第二章 龍神の剣の世界へ(十七)
ブチャノバに命令されて半ば強制的に薪割り作業をやらされる進。すると自分の体が変化をし始め、小鬼から普通の鬼になっていった。不思議に思う進。そして、遠くから数人の声が聞こえてきた
強くなるのはいいが、同時にだんだん心配になって来る。人間に戻れるのかという心配だ。怪物になればなるほど人間に戻りにくくっていくのではないか?そんな心配が頭をよぎった。
騒ぎ声はいよいよ近くなっている。どんな感じの声かというと、複数の人が興奮しながら何かを罵倒している感じの騒ぎ方なのである。
不穏な空気を感じて、オレは小屋を迂回して湖の見える場所へ急いだ。
湖の左端を十五人ほどの集団が歩いてこちらへ向かって来ていた。みんな薄い着物を着ていて、中には肌をほとんど露出していたり、蓑のようなものを羽織っている者もいる。肌の色は白色が多いようだったが、まちまちで茶色や黄色や赤などもいる。頭には角が生えている者もいたし、口から牙が出ている者もいる。眺めると、みんなゲームに出てきた魔物ばかりである。一つ目小僧、提灯おばけ、下駄お化け、餓鬼、ろくろ首、赤鬼、茶鬼、黄鬼、山の神、河童、天狗…どうも人に近い魔物が多いようだった。その集団の中から二本の長い木の棒がにょきっと突き出ていた。一本目の棒の先には白っぽい着物の人が縄のような物でくくり付けられていて、もう一本の棒の先にも何かが結び付けられていたが、ここからでは小さくてよく分からなかった。
集団の連中はこの棒の先の人物を罵倒しているようであった。遠くからわきゃわきゃという声が聞こえる。何だかヤバそうな集団だった。
小屋を振り返ると、ブチャノバは声が聞こえないのか、関心がないのか、外に出て来ていなかった。
集団は目を凝らさなくてもある程度分かる距離まで近づいて来た。向こうからもオレは見えているはずだが、向こうは何も言ってこなかった。
木の先に縄で括り付けられているのは、長い髪の若い女性であった。もう一本の棒に括り付けられて いるのは茶色と白のまだら模様をした鳥であった……。
あ?あれはオオタカと山んばじゃないか!
山んばは長い髪と白い着物に見覚えがあった。オレがここで何もしなければ殺されそうな感じがする。
キノコ狩りに行った山んばとオオタカが魔物に捕まっているのだ。
「どうして…」
心の中の不安から、思わずぽつりと独り言が漏れ出た。
山んばとオオタカは魔物だ。人間ではない…だが、オレの元仲間だ。オレは知らんが、戦いを共にしてきたはずである。
二名が捕まった理由に思い至った。
おそらく勇者の仲間だからだろう。とりあえず共に冒険をしてきた元仲間たちは助けたい…といっても、ゲームでの冒険の話だが。しかし二名ともオレのことを慕ってくれていたんだ…。
全く、次から次へといろんなことがよく起きる世界である。休む暇がない。
オレは草の中の金棒を拾って担ぐと、集団の方へ歩いて行った。
「おお、緑鬼がこちらへ来るぞ」
「緑鬼じゃ、緑鬼じゃ」
「緑鬼、ついに手配の者を捕らえたぞ」
などと集団の面々はオレを見て興奮してわちゃわちゃと口々に叫び出す。
オレもそれらしく話しかけてみることにした。
「いったいどうしたのだ」
一つ目小僧がそれに答えた。
「見てくれ。魔族の裏切り者ぞ!」
続けて赤鬼が言う。この赤鬼はもちろん昨夜の赤鬼ではなく、目が大きく、瘦せていた。
「この山んばの顔に見覚えがあろう、奴らじゃ。剣をふるう龍神の使い「すすむ」と行動をしていた者たちじゃ。ひっ捕らえたのじゃ」
白い和服を着て杖を持った男が言う。これは山の神だろう。
「裏切り者には死を与えねば。それが魔族全体の意志でもある」
「裏切り者ね…」
オレはつぶやく。
剣をふるう龍神の使い「すすむ」とはオレのことだろう。いや、正確にはゲーム中のキャラ「すすむ」である。そのすすむとともに行動をしていた山んばとオオタカは魔族の裏切り者ということなのだろう…。
言ってることはわかる。蛇神一族の眷属なった魔物たちにとっては龍神一族は敵であり、勇者「すすむ」とその仲間は魔物を大量に殺戮する悪い敵なのだ。
そういえば「すすむ」自体はどうなっているのだろう…オレはこの通り魔物になっている。ではゲーム中、キャラとして動いていた「すすむ」は?山んばとオオタカが存在しているのに、すすむがいないというのはおかしい気がする。それとも「すすむ=オレ」という公式が成り立っており、オレが魔物としてこちらの世界に出現した時点で、この世界のキャラ「すすむ」は消滅してしまったのだろうか。
「すすむはどうしたんだ?」
オレは魔物たちに聞いてみることにした。
すると魔物たちは動揺したようにお互いに顔を見始めた。
「ん?どうした?」
とオレが言うと、
河童が目をぎょろつかせながら
「奴はまだ生きている。我らだけでは捕らえられぬのだっ」
――いるんかい!――
するとその後ろの天狗が
「あの龍神の使いは強い。この者たちを先に見つけて捕らえたので、先に成敗せんと思い、とりあえず奴が戻って来る前にこやつらのいた場所を離れ、ここへ来たのだ」
「すすむの暴れっぷりは恐ろしいものじゃ。死人が出る。だから関わらぬがよい」
とゆっくり慎重に言う黄鬼。
「ワシも見たがこの世の者とは思えぬぞ。顔色一つ変えず切りつける。しわ一つない」
と不安そうに宙を見て言う茶鬼。
相当ヤバいらしい。そしてどうやらすすむはオレとは別に存在しているらしい――オレは昨夜会ったあの勇者の顔を思い出した。オレは魔物達にあいつと同じ印象を与えているのではないか…。そう思うと寒気で鳥肌が立った。
「なるほど。言いたいことはわかった。しかし、この二人を解放してやってくれないか。同じ魔族ではないか」
提灯お化けが体を半分に折って、パクパク答えた。
「それはできぬ。できぬぞ」
その後、下駄お化けが、どん、どん、と地面を飛び跳ねて回る。
「承諾できぬぞ。裏切り者ぞ」
と目をカッと見開いて険しい顔をする山の神。
ろくろ首が首だけ伸ばしてオレの耳元に近づいてささやく。
「そんなことを言うなら、お前も喰ってやろうかの」
「好きであの「すすむ」に味方をしていたわけではないだろう。生きるためにしていたのだ。仲間にならないと殺すぞと言われたら、みんなも嫌だろう?」
無駄だと思ったが、いちようそう訊ねてみる。
「まあそうだな」
と嫌に物分かりがいい黄鬼。
「嫌だ、それは嫌だ」
と同調する提灯お化け。
「どうする、許すか、許さぬか」
と駆けずり回って聞いて回るような態度の餓鬼。
自然の中で生きている魔物というのは人間と価値観が違うのだろうか、嫌に素直な感じのがいるものだ。この雰囲気は何とも不思議な感じがする…。
「許さぬに決まっている」
ときっぱり言う赤鬼。
「裏切り者ぞ」
と繰り返す山の神。
この辺は強情だ。だが、これも何だか人と違う感じがする。恨みというより、決まりだから殺すという気がする。何だか聞いていて妙な気分になって来るのだ。




