんのところへ行って、こうもりのことを聞いてみよう…何かわかるかもしれない――

 そう思って、二階の自分の部屋へ上がった。




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