第二十七話……御旗盾無、御照覧あれ!
勝頼に従うものは次々に逃げ散り、今や50余を数えるほど……。
天目山の地で、勝頼はささやかな陣を張り、従者に家宝の盾無し鎧を用意させる。
上座に据え置いた後に、皆で手を合わせた。
『……かような儀になりました事、誠に申しわけ無き候』
そして、盾無し鎧の正面に信勝を座らせる。
「……この度、我が嫡子信勝が武田家の家督を相続しまする! 御旗盾無し御照覧あれ!」
なけなしの濁り酒を皆に配り、文字通り草派の陰でつつましく信勝の武田家統領就任を祝った。
「……信勝。すまぬ」
「いえ、父上こそ、今まで陣代のお勤めご苦労様でした!」
時が時なれば、居並ぶ家臣が勢ぞろいした中での華やかな舞台だったであろう。
それが、落武者然とした雰囲気での就任式だった。
勝頼は信勝に申し訳なく思う……。
しかし、この儀により、信勝は正式な武田家の統領となり、勝頼は『陣代』としての役目を終えた。
勝頼や主従は涙を浮かべる中、信勝は盾無し鎧を身につけた。
勝頼の妻である北条夫人は、その晴れ姿を涙で正視出来はしなかった。
――その北条夫人の辞世の歌。
「黒髪の乱れたる世ぞ果てしなき 思いに消ゆる露の玉の緒」
……裏切りに溢れ乱れ切った世。
想う私の気持ちは露と消え落ちようとしています。
彼女は14歳で勝頼に嫁ぎ、その年齢で多くの家臣たちの裏切りを見てきた。
その胸中は如何ばかりであっただろう。
彼女もまた、天目山で僅か19年の生涯を閉じた。
――
「勝頼様! 敵が迫っております!」
「よし、者どもついてこい!」
期せずして、陣代という不安定な立場で、織田信長や徳川家康といった英傑たちと渡り合った諏訪勝頼。
もし正式な武田家統領として戦うことが出来たなら、また歴史は違った展開を見せたかもしれない。
時に武田勝頼37歳。
信玄死して9年目のことであった……。
この二か月後。
本能寺の変が起こる。
豊臣秀吉が天下を統一したのは、勝頼や信長が死して僅か9年後のことだった……。
今も甲斐の山々は、黙して何も語らない。
(完)
お陰様で完結の運びとなりました。
応援いただき誠に感謝です。
2021年7月2日
黒鯛の刺身♪
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