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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
7章 栄光は誰の手に?
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栄光は誰の手に?

 火照る体を、夜の心地よい風がなでる。


 ステージはいま、色とりどりの明かりに包まれていた。赤、青、黄色、緑。ミーミル・ストリート上空にふわりと浮かんでいたカラーボールは、夜には照明の代わりも務める。それがいま噴水広場に集まり、結果発表の場を華やかなものにしていた。


 男女二人の司会者が場を盛り上げようと大げさなリアクションを交えながら、各部門の結果発表を進めている。やはり観客の一番の注目は<調合部門>のようで、それゆえ発表も最後に行われることになっている。ニーナは胸に手を当てながら、そのときを待ち続ける。


 名前を呼ばれた店の代表者が歓喜の声を上げながら、ステージへと上がる。ニーナもつい数時間前に行われたミスコンテストに参加したときに壇上から観客席を見渡したが、あの経験は格別だった。こうして夜のステージに上がり、大勢の前で表彰されるというのは、また違った高揚感があるのだろう。ニーナは参加者たちの姿を遠目に見ながら、そんな事を想った。


 歓声と拍手。そして賞金と副賞が優秀店舗に送られる。

 祝福を受けた店の代表が壇上から大きく手を振り、そしてまた客席の方へと戻っていく。


「それでは皆様お待ちかね、<調合部門>の結果発表に移りたいと思います」


 ついにこのときが来た。

 どくんと、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

「参加店舗数は九十六。今年も多くの錬金術師たちが自慢の発明品を持ち寄り、この二日間しのぎを削りました。そんななかでも一際お客様からの支持を集めた上位三店舗を、これより、発表したいと思います」


 ニーナは緊張から大きく息を吐きだした。

 最後に中間発表があってからの三時間、ニーナたちは懸命に接客を続けたこともあって、大きく売り上げを伸ばせたと思っている。後片付けのあとすぐにこちらのステージ前に集まったこともあり、最終売り上げは把握できていないが、期待してもいいはずだ。しかし、その期待がいまは緊張となって、胸の鼓動を速めていた。


 でも、緊張できるっていいことだ。

 なんの期待も持てなければ、緊張することもできない。

 だからこれは喜ぶべきことなのだ。


「それでは、第三位より発表いたします。第三位、二日間の合計売上金額は……66万ベリル!」


 ──うっ、高い。


 いやいや、みんながすごいことはわかっていたことじゃないか。ニーナはかぶりを振って、司会者の次の言葉を待つ。


「店舗名<鉄板工房アルム>! 入賞おめでとうございます!」


 自分たち店の名前が呼ばれず、ニーナはがっくりと肩を落とす。


 ──あれ、でもこのお店の名前、なんだか記憶にあるぞ?


 このイベント期間中、端から端まですべての店舗をじっくりと眺める時間は取れなかったけれど、このお店の名前には覚えがあった。どんな商品が売られていたっけ。お店の人の顔を見れば思い出せるだろうか。ニーナは目を細めて、壇上へと上がる人物を見つめる。


「……ああっ!?」


 ニーナは思わず声を上げてしまった。

 いや、ニーナだけじゃない。いまや会場中がざわざわとしていた。

 それもそのはず。男性が商品としていたのは<ミニチュアゴーレム>。あの巨大ゴーレム事件にあやかろうとして、六十六ものパーツを分割販売していた、あの男の店なのである。


 ──まさか、あれを買って組み立てようとする人がいたなんて……


 ここでは思わぬものが売れる。メイリィの言った通りだった。

 でも、まさかのまさかだ。あれが売れるとはほんの少しも予想していなかった。ニーナは思わず苦笑を漏らしたが、それでも嫉妬する気にはなれず、むしろ微笑ましく感じた。自由な発明っていいなと思えたからだ。だからニーナは彼に、心よりの拍手を送ることにした。


「続きまして第二位。二日間の合計売上金額は……78万4500ベリル!」


 おおっ、と周囲からどよめきの声が上がる。

 例年の様子は知らないけれど、ここにいる人々からしても二位で78万ベリルもの大金を稼ぎだしたのはすごいことなのだろう。


「店舗名<マクスウェルの錬金工房>! 入賞おめでとうございます!」


 ──えっ……?

