第二章 龍神の剣の世界へ(十四)
龍神の剣の世界へ来てしまった進。金助に眠らされ、起きてみると装備していた剣や鎧がなくなっており、体に異変が起きていることに気づく。自分の姿を確認すべく草原を進み、湖へ向かう。途中、鬼の二人組に見つかってしまうが、親切にされ、一向に加わる
何だ、あれは?
遠くだし、暗くてどんな格好かはまだよく見えないが、兜をかぶって、鎧を着ているようだった。
小さい鬼が怯えたように言った。
「龍神族の旅人だ」
鎧の男は高速でこちらにぐんぐん近づいて来る。とても逃げ切れそうもない気がした。
それは妙な光景だった。
男は速足で動くのだが、走ってはおらず、普通の歩き方なのである。それでこんなに早く動けることが異様だった。
男の動きは不自然で、左右に小刻みに行ったり来たりしながら、こちらへ向かって来る。
大きい方が叫ぶと、棒の先の荷物をほどき始めた。くくりつけた荷物を下ろして、棒を武器にするのだろう。
「戦闘準備だ!」
「がってんだ。おめえはそこにいろ」
オレにそう言って小さい方も荷物を慌ててほどき始める。
龍神族だって?じゃあ、オレの仲間なのか?けど、あの異様な動きは何だか寒気がする。
オレはどうしていいか分からず、鬼と旅人の両者を見比べていた。
龍神族の旅人はどんどん近づいてきた。もう近くまで来ている。
オレは近くで武器になる物を探したが。それらしい物もなかった。
大きい赤鬼が突然、えも言われぬ咆哮を上げた。小さい方が先に飛びかかっていく。
鬼たちの先制攻撃だ。
旅人は鬼の攻撃を兜と肩にもろにくらっていた。大きい方が兜、小さい方が肩に打撃を与えていた。
あ、これはやっつけたかな――そう思った。
だが、旅人は無言であった。オレの位置から旅人の顔が見えた。目の細い色白の男で、無精ひげを生やしていた。体格はやせていて、何だか向こうの世界にもいそうな風貌である。
旅人は倒れもしない。
そして、冷静に背中の剣をスラッと抜くと、まず小さい方へ振り上げてきた。小さい鬼の体から鮮血が上がり、倒れるのが見えた。
「あ、兄貴!た、助け…」
「ウォー!」
大きい鬼が興奮して、棒を横に振るが、旅人はそれを剣で受けて払いのけた。体の大きさの割にすごい力だ。
そして旅人は返す刀で横に振る。
鬼の体を斬ったようだった。
これは達人だ。とてもかないそうにない。
ふらふらしながら赤鬼が叫ぶ
「お前は逃げろー!」
鬼は棒を振り上げて、さらに抵抗を試みている。
オレに言った言葉だろう。
どうしよう…今から逃げて間に合うのか…しかし、このままいても殺されるだけだろう。
あの旅人に、オレは元々鬼ではないんだと言っても、分かってくれるような気がしない。
オレはとっさに後ろへ走り出した。
振り返ると、赤鬼が斬られて崩れるように倒れたところだった。
オレは夢中で走った。
追いかけてくるだろうか、やばい…。
すると、体が急に寒くなっていき、体が重くなった。オレは草むらに倒れた。胸の辺りが痛い。触ると氷のように冷たくなっていた…これはもしかして…氷系の呪文だろう…あいつが唱えたのか…。
この呪文は知っている…おそらく最初の頃に覚える呪文だ。
あいつはおそらく勇者だ…人間だ…オレも元勇者なのに、勇者から逃げるなんておかしな話だよ。そんな考えが頭をよぎった。
オレは立ち上がり、胸をおさえてまた走る。
草が邪魔で思うように前に進めない…どこかで身を隠さないとまずいかもしれない…。
右へ逃げるか、左で逃げるか。
振り返ると、旅人はしゃがんで何かしているようだった。
どうしたんだ?
オレの方などは見向きもしない。
まあいい、今がチャンスだ。今のうちにできるだけ遠くへ行くんだ…。
オレはさっき行こうとしていた湖の方角へ走る。
とにかく急がねば…。
あそこは龍神とのバトルをするイベントが起きる場所だ。勇者はあの龍神との戦いにかかりきりになるだろう。オレの相手などしてる暇はないはず。
オレは草原を駆け抜けて、丘を登り、湖へ急いだ。
丘を上がる段になり、迷った。上がれば目立つし、進む速度も遅くなる。相手にオレの姿をさらすことになるからだ。怖い…上がらないで、このまま横に走った方がよくないか?
このとき、ふと思った。
あいつはオレが見えているのだろうか…。
何だか妙だった…顔色一つ変えず、曇らせず戦う勇者。血を見ても動揺しない――違和感がある。
もしかして、見えていないのではないか。
なら、丘は上がるべきだ。オレの姿は関係ない。
オレは丘を進んだ。途中振り返ったが、勇者はもうどこにいるか分からなかった。
だが、奴はまたどこかへ進むはずだ――油断はできない。
息をつきながら上がりきると、湖が見えた。
あとはあそこまで走るだけだ。
ボテボテと足が重く、走る速度が遅い…足が上がらない。だいぶ疲れていた。
体が寒く、胸も痛い…呼吸も苦しくなっていた。
走っているつもりでも、実際は歩く速度とそんなに変わりないだろう。
とにかく前へ、前へ…可能性がある限り走るんだ。
大きく手を振って歩幅を大きくしてみるが、苦しくて長くは続かない…。
「く、くそ…」
何だか体が冷え切っていて、速く動かせない。頭も重い。さっきの呪文が思いの外、効いているようだ。
オレは草の中に倒れ込んだ。
やばい…こんなことしているうちに勇者が来たら…。
だが起き上がれない…。
呼吸がしづらい…。心臓の動きがだんだん小さくなっている気がする。
オレは目を閉じた。
今度こそ死ぬのかもしれない…。
宗兄を捜索するつもりが、ここで死ぬなんて…家族は心配するだろう。オレがどうなったか、向こうは知る術もあるまい。
ああ…嫌だ…。
宗兄もこんなふうにして死んだのだろうか。何しろ、この世界で生きていくのはきついもの…。
ああ、目の前がぼんやりする…。
オレは目を閉じた。
暗闇の中、浮かんできたのはなぜかさっちんの心配そうな顔だった。
その後、呼吸を続けていたが、さっちんの顔も消え、オレは意識を失ったようだった…。




