成功の秘訣なんて知らないから
「シャンテちゃーん……って、あれれ?」
西日が差す大通りを駆け抜けてきたニーナは、お店の状況を見て目を丸くした。どういうわけか長蛇の列ができているのである。初めは見間違いかと思って両目を擦ってみるけれど、やっぱり自分たちの店で間違いない。しかもこれまでと違って、並んでいる客の大半が男性なのである。忙しそうに動き回るシャンテを見て、自分も手伝わなくてはとニーナは足取りを速めた。
「ごめん、遅くなったよ」
「ニーナ! 戻って来て早々で悪いけど手伝ってくれる? 会計はアタシがやるから」
「うん、わかった」
理由を訊ねるのはあとにした方が良さそうだ。
ニーナはシャンテの指示に受けて<レモン香るピリ辛フルーツポーション>を袋に詰めようとした。ところがかばんのなかを覗くと、入れてあったはずの小瓶が明らかに少ない。午前中の売れ行きから考えて、もっとあってもいいはずなのに。
──まさか、私がいないあいだにこんなにも売れたの?
ニーナは疑問を感じながらもそれらを紙袋に詰めて、列に並ぶ男性たちに配った。
どうやらみんなのお目当てもこの水薬のようだけど、なにがきっかけでこんなにも急に売れたのだろうか。ニーナは一度列が途切れたタイミングを見計らって訊ねてみた。
「確かなことはわからないけど、どうも誰かがすごく効くポーションだって噂してくれてるみたいなの。それに最初にお店に立ち寄ってくれた二人組のことを覚えてる?」
「うん。ポーションだけ試したあと、そのままなにも買わずに去っていった人たちだよね」
「そう、その二人が少し前にわざわざ戻ってきて、ポーションを買っていってくれたのよ。それも十個まとめ買い」
「えっ、そうなの?」
「ええ、他にも何人かが同じように戻ってきては買い求めてくれる人がいてね。もしかしたらいろんなところで少しずつ話題になってくれてるのかも」
<レモン香るピリ辛フルーツポーション>は即効性こそないけれど、じわじわと長時間効き目が続くスタミナ系のポーションである。効果を実感してくれた人たちが戻ってきて買い求めてくれたのだとしたら、製作者としてこれほど嬉しいことはない。
「ありがとね、シャンテちゃん。それにロブさんも店番ありがとう」
「いやいや、俺はお客さんと喋ってただけだよ」
「でも男の人とも話してくれてたんですよね?」
「おいおい、俺だって男と会話ぐらいするぜ?」
「そうかなぁ。うーん、記憶にはないんだけどなぁ」
ニーナが首を傾げると、シャンテも笑って珍しいことよねと同調する。
「それより、戻ってきたってことは何かいいアイデアでも浮かんだの?」
「そうなんだよ、訊いてよシャンテちゃん!」
ごにょごにょごにょ……
ニーナはとっておきの内緒話でもするかのように、思いついたアイデアを、やってみたいと閃いたことを、あれもしたいこれもしたいとシャンテに耳打ちで伝えた。
けれど一通り話を訊いたシャンテは、声を弾ませるニーナとは裏腹に悩ましげな表情を見せる。
「たくさん閃いたのは良いことだと思うんだけどさ、それ、全部やるつもりなの?」
「うん。ダメかな?」
「ダメではないし、どれもこれも面白そうだとは思うけど、でも準備の時間は限られてるわよ? ポーションだって予想以上に売れた分だけ追加で調合しなくちゃいけないんだし、その……本当に<ヌルテカ入浴剤>をもう一度改良する余裕なんてあるの?」
そう、実はニーナはもう一度<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>の改良に取り組もうとしていた。今度は固形タイプの使いきりではなく、液体タイプのものを大容量で販売しようと思っているのだ。これが実現すれば高値に設定することができて、売り上げも大きく伸ばせると考えたのである。
とはいえシャンテは、散々失敗を積み重ねた入浴剤をいまこのタイミングで改良するのは反対だった。せっかくポーションの売れ行きが好調なのだから、もっと堅実に売り上げを積み重ねていけばいいと思ったのだ。ニーナのやる気は尊重したいが、しかし暴走を止めるのは自分の役目だとも思っていた。
