ニーナとミスコンテスト③
──えっ、私が?
「ほら、立ちなよ。みんなが君を待っているんだからさ」
シャルトスが肩に飛び乗り、早く立ちなよと急かしてくる。ここはクノッフェンで、こういう風に錬金術師が壇上に呼ばれることもあると頭ではわかっていても、ニーナは自分なんかがいいのかと思うけれど。
「ほら、早く」
「う、うん」
ざわつく会場のなか、観客席にいたニーナは立ち上がる。そしてシャルトスを残し、ニーナは一人でステージ上へと昇った。すると、待ちわびていた観客から自然と拍手が巻き起こった。観客席へと目を向けるとみんながニーナのことに注目していて、その数に圧倒されそうになる。この場に立つのは場違いな気がしてならなかった。
「ニーナさん」
壇上で呼びかけられて、ニーナはロゼッタと向き合った。
「一時でもいいから痩せる道具を、という私のわがままを訊き入れてくれて、本当にありがとう。およそ三週間前、誰しもが痩せる薬なんて無理だと、いまは<青空マーケット>の準備で忙しいから他を当たってくれと、みんなが私の依頼を断ったのに、あなただけは話に耳を傾けてくれて、そしてやれるだけやってみると言ってくださいました。そしてそれから数日後、あなたは本当に私の願いを叶えるチョコレートを開発してくださいました。結果として私の恋は叶わなかったのですが……しかしチョコレートの効果はごらんのとおり素晴らしく、この体験をきっかけとして、私のはいま本気で美しさを取り戻したいと思えるようになりました。ニーナさん、私はいま幸せです。本当にありがとう」
そう言ってロゼッタは恭しく頭を下げた。
再び会場は割れんばかりの拍手で包まれる。
ニーナは居たたまれない気持ちでいっぱいだったが、同時に言いようのない喜びが胸のうちに込み上げていた。
──ここにいるみんなが、私の発明品をすごいと思ってくれているんだ……!
嬉しい。夢にまで見た光景が、いま、目の前に広がっている。震えそうになるほどの喜びが、耳が痛くなるほどの拍手と歓声が、ニーナを包み込んでいた。
スタッフからマイクを手渡される。ロゼッタはシャルトスと同じように、みんながあなたの言葉を待っていますわ、となにか話すように促してきた。
ニーナは頭が真っ白になりそうだったけれども、深く息を吸い、一度落ち着いて呼吸を整えると、マイクを口元に当てた。
「ニーナです。えっと……先ほどの話に出てきたとおり、ロゼッタさんからの依頼を受けて<大人顔負けグラマラスチョコレート>という商品を発明しました。これは<自分が理想とする体になれるチョコレート>であり、決して他の誰かに変身するというものではないのですが、なりたい自分を明確に思い浮かべていただくことで、少なくとも三時間、理想とする体型で生活することができます」
「ニーナさんは<青空マーケット>でお店も出していますのよね? この商品は売られているのかしら?」
そう言ってロゼッタは、ニーナにだけ見えるようにウインクした。商品のアピールができるように、話を誘導してくれたのだ。
「あっ、はい。<ひよっこ印のニーナのアトリエ>というお店をやらせてもらってます。いま私が身につけているものと同じ朱色の帽子を被ったひよこが目印で……あっ、あと喋るブタさんがマスコットです。たぶんいまもブタさんは泡ぶろに浸かっていると思います。それと……そう、チョコレートももちろん販売してます。瓶に三粒入って3000ベリル。少しお高めですが、でも効果には自信があります!」
「もちろん私からもお勧めしますわ。それで、泡ぶろというのは?」
「えっと、<大人顔負けグラマラスチョコレート>の他にも、お風呂に入るだけでお肌がつるつるのスベスベになる<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>を販売してます。液体タイプのミルク瓶に入った商品で、20回ぶんで2500ベリル。一回100ベリルちょっとで、お家のお風呂が泡ぶろに大変身するので、女性の方にはもちろん、お子様がいるご家庭にもお勧めです。……って、あの、全然関係ないのにお勧めしちゃってよかったんですかね?」
ニーナが申し訳なさそうにすると、その姿がおかしかったのか、会場は温かい笑いに包まれた。
「ふふっ、私が質問したのですから、なにも問題ありませんわ。とはいえ、お店の方も忙しいでしょうし、あまり長くお話をいただくのもよくないですわね。ニーナさん、今日は私の晴れ舞台を見に来てくだってありがとう」
「いえ、こちらこそ」
ニーナはマイクを握ったまま、ぺこりと頭を下げる。
それからスタッフにマイクを返して、壇上から降りようとした。するとそこへ、空から箒にまたがったフラウがゆっくりと降りてくる。
「さあ、お店までお連れしますよ!」
普通にステージから降りるつもりだったのに。
ニーナは、きっとシャルトスあたりがお節介を働かせたのだろうなと思いつつ、フラウの後ろに乗せてもらう。宙に浮かぶ箒。二人の少女を乗せたそれはゆっくりと青空に溶け込むように、次第に高度を上げていく。この、なんとも粋な演出に会場は再び大盛り上がりだ。大人も子供も屋台の店主も、誰しもがこちらを見上げていて、ニーナへと手を振ってくれる。
「みんなー、ぜひお店に遊びに来てねぇー!」
きっとこの光景は一生忘れない。
ニーナも嬉しくなって、笑顔で大きく手を振り返すのだった。




