第二章 龍神の剣の世界へ(十八)
仲間の山んばとオオタカが魔族に捕まり、試練の谷へやって来た。進は緑鬼に変身した姿で交渉に臨み、魔族を説得する
ちらと上を見ると、山んばはぐったりしていた。気を失っているのかもしれない。
「ではどうする。この者はすすむと行動を共にしていたからすすむの弱点なども知っているかもしれない。仲間にして一緒に戦ってもらった方がよくないか」
と聞くオレ。
河童があごを手でこすりながら思案顔で言った。
「実はわしは気が晴れている。このまま返してやってもよいよ。だが、他の者たちがそれでいいか…おや。考えたから天が渇いたわ…」
そう言って、湖の方に歩いて行って、手で水をすくっては頭の皿に水をかけ始めた。
「怒りの根源は何か、それが問題ぞ」
といかめしい顔つきのまま言う天狗。
「すすむじゃ!あの者の首をはねればよいのではないか」
そう言ったのはろくろ首だった。
「それは思案じゃ。それでよい」
と黄鬼。
茶鬼も「そうだそうだ」と続ける。この黄鬼と茶鬼は仲がいいのかもしれない。
「ちがうちがう」
と言う魔物もいた。
そのうち「そうだそうだ」と「ちがうちがう」と言う魔物たちの間で言い合いになった。そのうちなぜか「そうだそうだ」と言う方の数が多くなり、だんだんみんなが「そうだそうだ」と言うようになっていった。
オレが上を見ると、山んばは目を覚ましており、高い所からこちらの成り行きがどうなるかをじっとうかがっていた。オオタカの方はといえば、首を傾けてはあちこちキョロキョロしている。こちらを見る角度を変えているのかもしれない。しかし、まさかオレが鬼であるとは気づきはしまい。
山の神が最後まで「ちがうちがう」と言っていたが、最後は圧力に屈したのか、ついに「そうだそうだ」と言い始め、話し合い?は終わった。
すると不思議なことに、ぴたりとしゃべる者はいなくなった。
それを見たオレは
「じゃあ…すすむはオレが倒すよ。そして、この二名は許す。それでいいね?」
とオレは念を押す。全員がバラバラと、うなずいた。
「あれを汝がか。それは無理だ」
振り返るとブチャノバがいた。立っている姿を見て分かったが、横幅があるだけでなく、背も高い。
「無理かな」
と聞き返すオレ。
「ああ。この者たちが束になってもかなわなかった相手だぞ」
もし「すすむ」がこの世界のどこかにいるのであれば、確かに普通に戦えば勝ち目はなさそうだ。だが、相手はオレが動かしていたキャラクターだ。オレはすすむの能力値を知っているし、弱点も知っている…と思う。例えば、わりと薬草を持ち歩かない傾向がある…などだ。面倒くさいのでオレが道具屋で買わないだけなのだが。だからもし本当に「すすむ」と遭遇した場合、何とかなるような気 がしていた。だが、それはただの思い込みで何とかならないのかもしれない…。
オレは思い切って言った。
「じゃあ、ブチャノバがオレに稽古をつけてくれ」
ブチャノバは顔にしわを作ってオレを見た。怒っているのか…いや、面倒くさいんだろう。
「それでオレが倒す。すすむは魔族にとっては敵だろう?ブチャノバにとってもやっかいなはずだ」
「我はそうは思わん。すすむがここに現れたのは自然な流れ。運命だ。ここの龍神も来るのを待っていたのだ」
ブチャノバはやっかいだと思っていないのだろうか。
「知っているよ。うろこを取りに来たのだろう?」
ブチャノバはじっとオレを見つめた。
「…スズブーとか言ったな。なぜそれを知っている。お前は何者だ」
「オレもうろこを取りに来たからだ。ここに来る奴の目的はみんな同じさ。剣を作りたいんだ。オ レがそうだからすすむもそうだと思ったのさ」
確かにゲームをしているときはそういう気持ちだった。
「そうか、汝も…だからここまでたどり着いたのか。緑の小鬼が…執念よのう。それも運命かもしれぬな」
「じゃあ、オレが倒すということで。稽古の方を頼むよ。ブチャノバ」
成り行きでさっきはブチャノバに敬語で、今は敬語を使っていないが、特に不自然さもないのでこのままでいいだろう。実際、敬語を使うかどうかを決める理由は、向こうの世界でも何となくということが多いのが現実だ。
「それは断る。何故汝の稽古に付き合わねばならん?」
「まあそうだろうね…けどさ、俺ならすすむが暴れるのを止められるかもしれないぞ」
「お前が?」
信じていない。周りもどうなることかと様子をうかがっている。ここで決めなくてはならない。オレは頭を巡らせた――いいアイディアが浮かんだ。
「うん。実はオレはすすむに会ったことがあるのさ」
「何?」
周りの魔物達も騒ぎ始める。わちゃわちゃと何かを言っているが、よく聞き取れない…。
「もちろんすぐに逃げたけどね。ただ、その前に奴からあることを訊かれたんだ」
「む。それは何ぞ」
ちょっとためらった。言っていいのだろうか。後々何かトラブルにならないだろうか…と。
しかしこれ以外思いつかない――ええい!もう言うしかない。
「宗明という名前を知らないか?宗明を連れて帰れればもうここには来ない、とそう言ったんだ」
「何と。それはまこと?」
茶鬼が言った。
「では、それがうまくゆけば、すすむは来ないのだな?来ないのだな?」
と黄鬼。
「そういうことになるな…すすむの言うことを信じれば」
言いながら冷や汗が出た。向こうに帰れるかどうかの保証はないのだ。人間の体に無事に戻れるかの保証もない。だが、これは嘘ではない。宗兄を向こうへ連れて帰れれば、もうここに来るつもりはない。
さっきよりも周りの声が騒がしくなった。ブチャノバは口をへの字に曲げて宙を見つめ、考えているようだった。




