あの日の真実①
当然のことながら、家のなかはやりかけの調合道具が残ったままだった。丸いテーブルの上には素材の瓶が並び、錬金釜のなかは<マナ溶液>で満たされている。レシピブックもテーブルの上に開かれたまま。そんな家の内部を女性は興味深そうに見渡している。
どうぞこちらに、とニーナは女性に椅子に座るように促す。そして自分はランタンから<ヴルカンの炎>を取り出して、もう一度錬金釜を温め始めた。
女性は静かに椅子に座る。長い足をきちんとそろえ、両手は膝の上に。顎は少し引き気味にして、背筋を正して椅子に腰かける。その姿だけでも絵になりそうな美しさである。どこかの貴族のお嬢様だと言われても、素直に頷いてしまいそうだ。
ニーナは<マナ溶液>が沸き立つのを待つ間に、水出しのアイスティーを透明のグラスに入れて、相手に差し出した。
「今日はご相談ということでしたが、まずはお名前をお伺いしても?」
「まだ名乗っていなかったわね、ごめんなさい。……ステラというの」
そう言ってステラはアイスティーに口をつける。
「プレゼントを贈りたいということでしたが、こういうものを贈りたい、というイメージのようなものはありますか?」
「記憶に焼き付くようなものがいいわ」
これまた抽象的で難しい表現である。
見た目が派手だとか、とにかく大きいだとか、一目見て記憶に残りそうといった意味だろうか。ニーナは、瓶から取り出した素材を計量しながら考える。
「ちなみに相手の男性はどのような方なのでしょう?」
「そうね……見た目は丸っこくって、可愛らしいわ」
「はぁ……」
丸くてかわいいということは、相手はぽっちゃりさん?
「普段はとぼけた顔をしているのだけれど、やるときはやる人よ。意外と喧嘩も強くてね。とにかくギャップが激しい人なの」
うん、私の知り合いにもそんな人いるな、とニーナは思う。
まあ、いまはブタの姿をしているのだけれど。でも丸くてかわいいという意味でも、ブタの姿がぴたりと当てはまる。
「それはそうと、ここではあなた一人で暮らしているのかしら? 噂ではもう一人女の子と、あと喋るブタさんがいるって話だけれど」
「噂?」
「ええ、先日行われた<青空マーケット>で話題になってたお店なのよね」
「あはは……たしかに、良くも悪くも目立ってたとは思います」
ミスコンに出たり、超局地的大雨を降らせたり、あと<スロジョアトマト>をうねうねさせたり、そう、色々と。
「喋るブタさんをこの目で見てみたかったわ」
「すみません、もう一人の女の子と外出中でして」
「ちょっと吊り目がちなお嬢さんよね。噂では性格が悪いって聞いたけれど」
「えっ!? 誰がそんなこと言ってたんです? 全然、まったくそんなことないですよ! 私なんてもう、ほんとお世話になりっぱなしなんですから!」
噂というものはどこでどう間違って伝わるかわからないものだけれど、さすがにこれはひどい勘違いである。
ニーナは早く誤解を解かなくてはと慌てるけれど、するとなぜかステラはくすりと笑って、冗談よ、と言う。
「もう、ステラさん……!」
「ふふっ、ごめんなさい。でもそれだけ必死に噂を否定したってことは、あなたにとってよっぽどその人は大切な人なのね」
「ええ、そうなんです。かけがえのない大切な友達だから感謝の気持ちを伝えたくて、だから私は心のこもったプレゼントを贈りたいんです」
ぐつぐつと、<マナ溶液>が沸き立ってきた。
ニーナはステラに、これより調合を始めますと伝えて、錬金釜に向き直る。
「楽しみだわ」
ステラは優雅な微笑みを浮かべてそう言うが、ニーナはあえてこれに応えず、微笑みを返すだけにとどめた。
これから作るのは大切な友達へのプレゼント。だからステラのことは一度忘れよう。それぐらい集中して錬成に取り組まなくては、良いものを作ることはできない。
まずは<薬効ツユクサ>と<シアバター>を投入し、右回りに、釜の底からしっかりと掻き混ぜる。
次に<ローズヒップオイル>を入れて、今度は左回りにゆっくりと。このとき錬金スープの色は徐々に黄色から濃い緑色に近づいていく。そして完全に緑色になったら、<ヴルカンの炎>に命じて弱火に変えて、しばらくのあいだじっくりと掻き混ぜ続ける。
そして最後に投入するのが、今日素材屋で買った<太陽石の粉末>だ。もともとはオレンジ色をした手のひらサイズの石なのだが、これは粉末上のもので白っぽい色をしている。
これを釜のなかに入れて、弱火のまま、もう一度右回りにかき混ぜる。するとここまでさらさらの水っぽい液体だった、とろーりとしたクリーム状になる。色は濃い緑色のままだが、これで問題ないはず。あとは完成までこのまま弱火の状態でかき混ぜ続けて、最後に<神秘のしずく>を一滴垂らしてやれば、理想の品物ができあがるはずだ。
ニーナはシャンテの喜ぶ顔を想像しては頬が緩みそうになるが、もう一度気を引き締め直し、魔女の杖に似た<かき混ぜ棒>を通じて魔力を注ぎ込み続ける。ここで油断すれば苦労は水の泡。それに、お客さんの前で失敗するというのも恥ずかしい。最後まで集中力を切らさないようにしなくては。
「そう言えば<青空マーケット>では不自然な大雨が降ったという噂だけれど、なにより不思議なのは、大雨が降ったというのにお店はまったくの無事で、何事もなかったように営業再開できたって話よね。ねえ、あなた、なにか知らない?」
それまで静かに調合の様子を見守っていたステラが不意に話しかけてきた。しかも、どうも気になる内容である。
ニーナはそれに応えなかったが、つい耳だけは傾けてしまっていた。