「余裕は無いけど、でも時間の許す限り挑戦したいんだ。だって私は成功の秘訣なんて知らないから、なにが正しいかもわからないから、だから思いついたことを全部試してみたいんだ」
「俺は良いと思うぜ。せっかく思いついたんなら、やってみないと悔いが残るだろ」
「……そうね。もとはといえば兄さんが学んで来いって言ったのが始まりなのよね。学んだことを試すなって言うのはおかしな話だし、失敗したからって失うものもない。ここはアタシたちらしくガムシャラにいくべきかもね」
「それじゃあ……!」
ニーナは期待を込めてシャンテを見る。
「ええ、やれるだけやってみたら良いと思う。でも時間がないのは変わりないわよ? それに改良するにも素材と、それから容器? も用意しないといけないんでしょ?」
「ふふん、それならちゃんと考えがあるよ!」
そういってニーナが取り出したのは、フラウからもらった真っ黒なカードだった。
◆
時刻は十九時を回った。<青空マーケット>の初日は小さないざこざこそあったらしいが、無事に終わりを迎えた。フクロウの置物が告げた中間結果は、ポーションが売れたことで悲観していたほど悪くもなく、ニーナたちは三十九位という順位で折り返すことになった。
そこからの行動はとても早かった。すぐに店の片づけを終えてフラウを呼んで、箒に乗って素材屋へ。必要な素材を買い足したニーナは、ひとまず閃きを形にする為に家まで箒で送ってもらうと、すぐさま錬金釜に<マナ溶液>を注いで<ヴルカンの炎>で温め始める。
このとき、フラウにはこのあともうひと仕事してもらいたいと頼んで、家にいてもらった。フラウ自身も欲しいもののために仕事をもらえるならありがたいとのことだ。もちろんただ待ってもらうのは悪いからと、調合に取り掛かっている間にシャンテが料理でもてなした。フラウは食費が浮いて助かると言い、料理を口にすると恍惚の表情を浮かべていた。
調合は驚くほど順調そのものだった。固形タイプの完成品を作り上げるまであれだけ失敗続きだったのに、である。もちろんこれは今までの失敗の積み重ねがあってこそであり、まさに<知識に裏付けされた閃き>のたまものであったが、まさかここまで順調にいくとはニーナ自身も思ってもみなかった。
それでも気を抜くことなくかき混ぜることおよそニ十分。調合開始から数えて、そろそろ一時間が経過しようとしたころ。フラウが器用に座ったまま居眠りする傍らで、ニーナは<神秘のしずく>が入った小瓶を手に取った。
「……行きます!」
緊張の一瞬。小瓶をわずかに傾けて、しずくを一滴だけ<錬金スープ>へと垂らす。するとたちまち<ぼふんっ>と煙が上がった。
──その色は、白!
「おおー、成功だよ!」
ニーナは、様子を見に来てくれたロブとハイタッチを交わす。この騒ぎにフラウも目を覚ましたようで、ついでに彼女ともハイタッチした。
「できたんですねー」
「はい、ひとまずは。あとはこれがイメージ通りの泡ぶろとして商品化できるものか、確かめてみないとです」
シャンテも含め、みんなして覗き込んだ釜のなかには、乳白色の液体が見事にできあがっていた。ニーナは適当な瓶にそれを少しばかり移し替えて、浴室へ。シャンテがあらかじめお湯を張ってくれていた浴槽へと回し入れてみる。
「たぶんこのぐらいでじゅうぶんなはずだけど……」
とろーりとした半透明の液体とお湯とが混ざりゆく。さらにニーナが手で大きくかき混ぜてやると、すぐさま浴槽は泡だらけとなった。固形タイプのものとなんら遜色ない、いやむしろそれ以上の泡の感触に、ニーナは顔をほころばせる。
しかし、まだ問題は残っている。これを入れる容器がないのである。固形タイプのときは紙袋に入れて渡していたが、液体状となったいまはそれができない。ならば適当な瓶に詰めてラベルを貼ることになるのだが……
ニーナは浴室から出ると、リビングに置いてある電話の受話器を手に取り、よく知る相手に向けてダイヤルを回した。
そうして待つこと数秒。訊きなれた声が受話器の向こうから聞こえてくる。
「もしもし、こちら──」
「あっ、お姉ちゃん!? 私だよ!」
「えっ、誰? もしかしてニーナ?」
明日のイベントに向けてニーナが電話をかけた相手は、リンド村で暮らす家族だった。




