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第二章 龍神の剣の世界へ(十六)

起きると、そこには見知らぬ家の中。そばには怪物のような姿の人物がいた。進は家の裏で薪仕事をするように言われる



 小屋の外に出ると、いい天気で、昨日見た黄緑色の草原が広がっていた。逆方向では、はるか後方にそびえたつ山々が見え、たまに吹くそよ風が温かく気持ちいい。黄色い小さな蝶が野草の上を飛んでいる。

 草原の向こうには広大な湖があり、水が澄んでいた。風が吹くと、さざ波が起こって、水面下が見えにくくなる。遠く、水中で巨大な緑色の体がくねくねと泳いでいるのが見えた。

 一瞬、ぎょっとする。

 あ、そうか。ゲームで戦った、あの緑の龍神だろう。魚の方は見えないが、いるのだろうか。

 天国のような光景に一瞬、見とれて立ち止まってしまったが、せっかちなブチャノバにまた怒鳴られそうなので小屋の裏へ急いだ。こんなところに住んでいるブチャノバは本当に不釣り合いだ。バグって出現したモンスターだろうか。

 藁ぶき屋根の木造小屋の裏には切り株があり、そこに斧が刺さって置かれていた。そこの脇に太い薪が人の背丈ぐらいに積まれてあったので、オレはそれを切り株の上で割っていくことにした。

 薪など割ったことがない。じいちゃんの家で割っていたのを見たことがあるが、一度だけだ。

 オレは狙いをつけて斧を下ろすが、なかなか命中しない。三度失敗した。

 斧自体が大きく重いのだ…ブチャノバ用なのだろう。持つと、重心が定まらないのだ。あっちへふらふら、こっちへふらふらと動いてしまう…。

 こんなところをブチャノバに見られたらまた怒られそうだ。すでに小屋を出てから十五分ほど経過しているが、まだ薪は五本ほどしか割れていない。

 鬼になって力が強くなったのかと思いきや、人間の頃より弱くなっている気がする…。

 まあ緑の小鬼なんだから仕方ない。しかし、何でもっと強い魔物じゃなかったのか…金助め。

 それにしてもこのゲームの世界を無事抜け出せるのだろうか、いや、まず人間に戻れるのだろうか。それが心配である。それに、宗兄ちゃんはどこにいるのだろう。まず生きているのか?どの辺を捜せばいいのか…。

 父さんも母さんも心配していることだろう…しかし連絡する手段はない。

 黙々と仕事をしていると、今までのことが流れていった。オレはこの世界で生きていけるのだろうか…すでに一日に三度も気絶をしていた。この世界で生きていくのはあまりに厳しい…さすがに自信を失っていた。命を落としかねない…まずはどうにかして強くなりたい、と思う。

 昨夜の鬼達はいい奴だった…旅人の勇者に襲われて残念なことになってしまったが…オレは何もすることができなかった…――そこまで思い出すと、あの恐ろしい勇者の鉄面皮の顔が思い浮かんできて、身震いした。

 あの勇者は何者だったんだ。またこの辺に現れるのだろうか。

 十本目の薪をわったとき、聞いたことのあるファンファーレがどこかで鳴った。余りのことに呆然とするオレ。どこから聞こえたのだろうか、と周りを見回したが、さっきと同じ平穏な草原世界があるだけである。ブチャノバが「今の音は何だ?」と来る気配もなかった。

 そう言えば、空腹時に自分の腹が鳴るのを聞くような感じだった――そう、自分の内側から鳴り響いていた。あれはゲームをしていたときによく聞いた、レベルアップしたときに鳴る音楽だ。

 次の瞬間、みぞおちの辺りから何かが沸き上がる感覚がして、自分の体を見る。オレの体は急激に緑から青になっていっていた。体の中心から色が広がっているようだった。

 「うあっ?」

 とりあえず斧を置くと、両手を眺める。どんどん青くなっている。

 ――何だよこれは?…なぜ青に……具合でも悪くなったのか?――この世界の体はどうなっているんだ。 全身の色が青くなったところで色の変化は止まった。

 茫然と立ち尽くすオレ。どうしていいかわからない。

 待てよ…そういえばゲームの中では「緑の小鬼」より「青の小鬼」の方が少し強かったな。

 じゃあ、これはレベルアップしたということなのだろう。魔族的には色が変わるというのがレベルアップなのかも。つまり、薪を割って力がついたのだろう…それ以外考えられない。

