第二章 龍神の剣の世界へ(十二)
龍神の剣の世界へ来てしまった進。ゆっくり考える間もなく、山んばやオオタカと会い、そして森で金助と出会う。霧吹きで気絶させられた後、目を覚ますと…
オレは暗闇の中にいた。木の床が肌に心地いい。
ああ…やはり今まで見ていたことは全部夢だったんだ…だって、ここは室内だ。草原じゃない。
起き上がる。もちろん鎧など着ていない。
それはそうだ、だって夢だもの。きっと制服を着たまま眠ってしまったのだろう。
やれやれ…。
辺りを見回す。随分殺風景な気がする。まあ確かにオレの部屋は殺風景なんだが…嫌に物が少なく、狭い。
「あ…」
違う!ここは店だ。金助の店だ。
そうだ。オレは変な液体をかけられて、気絶させられたんだっけ…。
「くれえなぁ…見えねえ…電気、電気…」
どうやら縛られてはいなかった。麻のような服は着ていたが、鎧や剣はなくなっていた。そして裸足である。袋はちゃんとそばに残されてあったが中を確認すると、いくつかのアイテムが無くなっていた。
オレは龍神のうろこがなくなっていないか確認する。あれが取られたら大変だ。
うろこは入っていた。盗まれずに済んだ。
周囲には道具類がなく、絵やら袋やら、鎧やら、干し草やらがきれいに消えていた。カウンターの テーブルはそのままで、シャベルのようなものと、植木鉢が残されてはいたが、あとはないのだ。
「どうなっているんだ…」
オレはカウンターの奥の扉を開けてみた。そこには藁や薪のようなものがいくらか置かれていたが、あとはがらんとしていた。
「引っ越した?」
そうとしか思えなかった。そういえば、いったん店に戻って来た時、道具類が少し片付いていたような気がする。
金助はオレを置いて、出て行ったのだろう。
そう言えば会話の最中、オレは知らないことが多すぎて、うまく答えられなかった。こいつは使えないとでも思われたのかもしれない。奴の態度は途中から妙にそっけなかったし。
全く、ずる賢くてドライな奴だ…。
何か口の中で妙な味がした。苦くて、甘い味が口の中で残っている感じだ。オレは気分が悪くなって、その場で唾を吐いた。
「何だこれ…変だな」
顔にかけられたあのスプレーのせいかもしれない。
そういえば、気絶しても元の世界に帰れなかったな…じゃあどうすれば帰れるんだろう…来たときは気絶していたのに、何でこっちで気絶しても帰れないんだ…。まさか死なないと帰れないとかじゃないよな…何だか心もとない気分になる。
宗兄はどこにいるのだろう…この世界に来ているとは思うのだが…ちゃんと生きているのだろうか。どこかで元気で暮らしているのだろうか…。
その後、オレは外に出た。真っ暗で、何も見えない。何時ぐらいだろう。
どこかでフクロウの鳴き声が聞こえた。
山んば達が心配してオレを捜しているかもしれない…。
オレは目が慣れてくるのを待って、暗がりの薄い場所を目指して森を出た。
森の外は月上がりで草原の様子が確認できた。風が吹いては草が一斉にそよいでいる。何だかその音が妙に怖い。
月明かりを頼りに、山んば達としゃべった場所まで歩いて行った。もう戻ってきているかもしれない。
裸足なので、足元に気を付けながら歩いた。着地の感触から妙に足の裏の厚さが増したような気がする。あまり地面の冷たさなどが気にならない。とがった石など踏んでも、それほど痛みを感じないのではないかと思われるぐらいに。
何だか手が前よりも少し細くなった気がする。体も以前より少し縮んだような…。
月の照らす明るい場所へ来た。山んば達はどこにもいない。ここに戻って来た形跡も見られない。
いったいどうし……ん?
