第二章 龍神の剣の世界へ(八)
宗明の行方を追ってゲームをプレイ中、意識を失っていった進。目ざめるとそこは…。
何だか風を感じた。
あれ…おかしいな。部屋にいたのに、何で…?
窓が開いているのかな、風邪ひくから閉めないと…
「クアー!クアー!ケケケケ!」
小鳥の声も聞こえる…春はのどかだな。窓から部屋の中に入ってきてしまったのかもしれない。
「あんた、あんた。大丈夫かい。そろそろ起きねえと遅くなるよ」
ああ、女房の声だ。そうだな。早く野良仕事に向かわねえと。日が陰ってから行ったら、働く時間が短くなる…。
――あれ、待てよ。俺まだ結婚してなかったよな…たしかまだ高校生だった気がする…。じゃあ、この声は誰だ⁉ 部屋に知らない女と鳥がいるぞ
オレは驚いてはね起きた。
白い光が目に入って来た。まぶしい…。辺りを見回すと、周りは黄緑の草原だった。ところどころ白い花や黄色の花が点々と咲いている。おみなえしか、カモミールかそういった類いの花なのだが、どことなく違う気もする。
「えっと…こんなとこに…?」
うちの近所にこんな場所あったか?
「あんた、やっと起きたかい。うふふ」
さっきの若い声だ。嫌になまめかしい。
いったい誰……
オレはその女性の顔を見た。
妙な違和感を感じる。体は細いが、身長はオレぐらいあるようだ。薄笑いを浮かべていた。能面のような白さである。目尻にしわをつくって笑っていた。やや三白眼で、大きい瞳をぎらつかせて見ている…美人ではある。だが、口は唇は朱を入れたような色をしていて、端からぶっ太い犬歯がのぞいていた。
生地の厚い、白い着物を着ていて、袖や裾に、ところどころ泥がついている。血のような赤いシミも交じっていた。
何だか体がぞくっとした。
見たことはあるが、人間じゃない気がする。
これはもしや……山んば。ええ?山んばなのか?じゃあ、やっぱし俺はゲームの世界に来てしまったのか?
じゃあ、この山んばはオレのパーティにいた、あの山んば?絵では三白眼だったし、おばあさんだった気がするが…じゃあ、あの鳥はオオタカなのか?
オレは鳥の方を見た。全身は茶色と白のまだらの羽に覆われ、よく見ると、ところどころ灰色が混じっている。顔はハヤブサのようで目は黄色くて丸く、中の瞳は黒い。くちばしの先は鋭く、精悍な感じだ。ゲームの印象をリアルにしたような外見だった。どう見ても小鳥ではない。
「どうしたんだい、あんたぁ」
「へっ?」
「へっ?…ああ、わかった。「減った」みたいだね。腹がさ…。じゃあ、ひとっ走り行って何か取ってこようかねぇ…ああ、この山の奥にはうまいキノコが生えていたのう…」
山んばらしきその女は、後ろを振り返る。そしておもむろに立ち上がり、急にパッと駆け出して行った。突風がぶわっと顔にかかった。風圧で思わず目をつぶるオレ。
目を開くと、そこに女はもういなかった。
「はええ…」
呆然としていると、オオタカが雄たけびを上げた。
「グアー!」
そして翼を広げて数回はばたくと、山んばの行った方向へ飛んで行った。
誰もいなくなった草原に一人、ぽつねんと取り残された。
「ええと…」
やはり帰りを待っていた方がいいだろう…だが、それを待って、見知らぬ世界のキノコを食べさせられるのかと思うと、何だかここから逃げ出したくもなって来た。オオタカの方もキノコ採りを手伝いに行ったのだろうか…あれも魔物だから普通の鳥ではあるまい。キノコが好物なのかもしれなかった。
まあ予定通りと言えば予定通りだ。何しろゲームの世界に来られたのだ。これで宗兄をリアルにさがすことができる。しかし、どうやってここから出ればいいのだろうか。というか、出られるのか…。
オレは立ち上がった。少し遠くに森が見える。背後には湖が見えた。山んばが帰って来るまで、森の木陰でも行って休んでいようと思った。ここは日差しが強い…。
立つとき、ジャラッ…と音がした。
重っ…
見れば群青色と水色が混ざったような鎧を着ていた。籠手もしている。腰の左には剣も差していた。地面には丸い木造の盾と大きな白い頭陀袋が転がっている。これはこの世界のオレの持ち物だろう。
そういえば、最後に装備していたのは「渦巻き模様の剣」と「空色の鎧」だった。それだろう…手足をよく見ると部屋にいたときより筋肉質で太くなっており、皮膚も少し色黒になっていた。その体は自分のようで、自分でないような感じで、妙な気分になった。ただ、手の皴を見ると、まぎれもなく自分であり、この世界で生きてきた自分の肉体なのだろうな、ということに合点がいった。
オレは森の方へとゆっくり歩いて行った。随分歩いた頃に、ふと気づいた。
「あ、待てよ!」
そういえばこっちの世界へ来る前に、龍神と戦っていたよな…じゃあ、先に湖に行った方がよくないか?そこでやることがある気がする。
しかし森はもう目前だ。まあ…それは山んば達が戻って来てからでいいか。
オレは肩にしょって持ってきた頭陀袋の中を漁った。干し草の束やら、妙な形の陶器に入った液体やら、毛皮やら見慣れぬ文字で書かれたお札やらが入っており、その中に緑色の細長い物があった。よく見ると、表面に低くて丸い突起がたくさんある。押せばへっこみそうな柔らかさだったが、曲げても折れないような硬さだった。形も少しいびつで、どことなく魚のような匂いがした。そこからそれが人工物ではなく、生物の一部と想像できた。
「ああ、あった。これが龍神のうろこだな…」
直感でそう思った。しばらく見ていると何となくだが、その道具が何か分かるのである。
オレは確認を終えると、うろこをまた袋の中へ戻した。
それにしても、この辺はのどかだが、魔物は出てこないのだろうか…。
もし襲ってきたら倒せるかな――オレは剣道やフェンシングの経験もない。
オレは恐る恐る森の中に入って行った。普通の森だが、木の幹や葉の色が少し薄い気がした。どことなくパステルカラーで色付けしたような感じなのだ。「龍神の剣」のイベントが発生した時のデモ画面の色彩に近い気がした。




