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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
8章 特別な日に、特別な贈り物を
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大魔女 VS 稀代の魔法使い

「どうやら招かれざる客が来たようね」


 扉を開けた先には、怪訝そうな目を向けてくる魔女リムステラがいた。

 なにかの実験中だったのだろうか。テーブルの上に置かれた瓶を、アルコールランプを使って熱している。シャンテの視線は、自然とその瓶の中身に引き寄せられた。


「ニーナ!」


 まさか、という思いでいっぱいだった。

 瓶のなかでニーナがぐったりとしながら、それでも溺れないように懸命に泳いでいる。顔は真っ赤で、息を吸うのも苦しそうで。すぐにでも助け出したいと槍を構えて踏み込もうとしたが、それを兄は手で制止させる。


 そして兄は一歩踏み出した。こいつは俺がやる、とその背中が語っていた。


「そんなに怖い目をしないで、せっかく久しぶりに会えたんですもの。少しお話でもしましょう」


 リムステラはそう言って口元に笑みを浮かべるが、目はまったく笑っていなかった。ロブを最大限に警戒しているのであろう。杖を手に油断なくロブの様子を観察している。


 しかし、そんなことロブには関係がない。罠だろうと警戒されていようと、真正面から向かっていけるだけの力が兄にはあるのだ。


 渦を巻く突風。魔女の黒髪が揺れる。テーブルの上の瓶がふわりと浮かび、そのままこちらに向かって転がってテーブルの下まで落ちた。その勢いでニーナは床にころがり、ケホケホと苦しそうにしている。そこへロブがニーナに向けて手をかざし、魔女がかけた<小人化の呪い>を解いた。


「ニーナ、しっかりして!」


 すぐさまシャンテはニーナのことを抱き寄せた。体は熱く、顔だけでなく手も足も真っ赤になっている。どれだけ苦しい思いをしたのだろうか。想像するだけで胸が苦しくて涙が自然と零れ落ちてくる。


「シャンテちゃん……」


 そこへ、ニーナが弱々しく手を伸ばしてきた。

 シャンテはその手を強く握りしめる。


「手、ひんやりしてて気持ちいい」


「バカ。アンタが熱すぎるのよ……!」


 ──ごめん、ニーナ。アタシたちと関わったせいで。


 シャンテの胸に自責の念が押し寄せる。言葉が詰まって、なんと声をかけたらいいのかわからない。ニーナの苦しそうな姿をこれ以上直視できなかった。


「シャンテ。ニーナを抱えて後ろに下がれ。こいつは俺が引き受ける」


「……わかった」


 シャンテは言われた通りにニーナを抱きしめたまま後ろに下がった。

 下手に前に出れば足手まといになってしまう。特に、いまのような乱れた心のままでは。


「ねえ、一つだけ訊きたいんだけれど、どうやってここまで来たの? プレゼントは残していったけれど、追い付かれるような痕跡は……」


「匂いだ」


 魔女が怪訝そうな顔を見せる。


「お前からは花の蜜のような甘ったるい匂いがする。実に不愉快だ」


「ふーん、なるほどね。高く飛ぶと誰かに見られちゃうと思って低い軌道で帰ったのだけれど、まさかそれが裏目に出るなんてね」


 ふわりと浮き上がる魔女。リムステラの足が木床から離れた。黒いワンピースの裾がなびき、その内側から植物のつるのようなものがうねうねと伸びてくる。前回戦ったときには見せなかった力である。


 周りを見渡せば、家中に飾られてあった植物も同じように蔓を伸ばしている。リムステラはここへロブたちを誘い出すつもりは無かったようだが、それでも侵入者に対して迎え撃つ準備はしていたということか。


「安心しろ。お前たちは俺が守る。だからなにがあってもそこを動くな」


「うん、信じてる」


 四方より襲い来る触手たち。そのすべてをロブはノーモーションで凍り付かせる。そこへリムステラのスカートから一際太くてたくましい蔓が鞭のようにしなりながら飛んでくるが、これもロブは光の壁で弾くと、さらに蔓を凍らせる。そしてそのまま氷は蔓を侵食していった。


