第一章 神社の出会い(一)
オレは地元の高校に通う三年生になっていた。来年は受験だ。オレは今年の春までは十分に遊びまくり、夏から勉強しようとざっくりと悠長なプランを立てていた。
もっとも、それを守るかも怪しいものだが。
うちの学校は偏差値もそこそこで、それほど進学に熱心というわけでもない。地元なので、昔からの友人も通っていて、それなりに楽しくやっていた。
そう、あの日までは…。
オレは学校が終わり、夕方四時に家に着くと、隣りの宗兄の家の里子おばさんが庭に出て、花壇に水を撒いていた。オレと目が合うと声をかけてきた。
「あら…進ちゃん。今日は早いのね」
おばさんはじょうろを片手に白髪交じりの頭をオレに向け、笑顔で言った。微かに寂しそうだと思うのは俺の気のせいなのだろうか。
「うん。新学期の初日だからね。こんなもんじゃない?」
「おやつ食べて行かない?うちにお茶とあんこのお菓子があるよ」
「じゃあ、もらおっかなー」
オレはお言葉に甘えることにして、かばんを持ったまま里子おばさんの家に寄ることにした。
別にほんとはお菓子が食べたいわけではない。甘いものが嫌いというわけじゃない。むしろ好きだ。だが、どちらかと言うと今はのどが渇いているのでお茶の方が飲みたい。
ダイニングに通され、テーブルの隅の席に座っていると、その間におばさんがお茶とお菓子の準備をしてくれた。菓子は茶色い栗まんじゅうだった。
オレが昔慕っていたここの宗兄ちゃんがいなくなってからというものの、おばさんとおじさんはオレに何かと世話を焼いてくれるようになった。オレもなるべく好意には甘えるようにしている。
「新学期だからクラス替えしたの?」
とおばさん。
「うん。したよ」
「新しい友達出来そう?」
「うーん、どうだろうね。、前と同じ顔触れがそろったし…」
オレの学校は自宅から自転車で二十分ぐらいの距離にある学校だ。地元なので小学校時代からの同級生もわりと多い。
今回のクラス替えでは過去において一緒のクラスだった友人たちが再び一堂に会することになった。だから新鮮な気持ちはあまりない。むしろまたこのメンバーかという感想である。もちろん新クラスになってから初めて一緒になった生徒もいるが、格別そんな話したいと思う人もいなかった。
「じゃあ落ち着いて勉強できそうね」
「うん…どうだろうな。また遊んじゃうかも」
「それもいいんじゃない?進ちゃんらしいわね」
こんな感じで、おばさんはいつもオレには甘いので、ついつい特に用もないのにここに来てお茶をごちそうになってしまうことも多かった。
小学校、中学校の頃は宗兄ちゃんの部屋を一日中借りてゲームをしたこともあった。宗兄ちゃんは「ゲームステーション」というゲーム機を持っていて、ソフトもたくさん持っていたからだ。おかげでゲームステーションはおこづかいをはたいて買わなくて済んだ。ここでやればよかったからだ。
宗兄ちゃんの部屋でゲームソフトを八つほどクリアしてしまったと思う。
家に帰ると、台所に藁で編んだ網目の買い物かごが置いてあった。その横に三千円が置いてあり、書き置きのメモがあった。
【今日の夕飯はカレーにするから、ルーとニンジン、サヤエンドウ、じゃがいもを買っておいて。 母より】
ということで、これから買い出しに行かなくてはいけない。カレーは好きだから楽しみだ。
僕はカバンを下ろすと、買い物かごを持って家を出た。
スーパーを出て、にんじんやサヤエンドウで重たくなったかごを持って歩いていると、西の空の雲に夕日がかかり、その灰色の雲の隙間から光が出て、雲と空をまぶしく鮮やかに浮かび上がらせていた。
オレは神社の近くで立ち止まって夕日を眺める。もともと夕日というのはあまり好きではないが、こういう気候のいいときに明るく雲を照らす芸術は別だ。遠くにある学校のスピーカーから「夕焼け小焼け」の曲がこの風景画にかぶってきた。空は夕焼け、地は神社という絵だ。
神社もそろそろ閉門する時刻だろう。
――ちょっと寄って帰るか――何となく用もないのに時間を使わせるに、十分な気分だった。
オレは五段の石階段を上がり、境内に入る。
神社の前の道はよく通るが、入るのは久しぶりだ。赤いきれいな鳥居をくぐり、きれいに掃かれている古い石畳の道を歩いていく。
中央に粒の大きい砂利がひろがり、右端に二つ、左端に二つと、ベンチが計四つ、均等に置かれている。ここは古い神社と言われるわりに建物は新しい。