次なる依頼人はまさかのブタ
初夏の爽やかな風が窓から吹き抜けてくる。
<青空マーケット>より数日後のお昼時。イベント後に疲労から高熱を出して二日ほど寝込んでいたのだが、もうすっかり体調も良くなったニーナは<かき混ぜ棒>を手に、ご機嫌な調子で錬金術に取り組んでいた。
つい昨日行われた契約交渉にて<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>が採用されることが決まったのである。
昨日新たに採用された品物は三つ。<魔イワシ入り植物栄養剤>や<大人顔負けグラマラスチョコレート>も店に並べてもらえることになり、改良に成功したポーションと、イベント前に採用されていた<テクテクスプレー7777>とを合わせて計五品が、来週のはじめより販売されることとなる。そのためニーナは商品づくりに忙しいのである。
──テキパキ調合を終わらせて、早く<絶対快眠アイマスク>の改良に取り組まないとね。
昨日の契約交渉では採用が見送られた<絶対快眠アイマスク>だが、この商品に関してメイリィから一つ宿題を与えられていた。それはタイマー機能をつけること。メイリィが言うには、さすがに使い方を誤ると永眠してしまう恐れがある商品は販売できないので、せめて十二時間後には勝手に起きられるようにして欲しい。できれば目覚まし時計のようにタイマーをセットして、その時間にぴたりと起きられるような商品になれば最高だね、とのことだ。
「商品の効果は魅力的だから、改良して、また契約交渉の場に持って来ておくれよ。もしうまいこと欠点が克服できたなら、そのときはぜひうちが独占販売したいね」
ニーナは昨日のメイリィの言葉を思い返しては、頬を緩めた。
──期待してもらえているんだから、頑張らなくっちゃね!
「ニーナ。今月のお小遣いだけど、テーブルの上に置いといてもいい?」
先ほどまでお金を数えていたシャンテが訊ねてくる。お金は一緒に暮らすようになってからずっとシャンテが管理していて、こうして月の始めにお小遣いをくれる。また錬成に必要な素材を購入するときは、お小遣いとは別にシャンテからお金をもらっていた。
「俺のぶんは?」
そう訊ねたのはロブである。ブタの姿なのでお金を扱うことは基本的にないけれど、それでも毎月きっちり要求しているのである。人間の姿に戻れた時のために貯金でもしているのだろうか。
「はいはい、ちゃんとあげるわよ。いつもの貯金箱に入れておけばいいのよね」
「おう、頼むぜ」
シャンテは棚の上の、丸々と太ったブタの貯金箱に硬貨を入れる。<青空マーケット>で頑張ったからという理由で、今月はいつもより多めにもらえるそうだ。
「それじゃあアタシは夕食の買い出しに行こうと思うけど、なにか買ってきて欲しいものでもある?」
「うーん、特にないかな」
「俺はケーキが食べたい」
「だめよ。そんな余裕ないもの」
イベントでの売り上げは58万ベリルちょっと。これは想定よりもずっと多いのだが、箒郵便を頻繁に利用したことなど、その分だけ費用も掛かったため、思ったほど利益を確保できなかったのだ。今後の生活費や、素材を購入するための資金を考えると、無駄遣いはできない。
──まあ一番の理由は、私が失敗作ばかり作ったからなんだけどね。
ごめんなさいロブさん、とニーナは心のなかで謝る。
──あっ、そうだ。
「私、プリンが食べたい!」
「そうね、プリンぐらいなら材料も安く済むし、アタシが作ってあげるわ」
「やったぁ!」
ニーナとロブは声を上げて喜んだ。
◆
シャンテは一人で買い物に出かけた。ロブがいつものようにめんどくさがったからだ。
──ぼふんっ!
<神秘のしずく>を投じられた錬金釜から、錬成の成功を示す白い煙がモクモクと上がる。あれだけ完成まで失敗続きだった<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>も、一度レシピが完成したなら、よほどのことがない限り黒い煙をあげることはないのである。
「おっ、できたのか?」
「うん、バッチリだよ」
あとはこれを瓶に詰めて、ラベルをペタっと貼るだけ。そうすれば来週初めにも商品がお店に並ぶ。ニーナの発明品が、錬金術師の街クノッフェンにて販売されるのである。
「ん? どうしたんです?」
珍しくロブが、ニーナの手元をじっと見ている。まるで手を止めるのを待っているかのよう。なにかして欲しいことでもあるのだろうか。
「おー、あのなー、ニーナに依頼したいことがあって」
「依頼? お願い事じゃなくて?」
「そうそう、依頼。お金もちゃんと払うよ」
これはまたいったいどういうことだろう。
ニーナはロブに少しだけ待ってもらって瓶詰作業をやりきると、お客様を出迎えるときと同じ気持ちでロブに向き直る。といっても相手の目線がかなり低いので、ニーナはロブの前で屈むような格好となった。
「あらためましてロブさん、依頼の内容を訊いても良いですか?」
「実はな、今度の祝日がちょうどシャンテの誕生日なんよ」
「えっ、シャンテちゃんの?」
「そう、十八歳の誕生日」
「ええっ!?」
──いま、十七歳だったの?
ニーナはこれまで、勝手な想像で一つ上だと決めつけていたけれど、実は十七歳で、しかももうすぐ十八になるとは思いもしなかった。まさかニーナよりロマナとの方が歳が近いなんて。そりゃ私よりしっかりしてるよね、とニーナは妙に納得してしまった。
「まあそういうことだから、なにかプレゼントをしようと思うんだぜ。それでせっかくだからニーナに依頼したいんだけど、どういうものを贈れば喜んでもらえるのか、錬金術師さんにも一緒に考えてもらえたら嬉しいんだぜ」
「それなら私からも少しお金を出すから、二人からということでちょっと良いものをプレゼントしよう!」
「おっ、マジで? ……ああでも、ニーナにはこの前、でっかいプレゼントをもらったばかりだしなぁ」
「<一角獣のツノ>のことなら気にしないでって何度も言ったじゃないですか。いくら遠慮されても、私からもお金出しますからね。ということで、とりあえず紅茶でも飲みながらゆっくり考えましょ」




