特別な日に、特別な贈り物を
目が覚めたら、いつもの天井がそこにあった。
ここはベッドの上。正確に言えば二段ベッドの下の階であり、見上げた先にあるのは天井ではなくて、ベッドの二階部分。首を少しだけ左に傾けると、心配そうにこちらを見つめるシャンテと、その隣で同じようにつぶらな瞳を向けるロブの顔があった。
「えっと……」
ニーナは上体を起こした。額に乗っていた濡れタオルがずり落ちる。
「まだ無理しちゃダメよ」
「うん、でもたぶん大丈夫」
服もいつのまにかパジャマに変わっている。きっとシャンテが着替えさせてくれたのだろう。まだ頭は少しぼんやりとしているけれど、とりあえず家に戻ってくることができたみたいだ。
「それより私、あれからどうなって……」
魔女に捕らえられていたところを助けてもらって、シャンテに手を握ってもらったところまでは覚えている。あのときはシャンテの顔を見てほっとしたのだが、同時に気が抜けてしまったためか、そのあとの記憶がない。どうも意識を失ってしまっていたようなのだ。
「残念ながら魔女は取り逃がしたわ。アイツ、家のなかに<風紋>を用意していたのよ。しかも逃げる際に家は燃やすわ、けしかけてきた手下の男どもは平気で切り捨てるわ、相変わらずめちゃくちゃよ。死人が出なかったことが奇跡だわ」
「そうだったんだ。ごめんね、色々と迷惑かけちゃって」
「なんでニーナが謝るのよ。むしろアタシたちの方が……」
急に涙ぐむシャンテに、泣かないで、とニーナは慌てて頬に手を寄せる。
「……巻き込んじゃってごめん。ニーナはなにも悪くないのに、本当なら狙われるべきはアタシたちのはずなのに、苦しい思いをさせてしまってごめんなさい」
「シャンテちゃんだってなにも悪くないよ」
「そうだぜ、今日の件は全部俺が悪いんだぜ」
「ロブさん?」
「もとはといえば俺が、ニーナが一人きりになるような計画を立ててしまったのがいけなかったんだぜ」
「でもそれはだって、そうする必要があったからで、ロブさんが悪いわけじゃないですよ!」
「二人とも、なんの話をしているの?」
一人だけ事情を知らないシャンテがきょとんとした顔で二人を見るので、ニーナは事情を話すべきかどうか戸惑った。本当ならプレゼントのことを話すべきではないけれど、ここで秘密にすると、それはそれで傷つけることになってしまうかもしれない。
そう思ってロブに目配せすると、ロブも同じように考えていたのか深く頷いた。
「俺がニーナに、シャンテの誕生日プレゼントを作って欲しいって依頼してたんだ。メイリィからの依頼っていうのも実は嘘で、本当はプレゼントを作ってくれてたんだぜ」
あっ、とシャンテは小さく息を呑んだ。
「そっか。だから今日兄さんはあんなにも探索に積極的だったんだ。アタシがすぐに家に帰ってしまうと、ニーナが調合する時間がなくなるから」
「そういうことなんだぜ。いまにして思えば、その判断は間違いだったんだけどな」
シャンテは数時間前の、家の後片付けをしていたときのことを思い返す。ニーナが起きたときに悲しまないように、家のなかを整理していたシャンテは、ついでに失敗作がこびりついた錬金釜も洗った。その様子を間近で見るロブが悲しそうな目をしていたのはそういうことだったのかと、いまになってようやく理解した。
あの黒くてぶよぶよした失敗のあとは、本来は自分が受け取るはずだったプレゼントだったのだ。魔女が邪魔しなければ、大切な友達から贈り物を受け取ることができたのだ。そう思うと悲しくなって、また涙が込み上げてきた。
「……許せない!」
そう口にしたのはニーナだった。
えっ、とシャンテは顔を上げる。
「だってほんとは私たち三人とも悪くない。悪いのは全部あの魔女だ。それなのにシャンテちゃんもロブさんも悲しそうで、私も悲しくって……こんなの絶対おかしいよ! ね、シャンテちゃんもそう思うでしょ?」
「それはそうだけど」
「だからもうみんな、ごめんなさいは禁止。私ももう謝らないから! それと今回の件はシャンテちゃんもロブさんも悪くないんだから、これ以上私とかかわらないようにしようとか、迷惑をかけないように旅に出ようとか、そんなこと考えちゃ嫌だよ?」
「でも……」
まさにそう考えていたシャンテは言葉に詰まる。
「でも、も禁止! だって私、自慢じゃないけど、二人と一緒じゃなきゃすぐに村に逆戻りする自信があるもん。シャンテちゃんたちが側にいてくれるから私は頑張れるんだ。第一、この家の家賃を一人で払っていくなんて無理だよ。ね、だからお願い。一人にしないでよ」
ニーナはシャンテの両手を祈るような形で握った。
目を丸くする妹にロブが、俺たちの負けだな、と笑みを浮かべる。
「そういうことだからロブさん、私にもう一度依頼してよ。今日の朝だって魔女に邪魔されるまですごく上手くいってたんだ。次は絶対に成功させてみせるから、もう一度チャレンジさせてもらえないかな?」
「もちろん、俺からもよろしく頼むんだぜ」
ニーナはベッドから抜け出して、さっそく調合に取り掛かろうとする。
けれど歩き始めてすぐにふらついてしまって、シャンテに寄り掛かってしまった。
「まったく、その気持ちは嬉しいけれど、今日ぐらい安静にしなさいよ」
「あ、あはは。そうだね、無理してごめんなさい」
「ごめんなさいは禁止じゃなかったの?」
「あっ……えっと、支えてくれてありがとう。それと、助けに来てくれてありがとう。これからもどうぞよろしくお願いします」
「なんで敬語なのよ。……こちらこそ、兄ともどもよろしくね」
恥ずかしそうに目を逸らす仕草が可愛くて、ニーナはシャンテのことをぎゅっと抱きしめる。そのぬくもりこそが、シャンテにとってなにより特別な贈り物になっているとも知らずに。




