ランキングを駆け上がれっ!①
大きな声援を受けながらステージをあとにしたニーナは、空からミーミル・ストリートの様子を眺める。フラッグとカラーボールに彩られた大通りは両端にずらりと店が並び、そのあいだを大勢の人々が行きかっていた。ステージ前も大盛況だったが、それに負けず劣らす活気にあふれていた。
──こんなにもお客さんがいるなら、私たちだってまだまだ逆転可能だよね!
それにロゼッタたちの協力のおかげで、ステージでの宣伝も予想以上に上手くいった。きっとミスコンテストが終わったら、何人かはお店に来て<大人顔負けグラマラスチョコレート>を買い求めてくれるに違いない。もしそうなれば、いまからでも上位に食い込めるのではないかと思うのだ。
そうこうしているうちに、自分のお店が近づいてきた。お客さんが並んでくれているのを見て、ニーナは嬉しくなる。さきほどからニーナの頬は嬉しさのあまり緩みっぱなしだ。
が、シャンテの姿を見て、そういえば随分長いこと店を任せきりにしてしまっていたと、ニーナは重要なことを思い出した。しかも原因は寝落ちである。なんと言い訳しようか。いやいや、ここは誠心誠意謝るべきだよね。そんな事を想っているうちに、ニーナを乗せた箒はお店の前で着陸する。
「……遅い!」
「ひゃあ! ご、ごめんなさいっ!」
お客さんの前にもかかわらず、シャンテに怒られてしまった。
「とりあえずこっち来て手伝いなさい。ああ、それと、フラウさんはありがとうございました。お金は……」
「忙しそうなんであとでいいですよ。あっ、なにかお昼買ってきましょうか?」
「えっと、それじゃあお願いするわ。メニューは任せるから、このブタの分も含めて三人……いや、四人分で。フラウさんのぶんもお金出すので、ぜひご自身の食べたいものも買ってきてください」
「おぉ、ありがとうございます。では包みはこちらに置いて、買いに行ってきますね」
フラウは魔法の力で風呂敷をふわりと浮かせると、店の後ろの、かばんをまとめておいてあった場所へと運んだ。風呂敷の中身は朝方に錬成したチョコレートである。ミスコンテストなど色々あって、すっかり忘れるところだった。
ひとまずニーナはテーブルの上を見て、減った商品を補充したり、商品を紙袋に詰めるなどしてシャンテを手伝った。それからシャンテに代わって店に立ち、お客さんと楽しく会話しながら商品をお勧めするなどした。ロブはマスコットブタとしての働きが板についていて、泡ぶろに入浴しながらポーションの宣伝販売も行ってくれるので頼もしかった。
「いやー、それにしても、こうもずっとお風呂に入ってると、俺、茹でブタになっちゃうぜ」
そんな冗談を飛ばしながらも、ロブは道行く人に声をかけ続ける。その大半は女性だったけれど、たまにニーナよりも年下の女児に声をかけたりもするけれど、今日のところは良しとする。
しばらくすると、急にお客さんが増えた。ミスコンテストが終わって、観客だった人々がニーナの店に押し寄せたのである。フラウがわざとらしく低いところをゆっくりと飛行して帰ってきたこともあって、彼女を目印にやって来た人も大勢いた。ニーナたちはフラウが買ってきてくれたパンにお肉と野菜を挟んだものを急いで頬張って、そして来てくれたお客さんを笑顔で出迎えた。
「ニーナちゃん。あのチョコレートを一つ!」
「私にもチョコレートをおくれよ!」
「あのっ、たくさん用意してますから、慌てなくて大丈夫ですよ!」
期待はしていたけれど、ここまで多くのお客さんが欲しがってくれるとは、なんとも嬉しいことである。
急に忙しくなったお店の状況にシャンテも、よっぽどステージで上手くやったのね、と褒めてくれる。
「そういえば、ロゼッタさんたちがミスコンテストに出てくれたのは、シャンテちゃんがお願いしてくれたからなの?」
と、ニーナはチョコレートが詰まった小瓶を紙袋に入れながら訊ねる。
「ううん。家にいるニーナを呼んできて欲しいとフラウにお願いしたのはアタシだけど、ロゼッタたちは向こうから声をかけてくれたの。<お喋りリップシール>のぶんのお礼がまだだったから、なにか協力させて欲しい、ってね」
そうだったのか。
あのときニーナは、なにも見返りなど求めていなかった。ただ役に立ちたい一心だった。けれどこうした形でお返ししてもらえたことは、店の売り上げ的にも、とてもありがたいことだった。また今度会ったときにでも、ロゼッタたちにお礼を言わなくては。
それからというものの、ミスコンテストの宣伝効果もあり<大人顔負けグラマラスチョコレート>と<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>は飛ぶように売れた。どちらもニーナのお店のなかでは高値の商品だったが、そんなこと気にするお客さんはほとんどいなかった。アルベルの言う通り、優れた商品は安売りなんてしなくてもちゃんと売れるのだと実感した。
「あのう……」
「いらっしゃいませ! なにをお買い求めですか?」
遠慮がちに声をかけてくれた女性客に、ニーナは笑顔で応える。
「後ろ、大丈夫ですか?」
「へっ、後ろ? ……って、うわぁ!」