 リムステラはすかさず蔓を切り離すことで、これに対処する。


「さすがね。まったく衰えていないようで嫌になるわ」


 リムステラは余裕の笑みを見せるが、しかし内心ではかなり苛立っていた。

 義眼の力もこの男にはまるで通じない。妹の方も義眼の力を知られているからか、先ほどから目が合わずにいた。


「お前はずいぶんとぬるい攻撃をするのだな」


 ロブが一歩前に進み出る。するとそれだけで部屋の半分近くが凍り付いた。室温もぐっと下がっており、部屋に飾ってあった植物たちも枯れていく。


「仕方がないじゃない。私の大切な杖を折ったのはあなたでしょ。世界に一つしかないお気に入りだったのに」


 リムステラの後ろで赤いバラの花びらが渦を巻くように舞う。

 そしてそれらが魔女の指先によって命じられるがままにシャンテたちへと襲い掛かった。


 しかしいくら手数を増やしてもロブには通じない。

 花びらの全てを凍り付かせると同時に、魔女が秘かに床下や天井を通じて伸ばしていた蔓を見破り、先んじて凍らせる。そこへさらに魔女の後ろに控える草花が花粉のようなものを飛ばしてくるが、それもロブは冷静に風で押し返した。


「ほんと、強すぎて嫌になっちゃうわね!」


 花びらの幻惑にも動じないロブに対し、今度は太い蔓を駆使して、魔女の後ろに置かれてあった大きなサイズのベッドを投げ飛ばしてくる。

 それをロブは片手一本で軽々と払いのける。ところがそのとき、ベッドの下からなにやら見覚えのある魔法陣が姿を現した。


 それは空間転移を可能とする<風紋>である。


「逃がすと思っているのか」


 ロブがまた一歩前に進み出るが、それに合わせるように魔女がぱちりと指を鳴らす。すると視界の隅で鳥かごが落下。そこから鳥とネズミと蜘蛛が飛び出てきた。三匹はみるみるうちに大きくなり、人間の姿へと変貌を遂げる。


 その姿を見てロブは表情を険しくした。男たちが、<青空マーケット>で絡んできた酔っ払いどもだったからだ。


「この三人は……そうか、あれもお前の手引きだったのか」


「そうよ。いいアイデアだったでしょ。まあ、せっかく降らせた雨も、あなたのせいで意味がなくなってしまったけれど」


 男たちは突然のことに混乱しているのか、驚きの表情で魔女を見る。この戦いに巻き込まれるとは思ってもみなかったようだ。

 魔女は細い蔓のようなものを三人の首元に挿した。男たちの体がびくんと、跳ねるように波打つ。


「おい、こいつらになにをした?」


「デゼディシレーション。ちょっとしたお薬よ。知ってるかしら?」


 ロブはそれに答えないが、もちろん知っていた。かつてムスペルがゴンザレスに飲ませていた、黄色い錠剤である。知能レベルを著しく下げる代わりに、鋼のような肉体を得られるものだ。どうやらそれを液体状にして、首から投与したようである。


「さあお前たち、死に物狂いで邪魔者を排除しなさい」


 三人がふらふらと近づいてくる。目の焦点があっておらず、意識は朦朧もうろうとしているようだ。

 一番大柄な男が姿勢を低くする。そして弾かれるように前へ、猛スピードでタックルを仕掛けてきた。それをロブはなんなく光の壁で弾くのだが、それでも男たちは怯むことなく狂ったように向かってくる。


 そうしているあいだにもリムステラは風紋の上へ。彼女が飼っていると思われる猫も魔法陣の上に乗った。


「待てっ!」


「嫌よ。どうしてもというのなら追ってきてみなさい」


 リムステラが自らの家に火をつけた。

 手下ともども、ロブたちをここで始末する気なのだろう。


 そうはさせまいと、ロブは男たちを魔法の力で押さえつけながらも無数の氷刃を作り出し、魔女に向けて一斉に飛ばしたが、リムステラは自らの前に木床をせり上がらせて壁を作り、それを防いでしまう。ロブは稀代の魔法使いだが、相手もまた恐ろしい力を持った大魔女なのである。


 しかしその壁を貫くものがあった。シャンテが投じたフレイムスピアだ。

 その切っ先が魔女の顔面へと一直線に向かっていく。


「……っ!?」


 血飛沫が舞う。魔女は間一髪のところで首を傾けたのだが、しかし躱しきることはできず、ざっくりと切れた右頬からは血が噴き出した。


「本当にムカつく兄妹ね。嫌な記憶が蘇ってきたじゃない」


 前回の戦いでもリムステラは、ロブとの戦いの最中にシャンテの槍を腹部に受けた。この傷が致命傷となり敗北したのも同然だった。だから今回も油断した覚えはないのだが、氷の刃を防ぐために作りだした壁が自らの視界を遮ったことで、結果として頬を傷つけることとなってしまった。またしても最後にしてやられたと、リムステラは悔しさをにじませる。


 しかしいまは逃げることが先決だ。ロブを相手に無理をしてはいけない。

 リムステラは苦渋の表情を浮かべながらも<風紋>を通じて、シャンテたちの前から姿を消すのであった。

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