シャンテちゃん、焦る……!
なんでこんな安請け合いしちゃったんだろう。
のんびりと泡ぶろに浸かってくつろぐロブを恨みがましく見つめる。目が回るような忙しさに、シャンテは数時間前の自分の選択を後悔していた。
二日目は、開店の準備からして忙しかった。昨日と同じならば、慣れた分だけ楽できるはずだった。けれどニーナの閃きを形にする為に、シャンテは準備に追われていた。ニーナの代わりに受付に並ぶところから始まり、戻ってきてすぐテーブルの上に商品を見栄え良く陳列する。それから土が盛られたプランターを店の後ろに三つ、等間隔に並べる。
プランターに植えるのは<スロジョアトマト>の苗木だ。ここに<魔イワシ入り植物栄養剤>を使用。成長することを見越して支柱を土に挿しておいた。こうしておけばそのうち<スロジョアトマト>が勝手に成長して、赤い果実をたわわに実らせるはず。店の後ろを賑やかにしてくれる装飾として、そしてもちろん<魔イワシ入り植物栄養剤>の宣伝として、立派に役目を果たすはずだ。
また、テーブルの上には小さな浴槽をセット。そのなかに家から汲んできたお湯を張り、<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>を入れて泡ぶろに仕立て上げると、ここにロブを入浴させた。ロブにはマスコットブタとして、道行くお姉さんたちに声をかけるという仕事を与えたのである。
このアイデアはニーナが考えたものであり、浴槽もニーナが前日のうちにフリーマーケットから見つけてきたものである。そもそも誰に向けて作られたのかわからないような、中途半端な大きさしかない浴槽なのだが、これがまた驚くことにロブにはピッタリのサイズだったのだ。
これらの宣伝がさっそく効果を発揮したのか、店は開店と同時に大忙しだった。喋るブタと泡ぶろは予想以上に人目を引きつけ、実際に泡ぶろに手を触れられるということもあって、売れ行きも順調。また椅子を用意して<絶対快眠アイマスク>や<テクテクスプレー7777>も気軽に試せる環境を整えたことで、こちらの売れ行きも上がった。
もちろん<レモン香るピリ辛フルーツポーション>の試飲販売も忘れない。さすがに前日のように配り歩くことはしなかったが、それでも来てもらったお客さんには、どんどんとお勧めしていった。飲んでもらったあとに<パンギャの実>を使用していることを伝えると驚く人が多く、反応も上々。地元の人は<パンギャの実>がかつて薬の原料として使われていたことを知っている人も多く、悪臭のしないポーションとして飲めるならありだと、高評価を得ることができた。
そんなこんなでシャンテは大忙しだ。商品の説明をしながらポーションをお勧めし、<絶対快眠アイマスク>なども試してもらいつつ、買ってもらえることになった商品を紙袋に詰めてお渡しする。減った商品をテーブルの上に補充する役目も、もちろんシャンテだ。なにせここにはシャンテとロブしかいないが、ロブは美人なお姉さんと話すことで忙しいのである。必然的にシャンテが働くしなかった。
──ニーナめ、戻ってきたら仕事を押し付けてやる……!
ニーナがサボっているとは決して思わない。むしろ兄のために、なんとか上位に食い込もうと試行錯誤してくれているのはわかる。それでも、この忙しさは文句の一つも言いたくなる。シャンテはお客さんに笑顔を向けながら、ニーナが戻ってきたら店番を代わってもらって一休みしようと決めていた。
けれども──
◆
「なんで来ないのよ」
背後から殺気を感じて、ロブはびくりと肩を震わせた。ようやく客が途切れたとき、ついにシャンテの不満が爆発したので──
「そんなわけないでしょ」
心を勝手に読もうとするロブに、シャンテはこつんと軽くげんこつを落とした。見当違いも良いところである。
シャンテが気になっているのは時間である。腕時計の針は十一時四十五分を示していた。ニーナが出場すると張り切っていたミスコンテストまで、もうあと少ししかない。コンテストは当日参加も可能だが、それでもエントリーは開始時刻よりも前に締め切られてしまうため、つまりあと十五分以内に受付を済ませないと参加できないのだ。そうなれば、せっかく数量を増やした<大人顔負けグラマラスチョコレート>も売れ残ってしまうだろう。
「あのバカ。余裕を持ってきなさいって言ったじゃない」
直接会場まで行ったのなら、まだいい。声をかけて行かないのは問題だが、それぐらいは些細なこと。
けれどそうでないのなら、なんのために追加で調合してまで頑張ってきたのか。ニーナのためにも、時間を忘れて調合に夢中になっているというのなら、知らせてやらなくてはならない。
「はいはーい。お呼びですか?」
そこへ、空からやってきたのはフラウである。あまりにもニーナが遅いので、心配になったシャンテは少し前に、フラウからもらった<お呼び出し名刺>を使用して彼女に来てもらったのだ。
「ごめんね、急に呼び出したりして。家まで行って、ニーナを迎えに行って欲しいんだ」
「あやや。まだ来てないんですか?」
朝のやり取りを聞いて事情を知っていたフラウは、それは大変ですね、とばかりに肩をすくめる。
「そうなの。もうこっちに向かってるならいいんだけど、ニーナは夢中になりだしたら周りのことが見えなくなっちゃう子で。もしかしたら時間も忘れて調合に励んでいるのかも。だから様子を見てきて欲しいんだ」
「なるほど。見つけて、お連れしたらいいんですね」
「うん。そのままミスコン会場まで運んでやって」
「了解でーす」
再び箒に乗って高く上昇したフラウを、シャンテは悩ましげに見送る。受付終了まであと十五分。箒で往復五分程度だとすると、かなりギリギリの時間だ。もうこうなったら自分が出場してもいいのだが、さすがに店を兄一人に託すのは色々と心配である。そう、色々と。
「──いまの会話聞いたよ。面白そうなことになってるね」
そのとき、悩ましげな表情を浮かべるシャンテに声をかけてきたのは……?