 

 この名前は知っている。訊き間違えるはずもない。


 ──アルベル、二位だったんだ。


 壇上に人が上がる。父親のマクスウェルではなく、アルベルが代表者としてステージに立った。ただその表情は暗く、どこか納得がいっていない様子が見て取れた。二位以下には興味がないと言い切った彼に笑顔はない。


 ニーナはそんなアルベルの姿を複雑な気持ちで見つめていた。


 続いて一位が発表された。その人は知らない人だった。ニーナのアトリエの名前が呼ばれることはついになかったけれど、三位に入賞できなかった時点で、なんとなく察していたからショックはあまり感じなかった。今回のイベントで、この街には自分よりすごい人が大勢いることを知れたから、素直にこの結果を受け止めようとニーナは思うのだ。


 優勝を手にした男がマイクを握る。年齢は三十代後半といったところ。その人の反対側の手には、人の顔ほどの大きさがありそうな銀色の丸い物体が乗せられていた。


 あれが彼の発明品なんだろうか。


「えぇ……ただいま紹介にあずかりました錬金術師のシモンです。この度は私の発明品である<マテリアルボール>を支持していただき、ありがとうございます。発明品は我が子も同然。選ばれたことをとても光栄に思います」


 男の口調は落ち着いていたが、それでもやはり嬉しそうだ。時折言葉を詰まらせながらも、しきりに笑みを浮かべている。


「まだこの商品をご存知でないというかたもいらっしゃるでしょうから、この場を借りてご紹介させていただきます。この<マテリアルボール>は、いわば究極の自由をもたらす発明品です。これはなんにでもなれる。なんにでも使っていただける。使い方は無限大であり、あなたの想像力が試される商品なのです。ほら、例えばこのように」


 シモンが手にしていた銀色の球体の形が崩れる。それはどろどろの液体となったかと思うとゆったりと変容を続け、そうして背もたれのある椅子を形作った。シモンはその上に腰を下ろして、観客に向けて微笑んで見せる。それは大人が座っても崩れることのない、立派な椅子だった。


「いかがでしょう? このように<マテリアルボール>はなんにでもなれる金属体なのです。テーブルや椅子にもなれますし、剣や槍にもなれる。必要に応じて分裂や合体を繰り返すこともできますから、仮に剣が折れたとしても、またすぐに修復は可能です。いまはまだ開発途中の段階にあり、改良の余地はまだまだあります。強度面や、変化する速度もいまは非常にゆったりとしたものですが、いずれはもっとスピーディーにしていきたいと考えています。またいまは光沢のある銀色をしていますが、作るものによって色や質感も自在に変化させられるよう改良を重ねたいですね」


 ──すごい。この発明品には夢がある……!


 ニーナはシモンの説明に目を輝かせていた。自分がもしあの商品を手にしたとしたらどうやって使おうか、それを考えるだけでわくわくする。しかもいまですら便利なのに、まだまだ改善できる余地が残されているなんて。シモンの言った通り、この商品の可能性は本当に無限大なのかもしれない。きっと彼の店を訪れたお客さんも、この商品に明るい未来を感じて、投資する意味も込めて購入したのだろう。


 それからは、他の部門と同じように上位三店舗の表彰と、シモンには賞金30万ベリルが、アルベルたちには副賞として錬金素材である<一角獣のツノ>が贈呈が行われた。それを遠くから見つめるニーナはいまになって少し悔しい気持ちが込み上げてきたが、この気持ちも含めて、この光景を脳裏に焼き付けよう。そして来年こそは自分があの場に立つんだと、ニーナは決意する。


 表彰を終えて、壇上には司会者の二人だけが残された。いよいよイベントは大詰め。ついにフィナーレを迎える時が来たのだ。

 そのとき、ふっ、と急に会場が暗くなる。カラーボールの光が突然消えたのだ。この事態に周囲の人々は何事かとざわつく。ニーナも不安になって、隣りに立つシャンテを見た。


 けれどそのとき、夜空に一筋の光が打ちあがった。

 そして遅れて大輪の花が咲き誇る。──花火だ。イベントの終わりにサプライズとして花火が用意されていたのである。次々に打ちあがる花火に、人々は夜空を見上げた。きっと今日という日は素敵な思い出になる。そう、誰もが思ったことだろう。


 しかしアルベルだけは違った。

 色とりどりの花火が人々を魅了するなか、アルベルはひっそりと会場を後にするのであった。

作中に登場した<マテリアルボール>はフォロワーのナイカナさんの言葉をもとにアレンジした作品です。アイデア、ありがとうございました!

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