売り上げアップのヒントはすぐ側に①
がさごそがさごそ。
荷物を整理して、空にした<天使のリュックサック>を背負う。手元には<小言うるさいガマ口財布>が握られていて、たったいまシャンテからお小遣いをもらったばかりだ。これは約束していた<ワイヤーバングル>を買うためのお金であり、他にも気になったものがあれば、余ったお金で買っても良いと言ってもらえていた。
「こっちはこっちで売り子を捕まえて勝手に食事してるから、ニーナも好きなことろで食べてくると良いよ」
「わかった。それじゃあ行ってくるね!」
ひとまずミーミル・ストリートの端まで行って、受付でお金を専用通貨に換えなくては。大勢の観光客のあいだを縫うように進み、客引きからの誘いを断り、数多の誘惑を振り切りながら受付まで辿り着くと、ニーナは持っていたお金を全額フクロウコインに換えてもらった。
「おい、これ! 金じゃないぞ! ニセもんだぞ!」
ガマ口財布がなにかぶつぶつと言っている。
「いいの、今日はこれがお金の代わりになるの」
「ウソだ! お前、騙されてるぞ!」
ニーナは小言うるさいお財布をポシェットのなかに押し込めた。くぐもった声が聞こえてくるが、いちいち気にしてはいられない。なによりニーナの興味は既に、目の前に広がる素敵な光景に夢中だった。
──よーっし、ロブさんたちに背中を押してもらえたことだし、うんとイベントを楽しむぞぉ、おぉーっ!
ニーナは<楽しい>であふれた大通りを意気揚々と歩き出した。まずはどこから見て回ろうかな。こうして眺めているとなんでも欲しくなるから困っちゃうや。ニーナはスキップしたい衝動をかろうじて抑えながら、赴くままに各店舗へと足を向ける。
──ここは帽子屋さんで、あっちはお菓子屋さん。向かい側の店が空飛ぶ箒屋さんで……あぁ、どこも面白そうだなぁ!
「いらっしゃいませ」
目移りしながらふらふらとしていると、エプロン姿の女性に声をかけられた。長い髪はバレッタを使って後ろで留めてあった。
「こんにちは。えっと、ここは?」
「ここは紅茶のセレクトショップですよ。いつも心に余裕と平穏を。オリジナルの紅茶とあまーいお菓子をたくさんご用意しているので、ぜひ見ていってください」
正直に言うと、紅茶は好きでも嫌いでもない。ただの飲み物。茶葉についても詳しくない。けれどオリジナルという言葉に惹かれたニーナは、足を止めてじっくりと眺めさせてもらうことにした。
商品は、茶葉は当然として、他にもティーポットやティースプーンに白磁のカップ、それにクッキーなどが並んでいる。
「あの、これらは全部錬金術で作ったんですか?」
「そうですよ。茶葉はアッサムやダージリンやジャスミンを素材としつつ、マヒュルテの森で採れた良質な素材と掛け合わせることで、オリジナルの茶葉として生まれ変わった、当店にしかないものなんです」
「へー、<スロジョアトマト>みたいなものか」
「えっ?」
「あっ、ごめんなさい。こっちの話です」
ニーナは両手を胸の前で小さく振りながら、笑って誤魔化した。
「それより、やっぱり錬金術で作ったということはなにか特別な効果が?」
「そうなんです。当店では、忙しい人々にも一日のうちのどこかできちんとお休みを取ってもらいたくて、心休まるような、ほっと一息つけるような、そんな茶葉となるようブレンドしております」
「つまり<メンタルポーション>みたいなものですか?」
「あれもたしかに心を落ち着ける効果が期待できますが、だからといって毎日飲むものではないでしょう? ポーションは時に劇薬です。特にヒーリング系は即効性があるぶん、飲み過ぎると反動が来ます。ですが、この紅茶であれば毎日飲んでも大丈夫。いえ、むしろ一息つきたいときには積極的に飲んでいただきたいですね!」
「なるほど。ちなみにこのティーポットやカップも錬成品なのですか?」
