売り上げアップのヒントはすぐ側に④
「五十二位でしたけど? 午前中と比べて順位も売り上げのペースもだんだんと落ちてますけど?」
それがなにか問題でも、と言わんばかりにニーナはふくれっ面をしてみせる。アルベルには以前、私たちも優勝を狙っていると宣言してしまっていたから、素直に順位を教えるのが恥ずかしかったのだ。
「でも、お客さんの数なら私たちだって負けてないもん」
「そうか。いや、まあよくやってるんじゃないか?」
「あ、もしかしてもっと順位が低いと思われてた?」
もしそう思われていたとしたら、それはそれで心外である。
「いや、訊ねておいてなんだが、そこまで他人の順位に興味がない」
「うわっ、ひどーい。そういうアルベルたちはどうなのさ?」
「ふんっ、訊きたいか?」
「……やっぱりいいです」
どうせ一番なんですよね。その顔を見ればわかりますよ。
それじゃあありがとね、とだけ言って商品を手に去ろうとすると、そんなに落ち込むなよ、とアルベルがとってつけたように慰めてくれる。
「ありがと。でも私たちまだ諦めてないから。あんまりうかうかしてると抜かしちゃうんだから、覚悟しててよね!」
◆
ニーナは再び大通りを歩き始めていた。頼まれていた<ワイヤーバングル>を無事に買うことができたので、一つ目的は果たした。けれどそのとき、屋台の方からこうばしい香りが漂ってきて、そういえばまだ昼食がまだだったな、と思い出す。<ルピアの実>は大きさの割に食べ応えがあって非常に美味しかったが、さすがにあれだけでは、いくら小柄なニーナでも足りないと感じてしまう。
──たしか屋台はステージが行われている噴水広場に集まってるんだったよね。せっかくならステージも見てみたいし、ひとまず噴水広場まで歩いてみようか!
もちろんそこに着くまでも、ニーナにとっては学びの場。興味をそそる商品が目白押しである。絵が動き、声が聞こえる<不思議な立体絵本>や、お揃いの眼鏡をかけると視界を共有できる<視覚共有おしゃれ眼鏡>など。甘い香りに導かれて、いつのまにか香水を何種類も買いそうになったりもしたが、これはこれで、香りで客を引き寄せることもできるのかと勉強になった。
また失礼ながら、こんなの売れるのか、と思わず口に出してしまいそうになる商品もなかにはあった。例えば<ミニチュアマシンゴーレム>という商品。あの巨大ゴーレム事件にあやかろうとしたようで、ミニチュア版のマシンゴーレムが作れるという代物なのだが、なんと六十六ものパーツを自分で組み合わせなければいけないばかりか、その一つ一つのパーツがどれもお値段1万ベリルと高額なのだ。
店主が言うには、上限価格の関係で、パーツをばらして販売せざるを得ないとのことだが、それにしても一体完成させるだけで66万ベリルというのは高すぎである。もちろん一つでもパーツが欠けていれば完成しないため、まだ一人も買い手が見つからないらしい。
ちなみに名前にミニチュアとあるが、そこはマシンゴーレムというだけあって、組み立てると成人男性が手を挙げたぐらいの高さになるそうだ。つまり買って帰っても邪魔。もちろん幅もとるだろうから、家のなかで組み立てると扉をくぐれないかもしれない。特に機能面でも優れているというわけではないそうで、本当にいいところが見つからない。
他にも<毛根復活毛生え薬>なる商品は多くの人の注目を集めていたが、実は効き目があるのは女性限定。帽子を被ったおじさま方が店の前で足を止めては、商品の注意書きを見て、肩を落として去っていく姿を見ていると、なんとなく寂しい気持ちになった。
また非常に興味深いお店もあった。<カチェルア魔道具店>から出張販売に来たという女性がいたのだが、なんとクノッフェンとは別の国から来たらしい。年齢は二十歳だというが、顔つきはあどけなくてそうは見えない。けれどニーナよりも若い十四歳の頃にはすでに、故郷を離れて冒険に出たこともあるのだとか。その人は明るい茶色の髪の毛に、翡翠のような綺麗な瞳が特徴的だった。
遠く離れた国から来たからだろうか、売られている商品も見たことないものばかりで、見た目にも美しいものが多かった。並ぶ商品はアクセサリー類が多かったが、特にニーナが気に入ったのは、翌日の天気がわかる水晶玉のような商品だ。透明な球体のなかに七色のガラス玉がふよふよと浮かんでいる。
使い方を訊ねたところ「雨が降る時は中のガラス玉が上の方に浮くの。降らなければ下に沈む。明日の天気は、と訊くだけで教えてくれるわ」とのこと。
試しにニーナも、明日の天気は、と訊ねてみると、ふよふよと漂っていたガラス玉が二つ、上へと浮かび上がった。
「明日は晴れね。でも通り雨が降るかもしれないから、一応気を付けて」
「そうなんですか? やだなぁ、こんなにも晴れているのに」
「──彼女の道具はよく当たるぞ」
店の奥にいた白髪の男性が、女性の代わりにそう答えた。本を読んでいるのか、顔をこちらに向けてくれないので表情は窺えないが、彼もまた年齢は二十歳ぐらいだろう。ニーナは女性店員に顔を寄せると小さな声で、もしかして彼氏さんですか、と訊ねた。