振り返ると、なんとそこには成長しすぎてかばんに蔦を絡ませる<スロジョアトマト>の苗木の姿が。お客さんに<スロジョアトマト>と<魔イワシ入り植物栄養剤>の両方を同時にアピールしようと思い、後ろにプランターを設置しておいたのだが、この時間になって一気に成長したみたいである。苗木にはこれでもかと沢山のミニトマトが実っており、蔦は元気にうねうねと動いている。
──あちゃあ。やっぱり失敗作は失敗作だったか。
効き目をアピールするために、今日一日で果実が実るほど苗木を成長させる必要があった。そのため完成品ではなく、シャンテを苦しめたあの、効き目がすごすぎる試作品を水で薄めて使用したのだけれど、やはり少し薄めた程度ではダメだった。結局また魔界植物のような、とんでもないものを生み出してしまったようだ。
ニーナはかばんを取り返そうと慌てて蔦を引きはがしにかかる。
しかし予想以上に蔦の生命力はすさまじく、むしろニーナの方がからめとられてしまう。
「あはは。なにやってんのよ」
「み、見てないで助けてぇ……!」
そんなハプニングに見舞われながらも、<ひよっこ印のニーナのアトリエ>は順調に売り上げを伸ばしていった。お店の後ろで<スロジョアトマト>が存在感を増すに連れて、<魔イワシ入り植物栄養剤>も飛躍的に売れるようになった。興味を持ってくれた人には<スロジョアトマト>の実を生で試食してもらったが、やはりみんなには辛すぎたようで咽込んでいた。けれど、それはそれでポーションの良い宣伝となり、買ってくれる人がこれまた急増した。
ニーナのアトリエは美しい外観とは決して言えない。むしろ泡まみれのブタが接客する怪しいお店にしか見えないけれど、ニーナの目論見通り、とにかく目立つことには成功していたのだった。
◆
「ちゅーかんはっぴょぉーう!!」
「うひゃあっ!?」
フクロウの置物が存分に羽を広げる。気付けは時刻は十六時。空の色も少しばかり夕焼け色に近づいている。もうそんな時間だったのか。充実した時間を過ごせたことで、いまが何時だとかまったく気にしていなかった。
「店舗名<ひよっこ印のニーナのアトリエ>がこれまでに稼ぎ出した金額は……じゃかじゃん! 43万6500ベリルぅー!!」
──おおっ!? これはこれは……!
「そしてそしてぇ! <ひよっこ印のニーナのアトリエ>の現在の順位は……じゃかじゃん! 十一位ぃー!!」
「おおっ! すごい! ……えっ、すごすぎるよね!?」
だって昨日の終わりは三十九位だった。それが十一位にまで順位が跳ね上がったのだ。しかも売り上げも、すでに昨日の倍以上売れている。これは間違いなく進歩である。
「やったじゃん、ニーナ」
「はい、それもこれもロブさんのおかげです!」
「いやいや、俺はちょっとアドバイスしただけなんだぜ」
「ううん。そんなことはありません。ロブさんやシャンテちゃん、それにフラウさんやロゼッタさんやシャルトスが協力してくれたからこそですよ!」
「ご両親や<ココ・カラー>の人たちにも感謝しなくちゃね」
「うん、そうだよね。でもその前に、みんなにもっと良い報告ができるように、あと三時間、悔いのないように頑張って売りこもう!」
おーっ、と三人は声を揃える。
この調子なら本気で三位入賞できるのではないかと、一筋の希望が見えた気がした。
そんなニーナのアトリエへ、三人組の男性がふらふらと千鳥足でやってくる。
ニーナはお客さんが来たのだと思い、いらっしゃいませと声をかける。しかし三人はろくに返事もせず、勝手に店の商品を手に取り、触り始めた。よく見ると三人とも薄汚れた服を着ていて、とても清潔そうには見えない。それに彼らが笑い声を上げるたびに、呼気からはアルコールの匂いが漂ってくる。
この人たちは本当に客なのだろうか?
「あの、お客様……?」
「あぁ、なんだよ!?」
文句でもあるのか、とでも言いたげに、ボサボサ髪の男の一人がニーナを上から見下ろしてきた。
その威圧的な態度に、ニーナは怖くなって後ずさりそうになる。
しかし、そこはシャンテが一緒だ。気丈にも言い返してくれる。
「ちょっと。汚い手で商品を触んないでよ。全部アンタたちに買い取らせるわよ?」
「なんだと? こっちは客だぞ。商品をじっくりと見ちゃいけないってのか?」
「客にも守るべきマナーってもんがあるでしょ? そんなこともわからないようなら帰ってよ」
「うぜーな、この女。なんだか無性に殴り飛ばしたくなってきたわ」
男が胸の前で手を組み合わせ、ぽきぽきと指の関節を鳴らす。
シャンテも不快感を隠そうとせず、来るなら来いと言わんばかりに睨み返している。
これは止めるべきなんだろうか。
ニーナが迷っていた、そのとき。後ろにいた大柄な男性が、手にしていた商品を勝手に食べ始めた。しかも最悪なことに、男が口にしたのはなんと<バケツ雨の卵>だった。
「ふぐっ!? ごはぁっ! ゲホゲホ……!!」
「うそ!? それ、食べ物なんかじゃないのに……!」
卵を歯で割った瞬間から、男の口から黒い煙が上がった。
その煙はもくもくと店の上空へと伸びていく。
「あぁ……そんな……!」
<バケツ雨の卵>が割れてしまった。ニーナは、次に起こる最悪な展開が脳裏にありありと思い浮かんだが、しかしどうすることもできず、ただ見上げるしかなかった。
次の瞬間、ニーナのアトリエにバケツをひっくり返したような大粒の雨が降り注いだ。