オレは異変に気づいて自分の手をまじまじと見た。何だか緑色をしている…。
「はあっ?」
足も緑だ。
「へええ?どうして?やばい!やばいよ、これ!」
オレは叫びながら、走った。
確か、向こうには湖がある。龍神がいる湖だ。そこに行けば自分の今の姿が分かるはずだ。
草原を突っ切って走る。とにかくまず自分の姿を確認したい、その一心だった。
すると、右前方から声が。
「かかっちゃいねえな」
「場所を変えるか」
オレはとっさに身をかがめた。草の丈よりも低い位置でじっとする。そして、草の隙間から声のした方向を見る。
山んばの声ではない。低い声だ。二人いるようだ。
もしや人間?
オレは少し期待をして、声の主を捜した。
どこだろう、姿は見えない。声も一向にしない。そのまま十分ほど経過した。
妙だな…どこかへ行ってしまったのかもしれない…。
オレはゆっくりと立ち上がってみた。中腰になって辺りを見る。やはり誰もいない。月明かりの中、草原に独りぼっちだ。
オレは中腰のまま、再び歩き始めた。しばらく行くと、急に近くでガサッという音がした。大きい影が見えた。何かが立ち上がったのだ。
オレは慌てて草の中に身を隠す。
再び声が響いた。
「これでいい。明日また来よう」
「エサが少なくないか」
さっきよりも声が近い。
オレは声のする方を見た。
月明かりの中、いくつもの渦を巻くような癖毛の髪が見えた。そこから歪な二本の細い角が飛び出している。体に腰布を巻いており、裸であった。もう一匹も似たような格好であるが、そっちの体はやせていて、背も低かった。
体の色ははっきりとは分からないが、大きい方が赤っぽく、小さい方が青か紺のようだった。
鬼だ…。
魔物である。見つかったらやばい。今は武器も鎧もないのだ。
「よし。行こう」
「あちらは期待できそうだな」
何をやっているのだろうか…エサがどうとか言っていたので、動物をとらえる罠でも仕掛けているのか…。
ガサガサと動き出す。
まずいぞ。こっちへ来る。
ここから離れた方がいいだろう。
オレは音を立てないようにしゃがんだまま、そろそろと前へ歩き出した。
ガサガサ、ガサガサガサと草をかき分けてこちらへ来る気配がする。だが、二匹の足がどこに向かっているのか、そのはっきりした位置がつかめない。
オレは前に進んだものか、このまま動かない方がいいのか悩んだ。
「うさぎ、うさぎ」
「たぬきだ、たぬきがいい」
「人もいいな」
「それはいい」
二人の声がだんだんと近づいてくる。
やばい。移動しようか、このままでいようか。いや、駆け出した方がいいかもしれない。足には自信がある。しかし、鬼の足というのは速いのだろうか。
二匹がどこに向かうのかがつかみづらい。
接近してくる気がするので、オレは慎重に進むことにした。
ガサッ。
思ったより自分の立てた音が大きいので足がすくむ。
オレは足早に歩いて行った。
すると、声が反応した。
「んん?」
「どうした」
「何か音がしたな」
まずい!
「…どのへんだ」
「そこだ」
「行ってみるか」
ザシュザシュザシュと草を踏む音がどんどん近づいて来る。
オレは身をこわばらせて動けずにいた。動いたら位置がはっきりわかってしまう。
草の隙間からちょうど右側に太い足が見えてきた。
まずい、見つかる!
観念するオレ。しばらく動かないで身を固くした。
すると…。
「こんなところでうずくまって、何してるんだ、おめえ」
と真上から声がした。
あれ…。
オレは仰ぎ見る。
鬼達の顔が見えた。赤い方はもじゃもじゃの黄色い髪をしており、その上に二本の角が生えている。目は細く、無精ひげが生えており、胸毛が濃い。小さい方はその半分くらいの背丈で、目が大きく、口が大きかった。体は細い。角は一本である。二匹の鬼は木の棒を持っており、その先に風呂敷のような物で包んだ塊を結わえていた。それを肩に担ぐようにして持って歩いて来る。
鬼達は不審そうにオレをじっと見つめている。下手に動かなければ、危害を加えられることはなさそうだ。




