追跡
帰宅したシャンテとロブは、その異常さにすぐに気が付いた。
「窓ガラスが割れている……!」
破片が家の外側に向かって飛び散っている。つまり家のなかでなにかがあったんだ。
けれどそれを目にしたときはまだ、シャンテは軽い気持ちでいた。きっとニーナが調合に失敗して窓ガラスを割ってしまったのだろう。本来ならあり得ないが、ニーナならやりかねない。
そんな事を想いながらシャンテは、割れた窓から室内の様子を見たのだが。
──なにこれ、なんで家のなかがこんなにも荒れているの? それにニーナはどこ?
床に散らばる調合道具。天井や木床は穴が開き、テーブルもへし折れてしまっている。
シャンテはすぐさま玄関口まで戻ってドアに手を伸ばした。どういうわけか鍵はかかっていなかった。
「ニーナ! どこにいるのっ!」
シャンテは叫んだ。この荒れた惨状が調合の失敗によるものなら、まだいい。
けれどこれがもし、誰かに襲われてできたものだとしたら。シャンテの胸のうちに嫌な予感が急速に広がっていく。
でも、ニーナを襲うとしたらいったい誰が……?
「魔女だ」
「……えっ?」
兄が口にした予想外の言葉に、シャンテは思考が追い付かない。
「魔女の匂いがする。花の蜜のような甘ったるい香りだ」
「なんで? なんでアタシたちじゃなくてニーナが!?」
「わからん。だが、こうしているあいだにもニーナが危ない。行くぞ!」
わけがわからない。
でも兄の言う通り魔女に狙われたのだとしたら、ニーナの命が危ない。
シャンテはロブを背負い直して家を飛び出した。
「あっちだ!」
ロブが嗅覚を頼りに、魔女が逃げた先を特定する。ブタの嗅覚は人間の何倍も優れており、それによるとどうやら魔女は、家の裏手に広がる森の奥へと逃げていったようだ。
シャンテは兄の指示に従って森のなかを駆けていく。逸る気持ち。<ハネウマブーツ>の能力を最大限に引き出して、ぐんぐん加速していく。すぐに息苦しくなったが、いまはそんなこと気にしていられなかった。
「はっ……はっ……!」
自分の息遣いが耳元で聞こえる。胸が締め付けられるみたいに苦しい。でもこの胸の苦しさは走っているからでも、魔力を消費しすぎたからでもない。魔女の恐ろしさを知っているからこそ、ニーナのことが心配でたまらなかった。
「止まれ!」
ぐっと両足に力を込めて踏みとどまるように、膝を曲げて勢いを殺す。そしてすぐさま身を翻して、匂いが途絶えた場所まで戻る。
「ここなの?」
シャンテは肩で息をしながら周りを見渡した。
ここにはなにもない。マナの木が間隔を保って群生しているだけだ。僅かな木漏れ日の下で草花が精いっぱいに咲き誇っているが、それだけである。
しかしロブはここに魔女がいると確信しているようだ。
ロブはシャンテの背中から降りると、呪いを解いて人間の姿へと戻る。そしてマナの木に手のひらをかざした。すると木の幹にぽっかりと空洞が開いた。どうやら魔女は、入り口を魔法で巧妙に隠していたみたいだ。奥を覗くと、木製の丸みを帯びた両開きの扉が見える。
「行くぞ」
「……うん」
兄は怒っていた。当然だ。大切な人が魔女の手により攫われたのだから。シャンテは息を整えるとフレイムスピアをしっかりと握り直す。
ロブが怒りをぶつけるように扉を押し開ける。




