わくわく作戦タイム
「でもそっか、このときのためにロブさんはお金を貯めてたんですね。てっきり私は人間に戻った時に美味しいものをお腹いっぱい食べられるように、いまから貯金してるのかと思ってました」
ニーナは、器用にも椅子に座るロブの前に紅茶が入ったお皿を置いた。ブタの口だとティーカップに入れるとこぼしてしまいそうなので、いつもこうして平べったいお皿にスープを注ぐようにしているのである。ロブはそれを、椅子にお尻を付けて座りながら飲む。ニーナも向かい側に座って紅茶に口をつけた。
「美味しいものはいまでも不満なく食べさせてもらってるから、そういう願望はないよ」
「たしかに、シャンテちゃんの料理美味しいですもんね」
「そうそう。それでさ、プレゼントの話なんだけど、ニーナはなにを贈るべきだと思う? 俺、こういうの得意じゃなくてさ」
「うーん、普通の女の子なら可愛らしいもの? もしくはお洒落なものだと喜ぶんだろうけど、シャンテちゃんはいまでもじゅうぶん可愛いし、お洒落に関しても私なんかよりよっぽどセンスが良いしなぁ。それにいま思えば私、シャンテちゃんの好みを知らないや。ロブさんから見てシャンテちゃんの好きなものってなんですか?」
「そうだなー、料理とお洒落には人並に興味がありそうだけど、これまで長旅を続けてきたからか、節約生活が身についちゃってて、あんまり普段から物を欲しがらないんよ」
「たしかに、私と一緒に暮らすようになってからも、シャンテちゃんがものを欲しがってるところを見たことがないや」
贅沢品を好まないとなると普段の生活に役立つものがいいだろうか。でもだからといって新しい武器を調合して贈るのは、誕生日プレゼントとしてはふさわしくないように思う。
「だったら、調理道具を贈るのはどうでしょう? このまえ<青空マーケット>で巡った屋台で<カラフル火炎パウダー>って商品を見たんですけど、炎に粉を振りかけるだけで次々と色が変わって、見ているだけで楽しかったんです。同じように、料理が楽しくなるようなもの、そうだなぁ……例えば魔力を込めれば色が変わる包丁とか、そういうのを贈ったら喜んでくれるように思うんです」
「おー、いいねぇ。まさに錬金術師からの贈り物って感じだし、シャンテも好きそう。……あぁ、でもシャンテは魔力欠乏症だからなぁ。普段の生活ではなるべく魔力を消費しないように気を付けてるから、あんまり消費が激しいものは好まないんだよなー」
「そっかぁ。いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」
「でも実用的な品物をプレゼントする方がシャンテも喜びそうだし、考える方向性はあってると思うんだぜ」
「そうですね。ぬいぐるみとかもらっても嬉しくないだろうし」
「いやいや、案外めちゃくちゃ喜ぶかも。ああ見えてシャンテも小さいころはクマのぬいぐるみが大好きで、どこへ行くときもいつも肌身離さず持ち歩いてたんだぜ。フリフリの洋服に頭に大きなリボンをつけてさ、両手でクマのぬいぐるみを抱きしめてる姿は、そりゃあもう可愛いのなんの」
「へぇ、あのシャンテちゃんが。私も見たかったなぁ」
意外な過去話に、ニーナは表情をほころばせる。
──かわいい路線もありなのかな? でももう十八だし、私やロブさんの前でぬいぐるみをかわいがる姿は想像できないんだよね。そう考えると、やっぱり普段使いできるものの方が良さそう?
