売り上げアップのヒントはすぐ側に⑤
「おおー! 人おおっ!」
ミーミル・ストリートを抜けた先にある噴水広場。しぶきを上げる噴水を中心に白い石畳が円形状に広がっており、広場の外周に沿う形で模擬店がずらりと並んでいる。またその一角にはステージと、観客席となる長椅子が設置されていて、普段の憩いの場の様子とは随分と違う熱気に包まれていた。
「ステージでなにやってるのかも気になるけれど、まずはなにか買って食べたいなぁ」
周囲の喧騒がかき消してくれているので気付かれないが、さきほどからニーナのお腹はずっと鳴りっぱなし。珍しく好奇心よりも食欲が勝っていた。
とはいえ、やはりニーナはニーナ。せっかくなので普段食べる機会がなさそうなものを探してみる。すると、なにやら非常に大きくて凶悪そうな魚が描かれた看板が目についた。よく見ると看板の下には<アオガニス浜名物! カジキシャークのバーベキュー>とある。ニーナは日焼けした男性店員に声をかけた。
「へい、いらっしゃい。お嬢ちゃん可愛いねえ。どこから来たんだい?」
「えっ、私ですか? 私はこの街で暮らしてますけど」
──本当はリンド村という田舎から来たけど、もう二か月もここで暮らしてるし、そろそろ街の人間ってことでいいですよね?
「そんなことより、この<カジキシャーク>ってなんですか?」
ニーナは頭上に掲げられている看板を指さす。おそらくは網の上で焼かれている赤い切り身が、そうなのだろうけれど。
「<カジキシャーク>ってのは全身が鎧みたいに硬く、伸びた鼻先やヒレは剣のように鋭く、大きな口は人をも丸呑みにする恐ろしい魚のことっす。で、その中でも特に脅威とされている個体がマリンデビルと呼ばれてまして」
「おっきな魚かぁ」
「あ、いまお嬢ちゃんちょっと油断してますね。危ないっすよ。油断して遊んでいると……ガブリ!!」
「ひゃあ……!」
男は勢いよく手を前に出してニーナを驚かせると、後ろに転びそうになった少女を見て満足そうに笑った。
「まあ、何年かに一度くらいの頻度で、アオガニス浜にマリンデビルがそのカジキシャークの群れを引き連れて近づいて来るんっすよ。で、毎年のようにちょいちょいっと被害が出てるんす。つい最近も大群が押し寄せてきて大変だったんすけどね、なんとか旅する三人組の女の子と一緒に撃退したって話っす。で、いま焼いているのがそのとき捕獲したカジキシャークの切り身を、特製のタレで漬け込んだものなんすよ」
アオガニス浜か。耳にしない名前だから、この人も魔道具店の店員と同じように違う国から来たのだろう。そんなに凄い魚だというなら錬金素材としても優秀だろうからわけてもらいたいけれど、きっと無理なんだろうな。
「それで、その魚って美味しいんですか?」
「めちゃめちゃ美味いっすよ。もうすぐできあがりますけど、どうっすか?」
「それじゃあお一つくださいな」
「へい、まいどあり! 仕上げにかかるんで、よく見ててくださいっすよぉ」
そう言って色黒の店員が取り出したのは、特に変わった様子のない小さな瓶。いまから塩コショウで味付けするのかな、とニーナは思ったのだが、なんと男性はその瓶の中身を魚の切り身ではなく、網の下の赤い炎に振りかけた。
すると驚くことに、炎の色が黄金のように輝いたではないか!
「えっ、なにこれ! 面白い!」
「そうでしょう? ヴァンガルー王国のお偉いさんの妹さん? に当たる人が思い付きで考案したものを、研究機関が真面目に開発して作ったそうっす。名前は<カラフル火炎パウダー>だったかな? せっかく錬金術が発達したクノッフェンで店を出すなら、こういうのがあったほうが面白いかなって思ったんすよね。喜んでもらえたようでなによりっす」
男が別の瓶を振ると、またも炎の色が変わり、今度は銀色になった。パウダーの成分や調合比率を変えることで、どんな色にでも変えることができるらしい。効果時間は五分ほどで、また徐々に戻っていくそうだが、それにしても目を奪われてしまうほど鮮やかできれいだ。
「いやぁ、それにしても良い笑顔っした。もっといろんなことをお話してみたくなったぜ。お嬢ちゃん、今日の夕方予定ある?」
「えっと、ごめんなさい。友達が二人いるんです」
ニーナが言う友達とはもちろんシャンテとロブの事だが、男はどうやらそれで勘違いしたらしく、あっさりと引く。
「ちぇ、それもそうかあ。お嬢ちゃん可愛いもんなあ」
「そう思ってくれるならお値段の方もまけてもらえたら……」
「ムリっす。500ベリルっす」
「むぅ、ケチっ!」
◆
漬け焼の<カジキシャーク>をトレーに入れてもらって、ついでにラムネもそこで買って、ステージ前の長椅子を陣取る。ちょうど次のステージが準備されるタイミングとあって、運よく最前列に座ることができた。
ニーナは串に刺さった切り身から一つ外して、それを頬張る。
「んんっー! おいひぃ!」
とてもこうばしい香りがしていたので期待はしていたが、これは想像をはるかに超える味である。あの店員、口は軽かったが、発言に嘘はなかったようだ。ひと噛みごとにぷりぷりとした身から旨味が口いっぱいに広がり、それがあまじょっぱいタレと合わさって、とても美味しい。これにはニーナも大満足である。
続いてラムネもいただく。瓶のなかにガラス玉が入っているのだが、飲み方は店員に教わっていた。
「……ぷはぁ! こっちも美味しい!」
清涼感のある炭酸水が喉で弾けて、これまた美味しい。漬け焼のタレとの相性も抜群である。
そのとき、隣りで二人組の子供たちがニーナの隣に座った。可愛らしい男の子と女の子。まだ五歳ぐらいだろうか。ニーナと同じく最前列でステージを楽しもうと思ったのだろう。二人の母親と思われる人物が、ニーナたちの後ろの長椅子に腰かけた。
「あれ、それって……」
ニーナは子供たちが手にしていたものに釘付けになる。それはりんごのシャーベットだったのだが。
特に気になったのは、シャーベットが盛り付けられた器。なんとりんごを丸ごとくり抜いて、その外側を容器として利用しているのだ。
「そうだよ。これだよこれ!」
そのとき、ニーナの頭が急速に回り始める。
突然大きな声を上げたことで、ニーナは子供たちから変なものを見るような目で見られたが、まったく気にならないぐらい集中していた。
──おぉ、な、なにか閃いちゃうかも!?
前話に続き、Twitterにて募集した発明品のアイデアとして<カラフル火炎パウダー>をいただきました。らっくさん、ありがとうございます!
また<カラフル火炎パウダー>を披露した屋台のお兄さんは、らっくさんがノベプラにて連載中である「魔女の旅隠居にエリッカとフィルヴァニーナはついて行く」の登場人物をお借りしました。「憧れていた夏の世界でシャークパニック!」編です。カジキシャークも作品内に登場しますよ。(これも怒られたらしれっと修正しよ)