「えっ、あっ、えっと……」
その人はわかりやすく赤面した。そして男性の方へとちらりと視線をやったあと、小さく頷いてくれた。なんだか初々しくて、見ているだけで幸せな気持ちになれる。
──はい、ごちそうさまです。
あんまり邪魔をしては悪いと思い、お幸せに、と小声で伝えてその場をあとにした。
◆
──るんたったー、るんたったー。
幸せをおすそ分けしてもらったニーナは足取り軽く、ステージへ向けて歩き出す。
イベントでは<調合品部門>の他に三つの部門と、賞金などが用意されていない代わりに枠組みにとらわれない自由な出店ができる<フリーマーケット>がある。ニーナはいま、<装備品部門>が並ぶエリアを歩いていた。
<装備品部門>では刃物などの取り扱いに注意が必要なものが販売されている。上限価格も高めに設定されており、鍛冶師だけでなく錬金術師もこの部門へは大勢参加している。副賞も<一角獣のツノ>とは別のものが用意されているため、こちらで上位を狙うものもいるのだ。
ニーナとしても、マヒュルテの森を探索するために便利なものがあればいいなと思い、期待を込めて店を眺めていた。
──剣や槍はもちろんだけど、動物を生け捕る罠なんかも多いんだなぁ。
人間は魔法を使えるけれど、それでもマヒュルテの森に生息する生き物は強靭で、ずる賢くて、生命力も並みじゃない。人間にはない強さがある。だから正面切って戦えば人間は負けてしまう。人間は知恵を絞り、武器を手に取り、賢く立ち回らなくてはいけないのだ。
ただ、そこは工房都市クノッフェン。普通の武器とは一味も二味も違う、変わり種のものが売られているのである。役に立つかどうかは別として。
「そこの弓使いのお兄さん、こちらの矢はいかがですか。<虹色フラッシュアロー>と言いまして、物に当たったり、垂直に打ち上げて速度がゼロになったりするとそこで弾け、七色の光を発する不思議な矢なのです。もちろん普通に狙撃もできますが、離れた仲間とサインを送り合ったり、純粋に花火のようにして楽しむこともできますよ」
店を構える小柄な男性が四人組の冒険者に話しかけている。花火のように、と訊いて冒険者たちは困り顔で互いの顔を見合わせているけれど、そのすぐ側で耳を傾けていたニーナは面白そうだと思い、つい口を挟んでしまう。
「へー、いいですね! このイベントの最後にみんなで一斉に夜空に打ち上げたら、とっても素敵な思い出になるだろうなぁ」
「おっ、そこのお嬢さん、買ってみるかい?」
「へっ? あっ、いえ、私は弓矢を扱えないどころか触ったこともなくて、使う機会もないかなぁって。あはは……その、ごめんなさい!」
買う気もないのに商売の邪魔をしてしまったと感じたニーナはごめんなさいと謝って、逃げるようにその場から離れた。そしてしまったなぁ、と口を挟んだことを反省する。魔法の道具を見るとつい興奮してしまう、ニーナの悪い癖である。
「あら、ニーナじゃないの!」
話しかけてきたのは、ミッドナイトブルーの隊服に身を包むアデリーナだった。国家騎士団に所属する紅蓮の女騎士は、ニーナの存在に気付くと優美な微笑みを浮かべる。凛と咲く気高き薔薇のような彼女に話しかけるのは、ともすれば畏れ多いものだが、ムスペルとの一件や巨大ゴーレム事件などたびたびお世話になっていることもあって、会えば声をかけてもらえる間柄になっていた。
もちろんニーナの方から気安く呼び捨て、なんてことはできないが。
「こんにちは、アデリーナさん! もしかしてお仕事中ですか?」
地元の人なら誰もが知っている一大イベントが行われる会場で、隊服を着て、腰に<武雷刀>をぶら下げているということは、そういうことだろうなと思った。
「ええ、そうなのよ。こういう人が多く集まる場所は揉め事も多いから、私たちがこうして巡回してるの。特にこの辺りは血の気の多い人もいるからね」
「こんなときにもお仕事なんて大変ですね」
「ふふっ、ありがとう。ニーナもじゅうぶんに注意して、私たちの分まで楽しんでね」
気を付けます、と頷いて、部下を引く連れて歩く赤髪の騎士を見送った。その美しさはやはり人目を引くようで、歩くだけでアデリーナは注目の的であったが、それでも彼女は気にすることなく堂々としていた。
──それにしても、じゅうぶんに注意して、かぁ。トラブルはたいてい向こうからやってくるんだけどなぁ。
そう考えて、そういえばシャンテには日ごろから散々迷惑をかけているなと気付く。
うん、やっぱり私も注意しなくちゃ、とニーナは自分自身に言い聞かせるのであった。
そしてニーナは歓声が響くステージ前、噴水広場へとやってきた。
以前Twitterで募集した発明品のアイデアより
<カチェルア魔道具店>の明日の天気を占ってくれる道具を、与瀬さんから
武器屋で見つけた<虹色フラッシュアロー>を、はるきKさんから
それぞれいただきました! 感謝です!
また<カチェルア魔道具店>にて登場するお二人は、「赤い夜に、魔女は泣く」に登場する人物をお借りしています。エピローグ後に出張してもらったイメージです。(作者様に怒られたら内容変更しよ)