 この薪は普通の薪だよな…今度はしげしげと薪を見つめる。茶色で年輪がある普通の薪だ。

 よくわからんが、ということは、薪を割っていればまたレベルが上がる可能性がある。もし、次にレベルが上がるとすると赤くなるのだろう。青の小鬼より赤の小鬼の方が強いからだ。

 オレは薪を割り続けることにした。黙々と割っていく。さっきよりは力が強くなっている気がする。斧を持つ腕が楽だ。

 オレが十五本目の薪を割ると、再び頭の中で例の音楽が突然鳴り響いた。ビクッとするオレ。この音楽はずいぶんと大音響だが、周りには聞こえないのだろうか?

 オレの体の色がどんどん青から赤に変化していく。見慣れた赤だ。そう、あの赤の小鬼の色だ。全身が赤になると、オレの体の色の変化は止まった。

 斧を取るとさっきよりも軽く感じられた。

 ――これはいい!――

 オレはしばらく薪割りに精を出すことにした。ひらすら割っていると、またいろんなことが思い出されてきた…そういえば宗明兄ちゃんはゲームのメモを取っていた。

 たしか……




 【例のほこら。試練の谷でうろこをとる】

 【剣アイテム足りず。辰重に聞く】

 【果ての洞窟 3階にある】




 …といった内容だった。【試練の谷でうろこをとる】だから、オレがゲームで到達したのと同じ辺りだったわけだ。プレイ中、ここには来ているはずだ。

 うろこを取るのは龍神の剣を作るために必要な材料だからだ。

 その後はメモは【剣アイテム足りず。辰重に聞く】だ――ということは、うろこだけでは剣は作れなかったのかもしれない。他にもアイテムが必要だった…それで聞きに行く必要があった。辰重はたつじゅう?たつしげ?しんじゅう?どこかにそういうキャラがいるのだろう。そこに行けば必要な材料が分かるのだ…と思う。

 そして「果ての洞窟」という場所へ何かを探しに行ったようだ。そこでこの世界に来てしまったのだろうか。ならば、果ての洞窟辺りでワープしている可能性がある。

 オレもその洞窟へ行ってみれば何かわかるかもしれない。

 そんなことを考えながら斧を振り下ろしていると、遠くで何やら騒ぐ声が聞こえた。

 その声はだんだんこちらへ近づいてくるようだった。

 何だろうと思いながら薪を割っていると、また例の音楽が鳴った。今度は体が大きくなり、身長が伸びる。手足もぐんと太くなった。色はどんどん緑になっていく。頭に違和感を覚える。頭の上が広がる感じがして、角に手を触れると、それがめきめきと上昇し始めた。

 「ああ、何だっ。何わぁっ?」

 思わず独り言が出てしまう。最後に「何わぁっ」となったのは口の中でもむくむくと牙が大きくなっていったからだ。すぐに合点がいった。

 ――これは緑鬼になったんだな――

 次は青鬼だろう。やはりそうだ。鬼系のどんどん強いキャラになっていくわけだ。

 そういえば腰布はきつくならないのだろうか…体は大きくなったのに、何だかきつさはあまり変わってないような気がする。オレは腰布を見た。模様も大きさも変わっている。それはゲームに出てきた鬼が履いているトラ柄だった。ちなみに赤鬼も青鬼も緑鬼もみんな色違いの魔物なので、腰布の柄は一緒である。みんな金棒を持っていたはずだが、それは現れないのだろうか、と思って周囲を見渡すと、

 ――あった!――さっきまでなかった黒い金棒が草の中に出現しており、地面に落ちていた。

 そういえばレベルが上がるたびに、体の疲れもとれている気がする。

 今からブチャノバのところへ行って

 「すみません!何だか体がおかしいんです!頭の中で変な音楽が響いて、体がいきなり大きくなるし、着ている物も急に変わってしまって、もう大変なんす!」

などと訴えても「はぁ?それがどおしたというのだあーっ、お前、薪割りはどうした。もしや、さぼる気かぁー!」とか言われるだけの気がした。そういえばブチャノバは薪割りに際して何も言わなかった。

 何で薪を割るだけで体が変化するのか。まるで魔法のようだが、この世界のルールではこれは普通なのかもしれない。


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