幕末にタイムスリップした文学少女は、牛乳に苦しむ村を救って伝説になる。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
「あの森の上の入道雲がよぉ…… ずっと、おねぇのままなんだ」
農民が困り顔で指す方向には、上部が爆乳の如く膨らみ、下部に棹がついた形の雲が湧いている。
農民曰く、入道雲が 『聖女』 の時は普通の夕立だが、 『おねぇ』 だと……
と、ここで、ぽつり、と白い雫が落ちてきた。
「○液?」
「いや牛乳だべ」
「なら集めて飲めば」
「たまにはいいけんど…… 毎日じゃ、腐るべ」
確かに、私がタイムスリップしてきたこの幕末っぽい村は、臭い。
時代的なものかと思ったが、実は牛乳だったのか。
――― 言い伝えでは、村で亡くなった子らは天界に住み、世話をされて何不自由無く暮らしているという。
日照りで亡くなった子には聖女が水を与え、飢饉で亡くなった子にはおねぇが牛乳を与え、その渇きや餓えを満たすのだとか。
牛乳しか降らなくなったのは、ここ数年、害虫が大量発生したせいで飢饉が続いているからだそうだ。
「最近は臭くなりすぎて害虫も来ねえけど」
「ふむ。ならば、文学少女の知識と経験でなんとかしてみよう」
ざぁざぁと降る牛乳の中で、私は不敵に笑ってみせたのだった。
この村で育てるならばやはり、観光産業だろう。
キャッチコピーは 『牛乳の理想郷』 だ。
村人と協力して溝を掘り樋をかけ目の細かい竹ザルを使い、降る牛乳を濾過しつつ溜める仕組みを作った。
集めた牛乳は、主に牛乳風呂に使う。
ごく綺麗な一部だけが食用である。蘇や酪を作り、まずは領主に献上した。
領主を通じて、セレブな奥様方に宣伝をかけてもらうためである。
『楊貴妃の風呂と食事で玉の肌』 を売り文句にしたところ、まずは領主の奥方、次いで家来の奥方、次いで隣藩の領主の奥方…… と、どんどんと人が集まり始めた。
やがて、噂が広がり都からも旅人がやってくるようになった。
問題の牛乳臭は、田畑に乳酸菌培養土を多めに加えることにより、腐臭ではなく発酵臭に変えた。
これにより、田畑の土は養分豊富になり、しかも作物に害虫がつきにくくなるという余剰効果がつき、結果、収穫が増えた。
これぞタイムスリップの醍醐味。
何もかも上手く行ってウハウハである。
しかし、問題はまだあった。
「最近、おねぇの入道雲立たねぇべ」
豊かになって餓死者が出なくなると、降乳量も減ってきたのだ。
こうなれば牛を飼うしかない。
「ちょっと酪農学んできます」
――― 後世、己が 『牛乳ドラゴン』 と呼ばれ伝説になることを、安房国に旅立った私はこの時まだ、知らなかった……。