ニーナとミスコンテスト②
「えぇ、ちょっと、どうなってるの?」
「まあまあ、とりあえず座ろうよ。後ろの人の迷惑になってるしさ」
ニーナはシャルトスに促されて長椅子に腰を落ち着ける。が、頭のなかは依然として混乱していた。会場もロゼッタが登場してから明らかにざわついていて、くすくすと笑う声も聞こえてくる。
そんななかでもロゼッタは堂々とした歩きを見せていた。しっかりと観客席を見据えながらステージ手前まで来て、みんなと同じようにターンを決める。意外にもステップは軽やかで、華麗なるターンを決めるが、周囲から上がる声は歓声というより、どよめきに近かった。
しかしロゼッタは気にすることなく、自分の立ち位置へと戻る。
美女六名と、太っちょのロゼッタ。
明らかに異質なその並びに、会場のざわつきは未だ収まる様子はなかった。
「あの、どうしてロゼッタさんはあの場所に?」
ニーナはどうしても気になって、ロゼッタの新しい恋人だという男に訊ねた。
「見ての通り、ロゼッタはミスコンテストに参加している。君が発明品したという、魔法のチョコレートを手のうちに隠してな」
「えっ? まさかそれじゃあ、ロゼッタさんは私のために?」
経緯はわからないが、自分が遅れたから、ロゼッタがあの場所に立つことになった。そう考えたニーナは、急に居たたまれなくなってしまう。
しかし男は、ニーナを責めることはしなかった。
「半分はそうかもな。私を含め、ロゼッタやシャルトスが君に恩義を感じているのは間違いない。しかし彼女があの舞台に立っているのは、自分の意志でもある」
「でも、みんなロゼッタさんのことを、その……笑いものにしているといいますか」
「そうだな。でも君の発明品があれば、この笑いは歓声に変わる。そうだろ?」
「かもしれませんが、それでも、わざわざ笑われるためにあの姿で壇上に上がる必要はありませんでした。初めから変身してくれれば、それでじゅうぶんなのに」
「それじゃあロゼッタの美しさばかりが際立って、発明品のすごさの半分も伝えられないじゃないか」
もちろんニーナだって、そんなことはわかっている。
けれど、たかが他人のために、そこまで体を張る必要はないと思うのだ。
するとシャルトスがまたニーナの太ももの上に飛び乗って、そんなことより、と言う。
「主さまのターンはなかなかのもんだったよね。結構動けてたとニーナも思わない?」
「そういえば、そうかも」
「でしょ? あれから主さまは、自分の力でもう一度あの頃の美しい姿に戻りたいって、いままで以上にダイエットに励んでるからね。新恋人さんと一緒に」
そうなんですか、とニーナは隣を見る。
「ああ。毎日朝と夜の二回ずつ、一緒にランニングに出かけているんだ。それに、これでも料理の腕はそれなりにあると自負していてな、ロゼッタのためにヘルシーなメニュー作りを心掛けているんだ」
「使用人ではなく、あなたが料理を作っているんですか?」
「ああ、もともと料理作りは趣味でやってたんだが、やはり食べてもらえる相手がいると、こちらも気合が入ってな。つい作り過ぎてしまいそうになるから、気持ちを抑えるのが大変なんだ」
これまた、顔つきに似合わず意外な特技である。
「……本当に、ロゼッタさんのことを大切に想っているんですね」
「当たり前だ。といっても、グローメルの件があったし、そう簡単には信じてもらえないか。だが、俺が彼女のことを好きなのは本当だ。もちろんきっかけはあのダンスパーティーだったが、俺が彼女に惚れた理由は外見上の美しさだけじゃない。笑顔や立ち振る舞い、教養を感じさせる話し方や他者へのちょっとした気遣いなど、そのすべてに一目惚れしたんだ。だから変身が解けたことなんて俺にとっては些細なことだった。けれどロゼッタがグローメルと抱き合っているのを見たときは、正直こいつには敵わないなと思ったよ。傷ついた彼女の心をいやせるのは、グローメルだけなんだな、と」
──それじゃああのとき、好きだと思っていた人が別の人に取られたというのに、この人は真っ先に拍手を送ったんだ……
「それはともかく。いま、ロゼッタは本気で痩せようとしている。君が作ったチョコレートのおかげで、もう一度あの頃に戻りたいと、心に火が付いたんだ。でもまだいまは運動を始めたばかりで、見ての通りの残念な体型でしかない。だから笑われたって仕方がないし、ロゼッタもそれを受け入れているはずだ。でもそうだな、あと二年あれば、彼女はあの場に魔法の力を借りることなく立てていると俺は確信している。その未来が俺もロゼッタも見えているから、いまこの場でなにも知らない連中に笑われたって平気なんだ。君は、なにか本気で目指していることはあるかい?」
「……あります。私も、偉大なる錬金術師と肩を並べられるような存在になりたいです」
問いかけられてわかった。本気で目指すことがあれば、そして一人でいいから支えてくれる人がいるならば、なにも知らない人たちに笑われたってへっちゃらだ。ニーナにもシャンテやロブがいる。誰かに馬鹿にされたって、シャンテやロブがいれば、夢を諦めることなく追い続けられると、ニーナは信じている。
きっとロゼッタも同じなのだ。
ニーナはステージの上に立つロゼッタを見た。その表情は毅然としていて、この場に相応しい参加者の顔つきだった。立ち振る舞いなら、この場の誰にも劣らないだろう。ニーナは申し訳なく思う気持ちを一度置いておいて、ロゼッタのことを応援することに決めた。