「はい。ティーポットやカップは保温機能に優れているんです。それとポットの方はわずか数秒で温まるだけでなく、最適な蒸し時間を色で教えてくれるんですよ」
そのあとも店員はすらすらと紅茶の魅力を余すことなく語り続ける。その言葉の一つ一つが興味深い内容ばかりで、ニーナはつい聞き入ってしまった。いくつか紅茶を試飲させてもらって、そして気付いたら茶葉を二種類も買ってしまっていた。<美味しい紅茶の淹れかた>という小冊子ももらったので、これをシャンテに見せて淹れてもらおうと勝手に思っている。
──それにしても、これがついで買いというやつですか。恐ろしや。
紅茶に興味を持ったときには、すでに茶葉を選んでいた。しかも家にはティーポットがあるというのに、どうしてか新しいものが欲しくなっていた。今日はなんとか誘惑に耐えたけど、これがついで買いというものか、とニーナは思った。
──そういえば私のお店って、ついで買いしたくなるような商品の並べ方じゃないよね。
これまで閃きに任せるように、自由気ままに発明してきたこともあって、ニーナのアトリエに並ぶ商品には統一感の欠片もない。よくよく考えれば、ポーションと植物栄養剤と入浴剤が並ぶなんておかしな話だ。それにポーションを欲しがる人が植物栄養剤も欲しがるかといえば、ニーナ自身も首をかしげてしまう。
──そっか。だからこその専門店なんだ。
紅茶に興味を持ってもらえさえすれば、ついでにあれもこれもと欲しくなる。せっかくなら新しいティーカップだって用意したくなるし、紅茶のお供にクッキーだって食べたくなる。紅茶も種類が豊富なので、つい飲み比べがしたくなる。店員さんも知識が豊富で、話を訊くだけでも面白い。
一度お客さんを流れに乗せてしまえば、あれもこれもと商品をお勧めできる。それが専門店の強みなのだろう。
これまでニーナたちは商品の安さを販売数でカバーしようと思っていた。けれど、看板の制作や試飲販売など、お客を呼び込む工夫ばかりで、ついで買いをしてもらうための工夫はまったく考えていなかった。せめて入浴剤も香り別で複数の種類を用意するとか、石鹸やシャンプーも開発すべきだったのだ。
──私もなにか得意分野を見つけるべきなのかな?
まだ十五歳。でももう十五歳である。そろそろ自分もなにか得意なものを見つけるべきなのだろうか。多くの偉人もなにかしらの強みを持っていた。なかには若くして亡くなった天才発明家ハロルド・ワークスのように、分野に囚われず自由な発想と圧倒的閃きで数々の発明を成し遂げた偉人もいるが、彼のような錬金術師は少数派なのだろう。
ちなみにハロルドはニーナが最も尊敬する発明家であり、彼の伝記はニーナの愛読書だったりもする。彼が生み出したものは凡作、駄作も多いが、それでも世に出た発明品は数知れず。世界で最も優れた発明家と問われれば、他の発明家たちの名前が挙がるだろうが、ニーナにとっては彼が一番なのだ。
専門性を極めるべきか。それとも、ハロルドのように自由な発明を続けるべきか。
シャンテはニーナの発明品を面白がってくれるけれども……とても悩ましい問題だと思った。
再びミーミル・ストリートを歩き始める。専門店の強みに気付いたが、これはすぐには真似できない。いまある商品でなんとかするしかないからである。そのためのヒントはまだ見つけていないから、もう少し気合を入れて探さないといけない。
そんな事を思いながら歩いていると、人だかりができている店を見つけた。
なんだろう。みんななにに注目しているんだろうか。なにかヒントが見つけられそうな予感がして、ニーナは小さな体を人垣のあいだに潜り込ませる。
──えっ、あれって錬金釜?
最前列へと顔を出したニーナが目にしたのは湯気が立ち上る錬金釜と、その釜に向かう一組の男女だった。