自分は錬金術師だから、アクセサリーなどを贈るにしても、やっぱり見た目だけでなく効果にもこだわりたいところ。とはいえ、魔力を消耗する品物はシャンテには合わない。
「魔力を消費しない、魔法の品物かぁ」
ポーションをはじめ、食べたり飲んだりする品物は基本的に魔力を消費しないものばかりだけれど、身につける品物となると、その効果を発揮するために魔力を消費することが多い。これは普通の人なら日常生活に支障をきたさない範囲を基準として作られるのだが、シャンテにはその普通が当てはまらない。それに加えて探索も行う場合は余計に消耗が激しくなるから、特に気を配らなくては。
「でも、魔力を消費しないアクセサリーって、ただの飾りですね。せっかく錬金術で作るんだから、もうひと工夫できたらいいんだけど」
「そうだよなぁ。俺もニーナに作ってもらうなら、ちょっと変わった効果のある品物が良いなと思ってたんだけど、やっぱ難しいよな」
そう言われると、意地でもシャンテが欲しがる実用的なものを作り上げてみせたくなるけれども。
「魔力じゃなくて、自然界にある<マナ>を使用して魔法に変えられるような品物があればいいんだけどなー」
そう言ってロブは悩ましげな表情を見せる。
ニーナは、そんなことできたら大発明だよ、と笑うけれども。
人間は自然界にある<マナ>を取り込むことで体内に魔力を生み出し、それを消費して魔法を行使する。魔法の品物を使うときも同様に、<マナ>ではなくて魔力を消費するのである。
ちなみにシャンテが抱える<魔力欠乏症>とは、体内で作られる魔力量が不十分である状態のことを指す。いくら魔力の素となる<マナ>を摂取しても、体内でわずかな魔力しか作ることができない病気なのだ。
たしかにロブの言う通り、自然界に存在する<マナ>を利用して魔法が発動できたなら、シャンテが抱える問題も解決できるだろうけれど。
「うん? でもでも、その考え方は意外とありかも」
「その考え方って?」
「自然界にある<マナ>を利用するって話です。さすがに<マナ>を魔法には代えられないけれど、たとえば<マナ>から魔力へと変換するお手伝いができれば、シャンテちゃんの役に立てるかもしれないですよね」
そもそも<マナ>とは四大元素のこと。火、風、水、土の元素を体内に取り込むことで、人は体内に魔力を作り出す。つまりは呼吸をしたり、水を飲んだり、肥沃な大地の恩恵を受けて育った食物を口にしたり、太陽の光に照らされることで<マナ>を取り込み魔力を生み出す。
ニーナは二人と暮らすようになってから、シャンテには内緒で魔力欠乏症について調べたことがあった。書物に書かれてあった程度の知識しか身につかなかったのだが、それによるとどうやら<魔力欠乏症>の人間は、人がもっとも<マナ>を摂取しやすい「食物からの栄養を魔力に変換する」という行為が苦手なのだそうだ。水や空気から得られる<マナ>は微々たるものだから、これはかなりの問題なのだが。
「つまり太陽光からもっと<マナ>を得られるような、そんなアイテムを作ればいいんだよ。指輪とか、腕輪とか、耳飾りとか。ううん、もっと肌に密着してるもののほうがいいな。マニキュアとか……あっ、ハンドクリームとかいいかもしれない!」
肌をクリームで覆うことで<マナ>の吸収を助けられたらいいのではないか。ついでに日焼け止めの効果も付属させれば一石二鳥である。普通の人だって体内が<マナ>で満たされているときは調子が良くなると言われているから、<マナ>の吸収を助ける商品を開発できれば、きっと魔法雑貨店でもヒット商品になるはずだ。
すべては仮定の話だけれど、きっとうまくいく。
ニーナは自分の考えをロブに話してみた。するとロブはニヤリと笑って、それいいな、と言ってくれる。
「それができたらスゲー発明だな。きっとシャンテも喜ぶぜ」
「ですよね? よーっし、さっそく……って、もうすぐシャンテちゃん帰ってきちゃいますよね」
「だな。できればサプライズにしたいし、ニーナにはシャンテのいないところで作って用意しててほしいんだぜ。具体的には今度、明後日にでもシャンテを誘ってマヒュルテの森に探索にでも行くから、なにかと理由をつけて家に残って調合して欲しいんだぜ」
そこまで話したところで、ちょうどシャンテが買い物から帰ってきた。シャンテはテーブルを挟んで向かい合うニーナたちを見て、珍しいわね、と言う。
「うん、ちょっとねー」
「なに? 二人ともニヤニヤしちゃって」
「なんでもないよ。ね、ロブさん?」
いまはまだ、二人だけの秘密にしておかなくては。
ニーナとロブは意味深な笑みを交わし合った。
そんなニーナたちの微笑ましいやり取りを、一匹の大きな蜘蛛が天井の隅から見つめていた。