ステージは簡単な自己紹介のあと、自己ピーアールの時間となった。道具を使ってもいい、誰かと協力するのもオッケー。もちろん錬金術の力を借りるのも許可されている。とにかく自身の魅力を観客に伝えるための三分間が、各参加者に与えられた。
トップバッターを務める女性は情熱的なタップダンスを披露した。彼女の友人が楽器をかき鳴らし、その音に合わせて激しく踊った。赤いドレスを身に纏う女性はとても美しく、正直ニーナもとても興奮した。ロゼッタは勝てるのか心配になったが、出番を待つロゼッタの表情は自信に満ちていた。
次の女性は歌を歌った。初めはアカペラだったが、歌う前に作りだした大きなシャボン玉が割れるたびに音が加わって、最後は壮大なオーケストラのなかで歌うようだった。やはり女性は美しくて、ニーナはつい見惚れてしまった。
ピーアールのあと、あのシャボン玉は錬金術であらかじめ音を閉じ込めたものだと説明があった。調合品を作成したという錬金術師が舞台にまで上がって、簡単な説明を付け加えたのである。参加者以外にもスポットライトが当たるのはクノッフェンならではでしょうね、とフラウが教えてくれた。
その次の女性はドレスを色鮮やかに染めた。移り行く空のように、青空から夕暮れの色へ、そして満点の夜空のような色へ、次々に色合いを変えて観客を楽しませた。またその次の参加者は、幻想的な氷のドレスを身に纏った。ただ残念なことに、前の女性と内容が似通ってしまったため、拍手は少なめに感じた。
五人目の女性は大道芸を披露するといって、酒を口に含むと、口から豪快に火を噴いた。ミスコンらしからぬ特技披露だったが、これには観客も大いに盛り上がった。目立てばいいと言わんばかりで、披露した女性も大きく口を開けて笑っていた。
六人目の女性は大きなキャンバスに後ろ足で立つ可愛らしいネコの女の子を描いた。かと思えば、描き終わると同時にキャンバスからネコの女の子が飛び出してきて、二人で手を繋ぎながらダンスを披露した。それは子供でも踊れるような簡単な振り付けだったものの、微笑ましい様子に会場中は笑顔となった。
そして七人目。いよいよロゼッタの出番である。
「……大丈夫なんでしょうか」
「心配はいらない。ロゼッタと、君の発明品を信じろ」
「そうそう。ここまでも凄い発明品は出てきたけど、体型を変えちゃうような発明は一つもなかったんだから、きっとみんな驚くよ」
男性とシャルトスがそう言ってニーナを励ますが、それでもニーナは不安だった。個性豊かな発明品を目の当たりにして、急に自分の作品に自信が持てなくなったのだ。
そんなニーナの手を、フラウがぎゅっと握った。
「きっと大丈夫ですよー。ロゼッタさん、良い顔してますもん」
フラウはにこりと微笑んで、そう言った。その人懐っこい笑みを見ると、なんだか心が安らぐから不思議だ。
ロゼッタがステージの中央に立つ。観客の誰しもがロゼッタに注目している。ニーナはフラウの手を握り返しつつ、祈るような気持ちでステージの行く末を見守る。
ロゼッタが小瓶を取り出し、チョコレートを口のなかへ。そして意味深に微笑んだ。
なにも起こらない様子に、沈黙がざわつきに変わり始めた頃、ようやくロゼッタの体に異変が起き始める。波打つように体が揺れたかと思えば、巨体はみるみるうちに痩せていく。
姿を現したのはブロンドヘアーをなびかせる美しき少女。これには会場中の誰もが息を呑み、信じられないとばかりに目を瞬き、そして割れんばかりの歓声と拍手が辺り一帯を包み込んだ。
ロゼッタがぱちりと指を鳴らす。すると洋服は純白のドレスに一瞬にして変わった。あの夜破けてしまったものと全く同じ、思い入れのある白いドレスである。
絶世の美女に変身を遂げたロゼッタはマイクを手に取ると、いまだ拍手を続ける観客たちに語り掛けるように言葉を紡ぎ始める。
「みなさん、どうでしょうか。これが私がもっとも輝いていた頃の、もっとも美しかったと自信が持てる十六歳の頃の体です」
もっと私を見て、とばかりにロゼッタが手を横に大きく広げると、至る所から「綺麗だぞー!」とか「美人だよ!」といった声が聞こえてくる。いまや誰しもがロゼッタの虜であり、会場中が味方であった。
「ありがとうございます。ですがご存知の通り、私の本来の姿は、みなさんに笑われてしまうような太った体なのです。この姿は一時のもの。錬金術による発明品の力で変身しているにすぎません。ですから、見る人によれば、この姿が気に入らないという人も当然いらっしゃるでしょう。あいつは魔法の力を借りただけだと、本当は肥え太った女なのにあいつはズルいと、そう思われても仕方ありません。ですが」
ロゼッタの視線が動く。
その瞳は、観客席でじっと行方を見守るニーナへと真っすぐに向けられていた。
「私を変えるきっかけをくれたのは、一欠けらのチョコレート。私は怠惰だった自分を変えるべく、厳しい食事制限と適度な運動に取り組んでいます。もう一度あの頃のように痩せたいと、この美しさを魔法の力に頼らずに実現したいと、そう思えるようになったからです。そんな、勇気と自信をくれたこのチョコレートに、そしてこのチョコレートを開発してくれた錬金術師のニーナさんに、私は感謝の気持ちを伝えたいと、そう思っています。ですからニーナさん、どうか壇上へと上がっていただけませんか?」




