ランキングを駆け上がれっ!②
快晴だったはずの空を黒く染める雨雲。
突然降り始めた土砂降りの大雨は、まるでこれまでの努力や苦労のすべてを洗い流してしまうかのよう。道行く人々は、その叩きつけるような雨から足早に逃げていくが、被害の中心にいたニーナは立ち尽くしたまま怒りに震えていた。
──なんでこんなことに?
原因は明らかだ。目の前の男たちが酒に酔った勢いで絡んできて、しかも勝手に商品に手を出したからだ。そのせいでお店の商品はずぶ濡れで、お客さんにも迷惑をかけた。せっかくこれから上位を目指して駆け上がっていこうというときに、男たちの悪ふざけによってすべてを台無しにされてしまった。
──この人たちさえ、この人たちさえ余計なことをしなければ……!
許せない。
憎くて憎くて仕方がなくて。悔しさから唇を噛みしめると、薄い唇からは薄っすらと血が滲んだ。
「なんてことしてくれたんだ!」
もう我慢なんてできなかった。ニーナは大声で叫び、男の衣服を両手でつかんだ。
しかし男はその行為に苛立ったのか、ニーナのことを力任せに突き飛ばしてしまう。ニーナは背後のテーブルにぶつかり、そのまま商品が乗ったテーブルごと崩れるように倒れてしまう。濡れた石畳に散らばる商品たち。背中には痛みが走り、ニーナは顔をしかめる。
「アンタ、よくも……!」
シャンテもまた我慢の限界だった。それでも一応は客と店員という立場もあり、なんとかここまで堪えていたのだが、ニーナが突き飛ばされたのを見て、とうとう一線を超えた。
──ゴッ……!
「ふぐっ!?」
跳躍。シャンテの右ひざが男の顔面を捉える。身長差をものともしない不意の一撃を喰らった男は、鼻から血を垂れ流し、悶えながら石畳の上で転げまわった。
すると、へらへらと笑っていた後ろの二人の顔つきが変わった。さすがの酔っぱらい共も、仲間がやられたとあっては黙っていない。おい、なにしてくれてんだよ、と怒鳴りつけてくる。
「それはこっちのセリフよ!」
しかし、シャンテは怯まない。自分の倍ほどの体格差はあろうかと思われる大男に反論し、一歩前に進み出る。殴りかかってこようものなら、いつでももう一度飛び膝蹴りを見舞ってやろう。<ハネウマブーツ>を履くシャンテに身長差なんて関係なかった。
ニーナも立ち上がり、店に一本だけ置いてあった<七曲がりサンダーワンド>を手にする。
「──そこ、なにしているの!?」
まさに一触即発という状況だったが、そこへ駆けつけたのはアデリーナたち国家騎士だった。誰かが騎士を呼んでくれたのか、それともこの超局地的な大雨の異常さに気付いたのか。そういえばアデリーナたちは巨大ゴーレム事件のときに、<バケツ雨の卵>が降らせる猛烈な雨を間近で見ていた。それで異常があったのだと知り駆けつけてくれたのかもしれない。
すぐさま騎士たちが男を拘束する。男たちはなにか反論めいたことを口にしているが、どちらに非があったかは明らかで、それは周辺に詰めかけた人々が証明してくれた。
しかしそれでも男どもは暴れている。
「ゴーレム事件を解決したからって調子に乗んなよ!」
男が捨て台詞を残して連行されていく。
ニーナはまた、悔しさから唇を噛みしめた。
いつのまにか雨はやんでいた。
けれどもう、なにもかもがめちゃくちゃだ。心のなかもぐちゃぐちゃで、あんな男たちに好き勝手にされたことが悔しくて、やるせなくて、瞳からは涙がこぼれ落ちる。
「私たちがなにしたって言うんだ……!」
恨まれるようなことはしていないはず。これはただの妬みなの?
ニーナは俯いたまま、顔を上げることができなかった。シャンテもまたやり場のない怒りで震えていた。そんな二人を気遣ってアデリーナが声をかけてくれたが、どんな言葉も耳に入ってこなかった。
しかし、そんなときだった。
ロブがいつもと変わらない飄々とした口調で、まあまあ気にせず営業を続けようぜ、などと言う。
これにはさすがのニーナも、神経を逆なでするような発言に苛立ち、後ろを振り返るけれども。
「えっ……?」
これはいったいどういうことなんだろう?
それを目にしたニーナの顔に、ゆっくりと驚愕が広がる。
琥珀色の瞳に映るのは、テーブルの上に綺麗に並べられた自作の発明品たち。散々雨に降られて濡れていたはずのそれらには、水滴も、汚れも一切付いておらず、まるで何事もなかったかのように、お客さんの手に渡るのを待っている。
そしてロブはというと、そんなテーブルの上の、小さな浴槽に収まって、泡ぶろのなかでくつろいでいた。
「これ、ロブさんが元に戻したの?」
「さあ、どうでしょう?」
とぼけるような口調でロブは言う。
自分は知らないと言い張るつもりなのだろうか。
──ぎゅるるるるるぅ~!!!!
そのとき、聞き覚えのある音が鳴った。ロブがお腹を空かせた証拠となる音。それもただの空腹ではなく、決まって変身したあとに聞こえてくる音だった。つまりロブは、ニーナたちの前ではとぼけたが、ずぶ濡れだったお店をもとの状態に戻してくれたのは、やっぱりロブだったのだ。
「ふふっ、あはは!」
ニーナとシャンテは顔を見合わせて笑った。
気が抜けたというか、怒っていたのが馬鹿馬鹿しくなってきたというか。
でもとにかく、もう一度お店を開けることが、たまらなく嬉しかった。
一度落ち着いて周りを見渡してみる。両隣のお店にも迷惑をかけたはずなのに、そちらのお店の商品もまったく濡れている様子はない。お店の店主も、事情は見ていたから気にしなくていいと言ってくれた。
そればかりか、ニーナたちのお店の前には人だかりができていた。驚くことに<バケツ雨の卵>が人々の注目を集め、店に人を呼び込むことになったのである。単純にニーナの発明に興味を持った人はもちろん、<バケツ雨の卵>が降らせる大雨を見て、巨大ゴーレム事件を思い出し、この機会にニーナの発明品を一目見ようと考えた人もいた。こうしてお店の再開を待ってくれる人の存在が嬉しくて、体は雨に濡れて冷えていたけれど、心には熱いものが込み上げてきていた。
ニーナとシャンテは互いに視線を交わし、そして深く頷きあう。
「みなさん、お待たせしました! <ひよっこ印のニーナのアトリエ>、これより営業再開です!」
◆
そうしてニーナたちは残り三時間、笑顔を絶やすことなく接客に励んだ。客足は途切れることなく、最後の最後までニーナのアトリエは来場者に愛され続けた。至らないところも多かったとニーナは自覚しているが、それでも、いまできることは全てやりきったと胸を張れる。
そしていま、ニーナたち出店者は二日間にわたる営業を終えてステージ前に集まっていた。イベントは最終盤を迎え、青色だった空は茜色を経て、いまでは星空が顔を覗かせている。
これからステージ上で行われるのはコンテストの結果発表。各部門における、合計売上の上位三店舗が発表される時がついに来たのだ。ニーナたちは噴水広場の端の方に立ち、そのときが来るのを静かに待った。




